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ご主人様がこの世に舞い降りた天使


「本日より中宮様にお仕えいたします、薔薇式部でございます」

「よろしくお願い申し上げます」


そんなこんなで私は出仕した。

今をときめく、中宮百合姫様の元へ。


「あら、変わった襲色目ね」

「おそれいります」


一言目に渾身のお洒落を一目で読み取って頂き、感涙である。すでにハートを射抜かれていた私は、ときめきながら続くお言葉を待った。


「噂通り、面白そうな娘だこと。顔をお上げなさい」


まさに鈴を転がすような可憐な声に顔をあげれば、声から受ける期待値をはるかに上回る顔面がそこにあった。


「はわぁ……めっちゃ美少女……っ!」

「これ!薔薇式部!」

「いてっ」


思わず口から飛び出した素直な一言に、即座に叱責が飛ぶ。続いて割と容赦なくぺしりと扇で叩かれて、私は頭を押さえた。


「あなた中宮様に向かって、何を言ってるの!」

「だ、だってこんな美少女、絵画の中でも見たことありませんもの!え、神様、百合姫様の作画に力を入れすぎでは!?」

「あぁぁもうっ!相変わらず何を言っているのか分かりません!……誠に申し訳ございません、姫様」


面白そうに私たちを眺める百合姫様を前に、私をここに紹介してくれた癒し系美女がひれ伏して平謝りしている。


「この者は生まれた時から大層な変わり者でして。けれど古今東西の書物に異常に明るく、機転も異様にききますし、作り話が得意で無駄に面白いのです。姫様の無聊をお慰めするにはピッタリの人材でございますので」


わりと散々な評価だ。私は悲しげに眉を寄せて、長い袖で口元を覆った。


「おねぇさまひどい……」

「あなたのような奇天烈な異母妹がいて、私は胃が痛くて仕方ありませんよ!」


そんな私たち仲良し姉妹の掛け合いを、百合姫様は、つぶらな瞳を見開いてご覧になっていた。そして。


「ふ、ふふっ、おほほほっ、普段は穏やかな菫式部がそのようにプリプリしているのは初めて見るわ。そなたたち、面白いわねぇ」


天使のような百合姫様が、太陽のように笑う。本当に美少女。そりゃ後宮で天下取れますわ。私はしみじみと今日から主人となる方を見つめた。


「菫よ、気にするな。私はこの者が気に入りましたよ。薔薇や、のびのびと仕えてちょうだい。その方が楽しそうだわ」


くすくすと笑いながら仰る百合姫様は、天上の美貌に無邪気な表情を浮かべた地上の天使である。これはもう私の全身全霊をかけて、面白いお話をお聞かせし、お喜ばせするしかないと決意した。


「ありがとうございます、百合姫様。それでは毎晩の寝物語はお任せくださいませ!百でも千でも無限にお話し申し上げますわ!……いたっ」


張り切って胸を張った私に、おっとり系のはずの菫姉様が、再び扇をハリセン使いして叩く。


「姫様はご成人あそばされているのですよ!?寝物語は不要です!そもそも、あなたのような無作法者を、帝もおいでになる姫様の寝所に入らせるわけないでしょう!」

「えっ、では私は何をすれば!?」

「仕事をしなさいっ!」


もっともである。しかし。


「わ、私から創作昔話を奪ったら何も残らないのに……!?」

「お話をお聞かせするのも仕事の一つですが、それだけではありません!」

「では私は、いつどこで百合姫様にお話を申し上げれば……」


呆然としていたら、菫姉様がぷりぷりとしながらピシッと廊下を指差した。


「姫様が命じられた時に限りますが、あなたはあのへんで朗々と物語を読み上げていなさいっ!無駄に声が通るんですから!」

「……はーい」

「ほほほ、本当にそなたたちは愉快な姉妹ねぇ」


板の間で読み上げるのは足が痛いなぁとか思ったが、百合姫様が楽しそうなのでヨシとする。

働くのはとても嫌だったが、出仕することを決めて良かった。毎日こんな二次元レベルの美少女が見れるなんて、マジで眼福限りなし。


しかしその後。


「薔薇よ、薔薇。今夜の物語はなぁに?」

「はい、姫様。本日は、指先ほどの小さなお姫様が、葉っぱに乗って川を下り、冒険の果てに鬼を倒す物語ですわ」

「ほほほ、今日も面白そうね」


嬉しそうに笑う姫様は本当に可愛らしい。私室に下がったら必ず今見せて下さった笑顔を絵に残そう。私の画力ではこの美しさが表現し切れないのが残念だ。


「百合のところに勤める女房は、本当に面白い者たちだなぁ」

「お褒めいただき嬉しゅうございますわ。この者たちは、私の宝でございますの」


百合姫様と睦まじくお話しされている帝のお言葉も嬉しいが、誇らしげに仰る百合姫様のお言葉が何よりも嬉しい。私の胸は高鳴り、喉元にぐっと熱いものがこみあげた。なんてお仕えのし甲斐のある、素晴らしい主人だろうか!しかも美少女。言うことなしである。


「任せてくださいませ!今宵も最高に面白いお話をお聞かせ申し上げますわ!」


さて、私が日々気合を入れて読み上げる『今夜の寝物語』は大好評となった。


しかしその結果、帝と百合姫様にお聞かせするのを盗み聞こうとする不届者が続出した。百合姫様とは対立関係にあるはずの女御様に仕える女房たちまでも、こっそりやってくるのだ。トラブルが起きないわけがない。


「あらまぁ。……仕方ないわね、集まりを分散させましょう。薔薇式部、もう一度お昼にもお話ししてちょうだいな」

「かしこまりました」


そんなわけで昼の部も用意したのだが、結局毎回廊下の周りに多数の聴衆が押しかけるため問題となり、正式に物語り披露の場を設けられてしまうことになった。


「なんだか紙芝居屋さんみたい」


菫姉様が毎日青い顔をして、人々を仕切って読み聞かせ会場を切り盛りしてくれるのを見ながら、私は「今日はなんのお話にしようかなぁ」などと、日々呑気に考えていた。


毎日ちょっとした雑用と、お話作りだけしてれば褒められて、とても幸せです。

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