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人の姫と人外の鬼の悲恋に同情したので語り継ぎます

「初めて出逢った時から姫は病を得ておってなぁ。そのせいで顔は色白というよりも青白く、ほんに月の光のようじゃった。それが、わしが行くとすぅとほんのり紅く染まるんじゃ。それが嬉しゅうて嬉しゅうて」


目を細めながら、訥々と鬼が語る。私は言葉もなく、小さく頷きながら話に聞き入った。


「もともと残りの命も少なかった身ではあったのだが、……界の狭間で更に寿命を縮めたのは確かじゃなぁ。哀れなことであった」


鬼が手繰り寄せる蛍姫との記憶は、きっと悲しくも美しいのだろう。鬼は瞳に悲哀を湛えながらも、浮かぶのは後悔や苦しみだけではない。過去を恋しく思い返し、愛おしむ表情だ。


「けれど、姫は誰にも邪魔されず、追っ手に怯えることなく、二人きりで過ごせるのならば本望だと笑って、そのまま……静かに微笑んだまま逝ったんじゃよ」

「そんな……」


あまりにも切ない恋の終わりに、私はぽろぽろと涙をこぼしていた。物語の中でならバドエンもメリバもどんと来いであるが、私はリアル世界ではハピエン主義なのだ。みんな幸せになって欲しい。鬼さんと蛍姫が可哀想でしんどい。


「蛍とふたりで過ごせたのは、ほんの十日ほどじゃった……その日々を胸に、それから私は何百年と生きてきたのじゃ……」

「うぅ、鬼さん……」


信じられない、なんて純愛、なんていう悲恋。

この鬼、良い(おとこ)すぎる……!


思わずしばらく貰い泣きしてしまった。


「…………」


小鬼たちも手巾で目尻を拭いつつ、鬼を慰めるように背中を摩っている。あたりをしんみりとした空気が漂い、陽暁と笹野も眉を落として顔を見合わせていた。雪也も感じいるところがあったのか、鬼の膝の上で神妙な顔をしている。


みんなで思わず感情移入してしまった、けれど。


「……でもね、鬼さん。雪也は蛍姫じゃないわ。それは分かっているのでしょう?」


泣き止んだ私は、涙目のままぽつりと問いかけた。よく似た人間に、恋しい人の格好をさせて昔に思いを馳せても虚しいだけではないだろうか。どれほど格好を似せても、本人ではないのに。

しかもそいつ、男で、私の夫だし。


「あぁ。……だが、似ておるのじゃ」

「今は女装束を着せて似合っていても、雪也は人間で、しかも男よ。老いるし、どんどん醜い爺になるわ。いいの?」


私が眉尻を下げて尋ねると、鬼はくしゃりと顔を歪めて俯く。そして辛そうに絞り出した。


「……あぁ、今だけでもよい。わしももう二、三十年の命、残り少ない時間、あの姫を思い出す()()()としたいのじゃ」


なるほど。

鬼の言葉にヒントを見つけた私は、にこっと笑って鬼をまっすぐ見つめた。


「ふぅん……ねぇ優しい鬼さん。よすが、があれば良いのね?」

「ん?……どういう意味じゃ?」


私の問いかけの意味が分からなかったらしい鬼が首を傾げる。困惑を浮かべる鬼に、私は満面の笑みで提案した。


「私が描いてあげるわよ!あなたのお姫様の絵を」

「えぇっ!絵!?」

「そうよっ、絵ッ!」


あらやだ、駄洒落じゃない。

鬼さんったらノリがいいわね。






「まぁ見ててちょうだい!」


私は腕まくりして机の上のイラストセットに向き合う。

半信半疑の鬼が、小鬼に命じて集めた紙と筆と絵の具。紙も筆も絵の具も、人間のものよりよほど上質だ。違和感しかなかったので、原材料を聞くのはやめた。


「蛍姫は、雪也にそっくりなのでしょう?でも、男女だから少しは違うはずよ。どんなお顔だったの?」

「姫は……この者より、もうすこし下がり眉であった。唇は少し小さく、この者より赤赤としておる。肌は月光のように青白いが、淡く染まるとなんとも幸せそうで愛らしい。瞳の色は真っ黒で、蛍のように優しい光を湛えておった」


