中宮様の物語屋さんと呼ばれています
「あ、あら!あの方よ」
廊下を通り過ぎたら、御簾の向こうからざわめく声がした。私を見てキャッキャとはしゃぐ様子に悪い気はしない。
「まぁ、噂の?」
「そうよ!あの女房が」
無駄に溜めた後で、やけに自慢げな声が私の名を高らかに告げた。
「今をときめく、中宮様の物語屋さんよ!」
「物語屋さんねぇ〜」
最近呼ばれ出したあだ名なのだが、物語屋さんってまた、幼稚園児がつけるようなネーミングである。可愛いけど。
天使な百合姫様が気に入ってらっしゃるからそのままにしているけれど、妙齢の女性としては喜んでいいのか、なかなか微妙よねぇ。
実際、女だてらにみっともないとか、嘘つき上手な道化者だとか、いろいろ言われてるし。まぁ人からの評価を気にするようなヤワな神経してませんけどね。百合姫様の評判を下げることがないならいいのよ。
「あ!薔薇式部よ!」
「今日のお話は何かしら」
「私もう聞いたわ!」
「やめてー!私は今日、夜の部なんだから!ネタバレしないで!」
あらやだ。あちこち通るたびに声が聞こえてくる。私のせいで心騒ぐ人が多すぎるわ。
「はぁ、困ったことね」
最近私ったらアイドルみたいな扱いだけれど、何なのかしらね?こんなにあちこちで騒がれると、一介の女房でしかない私に何を期待されてるのかしら?って気持ちになるわ。
……いや、私ったら何を言ってるのかしら。物語を期待されてるのよ!
そう考えると創作系オタクとしての血が騒ぐわね。
待ってなさい!娯楽がなくて、暇で暇で仕方ない皆の者!私が面白いお話を聞かせてあげる!
さて、そんな決意は置いておいて。
「そろそろマンネリよねぇ〜?」
日々物語の読み聞かせだけでもまぁまぁの好評を博しているから、百合姫様はご満足みたいなんだけど。
アニメや漫画も嗜んでいた私としては、声優でもない私の音声だけでは、物足りなく感じるのよねぇ。
「うーん、素人だけど、紙芝居みたいにしようかしらね」
でもまぁ、私お調子者だから、拍子木鳴らして
「愛の逃避行を続ける二人は幸せいっぱい!(右半分だけ見せる)ところがその時……タカタンッ!岩陰から暗く巨大な獣がッ!(パッと引いて、残り左半分を見せる)
『あれぇ〜助けてぇ〜!』(姫様が獣に咥えられる右側)……姫様は必死に愛する大納言に手を伸ばしますが届きませんッ!(引き抜いて左側)
『姫様ぁー!』大納言の絶叫が響く中、姫様は獣の腹の中に取り込まれてしまいました……(黒い一枚)さぁどうなるっ!次回に続く!」
「「「「「えっ、えぇえええええ!?」」」」」
とかやりたくなってしまう。
観衆の反応によってはテンション上がって、毎日ひたすらイラストを描く日々になりそう。たぶんそうなると女房の仕事にならない。やめておこう。でも。
「でもねぇ、今書いてる小説にも挿絵が欲しいし」
具体的に考えていたら、薄い本にもイラスト要素が欲しくなってしまった。また次に褒美を頂く機会におねだりしてみよう。良さげな紙と岩絵の具を。
とか思いながらのんびり歩いていたら。
「お待ち、そこの田舎者!」
「……私のことでございましょうか?」
なんか声がかけられた。
振り向きたくないわ〜と思いつつ顔を向けると、想定通りに知らない女の顔。わぁ、なんか変な狸顔に絡まれちゃったよ。最近多いのよね、やだねぇ人気者の宿命?
「そなた以外に誰がおるか!……女御様がお待ちだ。こちらに参れ」
「そう言われましても。私は中宮様の命で、コレを片付けに参るところでして」
本当はもう仕事は終わって、一休みしに局に下がるところだったのだけれど。
面倒だったので、先ほどお借りしてきた書物をチラリと見せて言い訳を作る。
「そなた!女御様のお言葉を聞かぬというのか!?」
「はぁ、まぁそうですね。私の主人じゃありませんし」
いや、まぁそりゃね?どこの誰か知らないけど、女御様ってたいてい中宮様と対立しているわけよ。そんな女御様のところに行くわけなくない?なに?敵情視察させてくれるの?
「こ、この、身の程知らずの田舎者めっ!」
「田舎者かあ〜。一応都に住んでたんですけどねぇ、まぁ端っこですけど」
鬱陶しくなってきて、私はどんどん雑な対応になってきた。
「で、もうよろしいでしょうか?私も暇ではありませんので」
「良いわけなかろう!」
キーキーうるさい狸だな。なんだこいつ。
舌打ちしそうになっていた、その時。
「おやめ!おやめよ、野花。みっともないわ」
甲高い子供の声がした。
「へ?」
「姫様!」
野花と呼ばれた狸女が、慌てた顔で声の方に向かう。
「姫様、こんなところにいらっしゃってなりません!」
「でも、気になったのだもの!お前は社交が下手だし、絶対喧嘩になると思ったから」
「なんというお言葉!こんなに忠誠心の塊の野花に!」
「忠誠は認めるけれど、喧嘩してたでしょう?」
「しておりません!」
いや、そちらのお嬢様が慧眼です。
この狸、最初からなかなかに喧嘩腰でしたよ?
「えーっと、どちらさまで?」
「おぬし!姫様の名も知らぬのか!」
「なにぶん、最近宮仕にあがったばかりでして」
いや、年恰好から本当は見当がついている。
だが確信が持てなかったのだ。
噂に聞いていたのと、だいぶ印象が違っていたので。
「ほほ、面白い女房ですこと!良いわ、名乗ってさしあげます。私は」
生まれながらのものとしか思えない、妙に高貴な空気を纏い、勝ち気な笑みを浮かべる少女は。
「私は牡丹。先の帝、秋霧院の第五皇女ですわ」
「あらぁ〜」
私が宮仕えを始めるより少し前に入内した、ホンモノのお姫様だった。