敵陣営に連れ込まれました
「ねぇ!お話を聞かせてちょうだいな!」
「はぁ」
さて、無理矢理牡丹姫の住処に連れてこられたわけだが、予想と色々だいぶ違う。
まず、あまり人がいない。
調度類はなかなかご立派だが、このキラキラ少女が好みそうな趣味でもない。
「……他の方は?」
「いないわ。みんな役に立たないから、追い出したの」
ツン、と澄ました顔で言うけれど、嘘だろう。まぁ私を連れ込むために、少し人払いをしているだけかもしれないが。
「あらまぁ」
まだ私の胸くらいまでしか背丈がない女御様を前に、思わずため息がこぼれる。
「……噂は一部、本当だったんですねぇ」
政争に敗れて退いた先先代の帝・秋霧院が、宮中での権力を維持したいために今上帝の後宮に送り込んだ娘。それが目の前におわす牡丹姫だ。
年は幼いが大層気が強く、率直に言えば癇癪持ちだと評判である。お付きの女房たちに他のお妃様方への嫌がらせを指示し、後宮内でトラブルを起こしてばかりで、仕える女房は大変だともっぱらの噂だ。
入内した時はまだ初経も来たばかりの幼く愛らしい様子で温かく迎えられたが、当然ながら女として帝の気を引くことはできなかった。それに不満を持ち、帝に百合姫様のことを馬鹿にして、真正面から喧嘩を売ったとも聞こえてきた。おかげで百合姫様の陣営では完全に敵視されている。
そんなこんなで、最近では、父親である秋霧院にも見切りをつけられつつあるとか。
「随分と物が少ないお部屋ですけれど、牡丹姫様の指図ですの?」
「私の趣味に合わないものばかりなのだもの。宿下りさせる時に、女房たちに持たせました」
殺風景な部屋を見渡して尋ねれば、ツン、と取り澄ました顔で返される。その言葉に、私は何度目かのため息を押し殺した。手切れ金代わりに渡したという意味か、給金代わりに渡したという意味か。どちらにしても、皇女でもある女御様としておかしな話である、
どうやらこのお姫様は、高貴なる血筋と後ろ盾にも関わらず、わりと冷遇されているらしい。
帝の気を惹きたいがために、憐れを誘うように振る舞っているのでは、なんて言われ方もされていたけれど、このご気性からして違うだろう。なんとか取り繕っているようだが、どうやら普通に可哀想なお立場っぽい。
「ねぇ、あなたさっきから何を唸っているのよ!」
「姫様、大きな声を出してはなりませんよ」
「だって、このひと、全然私の言うことを聞かないのだもの!」
キャンキャン仔犬が吠えているのを見る心持ちで、牡丹姫を眺める。
うーん、このお姫様、完全にお子様じゃない?
しかも、後宮で揉まれているにしては、やけに健全なお子様だ。
入内してから、頻繁にトラブルを起こして周りから疎まれ、高貴な生まれのくせにと蔑まれ、悪意ある噂に晒されていると聞くけれど、そのわりにメンタルはお元気そうだ。
数少ない忠義な女房たちが、がっちりガードしているのだろう。
ここ最近はトラブルも聞かないし、やらかしていたのは、もう既に追い出された女房たちなのかね?