きっと何度となく反芻したであろう記憶を、鬼が優しく手繰り寄せながら口にする。

鬼によると、蛍姫は儚げで健気で優しくて美しくて愛らしい、絶世の美姫なのだ。なんとも言えない表情で仮のモデルとして目の前に座っている雪也を元に、私は妄想力をフル回転させ、真剣に筆を走らせた。


「ほらできた!あら、我ながら最高に可愛らしいお姫様だわ!」


私がそう言って差し出したイラストを、鬼は掲げて、涙ながらに叫んだ。


「おお!蛍姫じゃ!我が愛しい蛍にそっくりじゃ」


ずっと口を半開きにして、隣で釘付けになっていた鬼は、完成したイラストにひどく感動したらしい。


「よかったわぁ!でも、雪也なんかと全然似てないじゃない」

「ほんまじゃ、ほんまじゃ!こんなに可愛い姫じゃったのに、わしが間違っておった。男に姫の大事な形見の衣装を着せてしまった、反省じゃ」


今度はモデル役をしている雪也を見て、苦い顔をしている鬼に、私は「そうよそうよ」と頷く。


「じゃあ雪也はもう脱いでいいわね」

「おぉ、早く脱げ脱げ」


そう促され、雪也は小鬼たちに手伝われながらそそくさと着物を脱ぐ。小鬼が持ってきた雪也の服は、攫われそうになった時に逃げようとして引っ掛けたのか、何ヶ所か破れや(ほつ)れが見られたが、坊ちゃん育ちの雪也は下着姿でいるのが居た堪れないらしく、大急ぎで着替えた。


「ほら、お返しするわね!」


雪也が着ていた衣は丁寧に畳んで鬼にお返しする。ふわりと薫る優しい匂いは、おそらくは蛍姫のものだ。この妖の空間は時の流れが違うらしいから、昔の香りがそのまま残っているのだろう。


「あら、優しい香り。雪也は香は炊かないから、元の匂いのままだわ。蛍姫はとても優しい香りだったのねぇ」

「そうじゃそうじゃ、姫は優しくて柔らかな匂いがした。あぁそうじゃ、思い出した。ありがとう人の女子よ」


鬼が嬉しそうに涙ぐみながら蛍姫の衣を抱きしめる。本当に純粋な鬼さんねぇ。色好みな粋人を名乗って良い気になってる男どもに、爪の垢でも……いやだめだ、鬼の爪の垢とか飲んだらなんか半妖になりそう。

そんな失礼なことを考えていたら、イラストを眺めてニコニコしていた鬼が、気前のいいことを言った。


「何か褒美をやろう、何が良い?」

「え!?本当!?」


現金な創作オタクである私は、思わず脳直で叫んだ。


「じゃあ、さっきの絵の具と紙が欲しいわッ!」

「「え゛ッ!?」」


背後の陰陽師二人組から潰れたカエルのような悲鳴が漏れる。え?鬼から物を貰うなんて、てことかしら?


「なぁに?これ貰ったら、何か悪いことが起きたりする?魂抜かれるとか?」

「いや……ただそれ、蜘蛛女の紡いだ糸で出来た紙と、妖怪の体液とか鱗とか皮膚とか牙とか、そういうもので出来た絵の具だが……いいのか?」


恐る恐る告げる陽暁を私は「なぁんだ」と笑い飛ばした。原材料を聞いてしまったけれど、思ったより大したものじゃなかった。


「私に実害がないなら問題ないわ!鬼さん、良いかしら?」

「おぉ、もちろんじゃ。そんなもので良いなら、いくらでも持っていけ」

「やったぁ!」


私が両手を上げて喜んでいるのを、陽暁と笹野が、驚愕もしくは畏怖の目で見てくる。なによ、害はないんでしょ?当事者間で話がまとまったんだから良いじゃないの。


「あ、夫は返してもらっていいわよね?」

「あぁ、まがいものはいらぬよ、わしには本物の姫との記憶があるでなぁ。さっさと帰れ、人の子よ」


先ほどまでの執着はどこへやら、やけに適当にあしらわれて雪也は再び複雑そうな顔をしつつ、そそくさと私の後ろにやってきた。妻の後ろに隠れるってどうなのかしらね。まぁ良いけど。


