悪役令嬢顔のお姫様を籠絡しますか
「主上!」
「あら、本日はお早いのですね」
帝がひょっこりと顔を出された。気軽に現れなさるからびっくりする。
「牡丹姫のことは、余も気にしていてな。お父君の秋霧院は気儘であまり……なんというか、細かいことを気になさらない方だから、なぁ」
「そうでしょねぇ」
思わず同意する。娘に興味ないんだろうなというのは、部屋を見れば察せられた。
「牡丹姫様のことは、お厭いとの噂を耳にしましたが」
率直に切り込めば、帝は少々気まずそうな顔をした後で、周囲をチラリと確認してから、小声で呟く。
「あぁ……まぁなぁ、秋霧院の入れ知恵なのだろうが、やたらと媚香を焚こうとするのだ、あの者たちは」
「は?」
「気分が悪くなるのですぐ逃げ出してしまうのだ」
「えぇえ!?」
思わず叫んでしまって、口を押さえる。
体に害があるかもしれないものを、帝が来ている部屋で焚くなんて、恐ろしい人たちだ。
「そ、それは避けて正解でございますね!牡丹姫様ご本人は悪いお人ではなさそうですが、周囲がそれでは障りがございますもの」
そんな危ない場所に帝を送り込むわけにはいかないと、私は慌てて言葉を重ねる。しかし帝は、少し思案してから私を見た。
「ふぅむ、まぁしかし、薔薇式部がそう思ったのであれば、そなたたちは交流してみても良いのではないか?」
「え?」
そなたたち、って、誰?
私、と……百合姫様?
「そうねぇ、面白いかもしれないわ」
「え?よろしいのですか?」
「えぇ」
百合姫も面白そうに笑いを滲ませて、こくりと小首を傾げている。
「実は牡丹姫、というよりも、彼女の元に侍る者たちは、なにかと必死がすぎて、他の後宮の者たちにもいろいろとやらかしていたものだから、評判が悪くてね」
「あ〜」
そういえば少し前にも、廊下に小石が撒かれたとか、米のとぎ汁が撒かれたとか、いろいろ騒ぎになっていたことがあったわね。
牡丹姫がやらせているって言われていたけれど、多分周りが秋霧院の意図を勝手に汲んでやらかしたんでしょう。
それもここ最近パタリと止んでいるから、もうヤバイ女房は追い出し尽くしたのかもしれないけれど、周りからしたらそんなことは関係ない。
いつまた騒ぎを引き起こすかわからない危険人物として、牡丹姫たちは嫌われている。
「このままだと彼女に、後宮にいてもらうわけにはいかなくなりそうなんだが……かと言って秋霧院が出戻った娘をまともに世話するとも思えないし」
帝がチラリと私を見る。
え、まさか。
「……牡丹姫を、こちらの陣営にいれてやれ、ということでしょうか?」
「はは、まぁ、うまくやっておくれ」
それ、私にやれと?
朗らかに笑う帝に、無理難題を押し付けられ、私はうんざりと顔を顰めた。
***
しかし私の予想とは裏腹に、意外と簡単に籠絡できた。
牡丹姫はオタクで、私の大ファンだったのだ。
「薔薇式部ぅー!」
「これ姫様!走ってはなりません!」
パタパタと足音がしたと思ったら、頬を紅潮させ輝く目をした牡丹姫が百合姫様のサロンに顔を出した。
「百合姫様、ご機嫌よう!今日の写生会も誘ってくださって、嬉しゅうございますわ!」
「ほほ、牡丹姫様がいらしてくださり、私も嬉しゅうございますよ」
帝を挟んで対立する妻二人とは思えないのどかさで、お二人が会話している。
帝を牡丹姫の元に行かせる気はないが、百合姫は折に触れて、牡丹姫へ贈り物を送り、自分の元に呼び寄せていらっしゃる。
周囲に、百合姫が牡丹姫を庇護下に置いたことを示しているのだ。牡丹姫も自分へ興味のない父親の秋霧院よりも、自分を庇護してくれる百合姫を姉と慕い、なつきはじめている。まぁ、遠くの親戚より近くの他人というやつだ。
「薔薇式部!今日はどんな絵を描くの?」
「私はちゃぁんとこちらのお庭を写生致しますわよ」
「嘘よぉ、この間も、お庭の真ん中で親指姫と落窪姫が肩を組んでいたじゃない!」
「あれは初参加の牡丹姫様へのサービスですわ」
「ええっ、今日も描いてよぉー!欲しいわ!」
牡丹姫はお絵描きがお好きと情報を仕入れたので、百合姫様にご提案して写生会という名のお絵描き会を開いて頂いたのだ。そちらに牡丹姫もお呼びしたのだが、その腕前がまぁお上手で。お姫様の手慰みというにはハイレベルな逸品に、帝も大層感心なさっていた。
「仕方ありませんねぇ。牡丹姫様の作品と交換ならよろしいですよ」
「わぁ!やったぁ!」
「今日の作品も、帝は楽しみにしてらっしゃるとのことでしたわ」
帝からは、そのうち、牡丹姫と私で絵巻物を共作してはどうだとのお言葉も頂き、牡丹姫は私との共同作業に大喜びなさっていた。
実は私もかなり楽しみだ。これで専属神絵師をひとり確保したようなものである。
牡丹姫にはBL好き腐女子としての素質を感じるから、少しずつ洗脳……じゃなくて布教して行きたいのよねぇ!
「私、今日も薔薇式部の隣で描くわ!」
ニコニコ満面の笑みで隣にちょこんと座る牡丹姫は、年相応で大層可愛らしい。
政治的なアレコレは百合姫様と帝の領分である。今後牡丹姫がどのような立場になるのかは分からないが、まぁ今よりも悪いことにはならないだろう。
「薔薇式部ったら!誰を描くの?」
「それは見てのお楽しみですよ」
私はすっかり百合姫様にも懐かれているこちらの可愛らしい姫様をヨシヨシと愛でながら、上質な紙に向き合う。
さて、一昨日、牡丹姫にバカ受けした、ライトBLな貴公子二人をどうやってこの庭の構図に入れ込もうかしら。
帝の一人称を朕にしなかったのは、単に私の趣味と「平安風少女漫画orゲーム世界の設定」なので子供向けの作品では馴染みもないし「ちん」て言わないのでは?っていうイメージです。深い理由はないです。