「もうっ!野花ったらいつもうるさいのよ!」
「野花は姫様のためを思って申し上げているのです!」
なんかなぁ。
普通のお子様よねぇ。
可愛らしい主従喧嘩をしている二人を眺めながら、私はまだモヤモヤと考えていた。
癇癪持ちっていう評価も、ちよっと可哀想な気がする。だって、入内した時は、まだ九歳か十歳でしょう?そりゃ急に環境変わったら、情緒不安定にもなるねぇ。プレッシャーも凄かっただろうし。
このお姫様、完全にまだまだお子様だもんなぁ。
そんな哀れみと母性混じりの生温かい目で見ていたら、牡丹姫がキッと私を睨んできた。
「その目はなんですの!?」
「いや、可愛らしいなぁと」
お子様だなぁと、とは言わずに言葉を選んだが、プライド高き姫様には十分腹立たしかったらしい。
「失礼ですわ!私、この間十一になりましたのよ!?」
数え十一歳でしょ?まだバリバリ小学生じゃん。
うーん、さすが平安風世界。現代感覚だとドン引きだわ。
「まぁまぁ、それで牡丹姫、お話とおっしゃいますが、どのお話が?」
「え?」
私がお話をする気になったとみるやいなや、牡丹姫は嬉しそうにパッと顔を輝かせた。
「えっとね!最近話題だった、親指姫の冒険と、落窪姫の下剋上と、あと」
「そんなに一度には無理ですよ」
何よこの子、噂と違って随分と素直で可愛い子じゃん。ねぇ?目をキラキラさせて、夢見る子供じゃないの。もしくは初めて漫画図書館に行ったオタク。
「それにしても、良くご存知ですね。聞きにいらっしゃったのですか?」
「まさか!」
牡丹姫は目を丸くして、パタパタと顔の前で手を振った。
「私、いとやんごとなき身の上ですのよ?さすがに物語披露の場には行けませんわ」
「ですよね」
「だから、野花に聞きに行ってもらったの!でも野花は、お話が下手なのよ。野花を挟んだまた聞きじゃあ、面白さは半減以下だわ」
プンプンと唇を尖らせる牡丹姫に、狸女房が真っ赤な顔で眉を吊り上げた。
「姫様!私は普通でございます!その女が変なのですよ!」
「あはは、そうなのかしら?でもあなたの話を聞くと、誰が何をした、だけで一瞬で終わってしまうのだもの。つまらないわ」
狸女房は要約が得意なタイプらしい。きっと理系思考なのね。
「ねぇ、薔薇式部!早く聞かせてちょうだいな」
「……仕方ありませんね」
私はため息をひとつついて、腹を括った。
「何からお話いたしましょうか」
さて、いくつお話ししたら解放してくれるのかしらね。
「……ということがございまして」
「あらまぁ、なかなか戻って来ないと思ったら、出張物語屋さんをしていたのね」
わりと長い時間拘束され、なんとか脱出した私は、百合姫様の元に戻るとすぐに経緯を報告した。
「はい。……牡丹姫のところは、随分ともの寂しい印象で。ご本人も性根は素直で悪い方ではないようでしたが、主上に嫌われているとの噂もあり、あまり良いお立場ではないようでしたわ」
牡丹姫、全然悪い子ではなさそうだったのよねぇ。あの境遇はちょっと可哀想。父親にも興味持たれてなさそうだし。
「牡丹姫は、どのようなお方でしたの?率直な感想を教えて?」
「えーっと、お年の割に利発そうで、でも年相応の無邪気な我儘さもあり、なんというか、意思のはっきりしたお姫様でしたわ。ちょっと露悪的なところもおありでしたが、まぁ、若さゆえの強がりかなと」
「ほほほ、愛らしい評価ですこと」
百合姫に尋ねられ、私は言葉を選びつつ答えた。しかし、ご満足頂けなかったらしい。
「で、薔薇式部らしい、本当に忌憚のない評価は?」
ワクワクした顔で問いを重ねられるので、私は諦めて歯に着せていた衣を一枚剥ぎ取った。
「キツそうなお顔立ちで、性格もキツそうでした。帝の好みではなさそうですね。もう少し歳を重ねて練れてくると良い女子になりそうですけれど、ちょっと百合姫様のライバルとしては力不足かなという印象です。ご心配には及びませんよ」
「ほほほほほ!薔薇式部の人物評は本当に面白いわ!」
心底愉快そうにコロコロと笑う百合姫様、天使みたいなお顔をして、本当に良い性格してらっしゃる。好き。
でもぶっちゃけ、百合姫様の容姿がドストライクの帝には、牡丹姫のお顔立ちは刺さらないと思うのよねぇ〜。
だって牡丹姫、見た目は平安世界の悪役令嬢そのものって感じなのだもの。
この時代の美人の証たるサラサラ黒髪に、切れ長吊り目の涼しげな瞳。
めちゃくちゃ整った容姿なのに、どこかキツイ顔立ちで声もキンキン尖っているし、態度も偉そう。
高貴なお血筋ではあるけれど、本質的には悪人でもないのに悪ぶっているところも含めて、小物の悪役令嬢って感じ。
この世界が少女漫画なら、たぶん序盤に出てきそう。主人公にすぐ追い払われるタイプの悪役として。
そんなことを脳内で考えていたら。
「その話、余も混ぜてもらってもよいか?」
ネタにしていたやんごとなきお方が登場されてしまった。