さて、帰るか。と思った私たちだったが。


「あぁ、絵描きの女子よ、そなたは待て」

「ん?私?」


私だけ呼び止められてしまった。振り返ると、鬼がお土産用とは別に絵の具と紙を用意して、満面の笑みで私を見ている。


「もう数枚描いておくれ」

「いいわよ〜!」


怖い一本角の鬼からの愛らしいお願いを、私は二つ返事で引き受け、男どもを待たせて机に向かった。


「その代わり、あなたとお姫様のお話を聞かせてね」

「もちろんじゃ」


生きた伝説を本人から直接聞き、オタク冥利に尽きるなぁと思いながら、私はひたすら筆を走らせる。そして数枚描けたところで、鬼を見上げた。


「どうかしら」

「あぁ、あぁ!素晴らしいぞ!」


数々の鬼と蛍姫の名シーンをイラストにして渡すと、鬼さんは満足そうに笑う。


「ありがとう絵描きの女子よ。また会おうぞ」

「ええ、楽しみにしてるわね!」


そして再会を約す言葉とともに、私たちをにこやかに送り返してくれたのだった。本当に良い鬼さんであった。


ちなみに下界に戻ってみたら、蛍鑑賞会はちょうど終わる頃だった。

雪也と別れてしれっと戻ったのだが、衣が引きちぎられた雪也のあられもない姿が、誰かに見られていたらしい。

「あなた、ご主人と相引きしてたんでしょ!」

「職場で乳繰り合うのは禁止よ!」

「白雪の君に乱暴なことしちゃだめよ!」

「力任せに押し倒してたら嫌われるわよ!」

などと、私はあちこちから冤罪をふっかけられて、散々いじられたのだった。




さて。

帰宅した私は、疲れ切って寝床に倒れ伏している夫を横目に、凄まじいペースで筆を走らせた。

今日聞いた悲恋物語を紙に綴り、そして挿絵をバンバン描き込むためである。





その数日後。

私が語った鬼と人の姫の話は涙と感動を呼び、大流行した。

そして今や、「複数の恋人を持つことよりも、ただ一人を愛する男の方が素敵では!?」という新たな価値観が生まれかけている。色男たちに恨まれそうで怖い。あと後宮システムに異議を唱えたみたいになっていて、後宮勤めの女房としては若干居た堪れない。うーん、ちょっとドラマチックにしすぎたかな。




ちなみに一冊は、下界を覗いて状況を把握した鬼に進呈させて頂いた。


「わしと姫の話を語り継いでくれるのか、ありがたいありがたい」

「私こそ素敵な話をありがとうね、優しい鬼さん」


感謝されてしまったが、いや、こちらこそである。とても楽しかった。


あと実は『姫の生まれ変わりの男を攫って、女装させて無理矢理プレイからの溺愛共依存堕ち』っていうヤンデレ物も夜中にこっそり書いてるんだけど、こっちはバレなくてよかったわ。

純愛を汚すな!て怒られちゃうかもしれないものね。





「はぁ〜!本当に雪也といると、退屈しなくて楽しいわ」

「そりゃ良かったよ」

「また何かあったら呼びなさい」


人間の男だけでなく鬼にまで襲われかけたということで、いまだに萎れている雪也の横で、私はあっけらかんと笑った。


「全力で助けに行ってあげるから!」


もちろん、下心つきでね!


完結設定にし忘れていたことに気がついたので、番外編更新のついでに完結表示にしました。

でもまだ書きたい話がたくさんあるので、多分また番外編を書きに来ます。

読んでくださりありがとうございました!

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