攻め様陰陽師とモブ顔陰陽師、美味
「急がないと!」
「わかってますよ……ただ、私だけじゃ対処できそうにないので」
特に策もなく急かす私にため息をつき、オタク陰陽師は苦虫を噛み潰したような顔で呻いた。
「とっっっても嫌ですけど、私の上司に助けを求めます」
「あ、本当?」
苦々しげなオタクくんからの提案に、思わず私の目は輝く。
「ええ、陽暁様を呼びます。とても嫌ですけど、呼びます。なので……恩に着てください」
「うふっ、恩に着るわ」
本当に心底嫌そうな顔で言われた台詞に、私は満面の笑みで頷いた。
「ありがとう、笹野くん」
オタク陰陽師あらため笹野くんは、典型的な秀才型オタクかつモブ顔の受けだ。
そしてその上司で、ここ五十年容貌が変わらないと噂がある天才陰陽師の陽暁様は、ド攻めである。人外疑惑や不老不死説がまことしやかに囁かれている、生粋の攻め様だ。
つまり美形×モブだ。
これは私の妄想ではない。陽暁は笹野にガチで迫りに迫っているのである。上司であるのを良いことにセクハラし放題、平成初期BLの攻め様並の強引さだ。
なぜ知ってるのかというと、私が定期的に彼らの不同意イチャコラを覗いているからである。まぁ、その話はまた今度だ。
「さて、陽暁様は、どこに」
「呼んだか?」
「……相変わらず地獄耳ですね」
陽暁の居場所を笹野が占おうとしたら、すぐに背後から声がした。振り向けば、相も変わらず年齢不詳の美貌の男が立っている。全然気配がしなかった。こんな感じで宮中のあちらこちらに出没するのだとしたら、半妖だと言われているのも納得である。
「もしかして、最初から居ました?」
「いや、呼ばれた気がして、今来たんだよ?」
「そのわりには早かったですね」
「ははっ」
半眼で陽暁を見る笹野の目は不信感丸出しである。しかし、自分を呼び出そうとしておいて、そんな可愛げのない反応をする笹野に対しても、陽暁はパチリと余裕たっぷりなウインクで返すのだ。
「まぁ、可愛い笹野のためなら、ね」
「きゃーっ!さすがですわぁ!」
キラリと白い歯を煌めかせながらの台詞が、あまりにも平成の攻め様で、私は感動した。こんないかにもなシーンを直接目にできるなんて、本当に転生してよかった。神様に感謝である。色々とネタを頂戴してしまったので、これはまた近々陰陽寮職場モノBLも書かねばならない。
「いやぁ〜っ、やっぱり陽暁様は天性の攻め様です!」
「薔薇式部は相変わらず意味不明で面白いねぇ」
パチパチと拍手しながら、私はきゃっきゃとはしゃぐ。それをにこやかかつ適当にあしらって、陽暁は悪い顔でニヤリと笑いながら笹野を見た。
「で、雪也クンが鬼に攫われたって?」
「あなた、もう知っていたのでしょう?」
苛々としながら笹野が言い返す。上目遣いがポイントです。
「いやまぁ、なんか上の方に妖船がいるなぁ〜と思って屋根の上で眺めてたら、君たちが騒ぎ出したから、あー、雪也クンかぁーって」
飄々と話す陽暁に、笹野がキレた。まぁ明らかに揶揄われているもんねぇ。根が真面目な笹野には、陽暁のノリは我慢がならないのだろう。
「屋根の上に許可なく登ることは!禁止されておりますって!何度も!!」
「中宮様の寝所付近を覗き見して、おつきの女房の局に侵入した君に言われたくないケドネ」
「あーーーッ!それを持ち出すのはずるいですよ!!」
会話の内容はどっちも割とアウトなことを言っているのだが、誰も聞いていないしまぁ良いだろう。
それにしても、キャンキャン吠える笹野くん、マジで溺愛されてる生意気な年下受けそのもの。ニヤニヤ笑う攻め様にあしらわれてて可愛い。
「まぁまぁ痴話喧嘩はそれくらいで」
「痴話喧嘩じゃありませんっ!」
受けくんの決め台詞も決まったところで、本題である。
「……で、妖船に乗っているのは、どの程度の鬼なのですか?あなたには分かっているのでしょう?」
「ん?んふふ〜」
無意識の信頼を滲ませた笹野くんの言葉に、陽暁は嬉しそうに口許をもにょもにょさせながら答えた。
「私の見立てだと、たぶん四百年くらい生きてる、わりと強めのやつだねぇ」
「えええっ」
「……なるほど?」
青褪める笹野の横で、二人の顔色を見比べつつ、私は頬に手を当てた。笹野は真っ青だ。しかし、天才陰陽師の陽暁サマは侮っている様子こそないけれど、恐れている様子もない。
「ってことは、まぁ、中ボスって感じかしら?じゃあ、陽暁様と笹野くんが協力できれば、そこまで危険はなくなんとかなりそうってことですかね?」
「……まぁそうなんだけど、なんでそこまで予測できたの?」
陽暁に胡乱げな眼差しで見つめられ、私はにっこり笑って答えた。
「勘です」
「勘か」
「はい」
マジでただの勘です。前世で読み漁った漫画や小説の展開から予想しただけです。
「薔薇式部の飲み込みの良さは毎度ながら異常だよねぇ?君何者?」
「普通の女房ですよ」
呆れ顔の陽暁に、私はあっけらかんと笑いながら返す。
「ただ、脳内であらゆる世界の物語が同時進行で語られておりまして、その副産物として多種多様な鬼や妖怪が私の内的世界を跋扈しているだけです」
「……君の頭の中を覗いてみたいような、見たくないような」
気味が悪いものを見たような顔で言わないで下さい。ただのオタクですよ私は。
「まぁ良いじゃないです!さぁ出発しましょ!」
「……それもそうだね、手遅れになったら笑えないし」
パンパンと手を叩いて仕切り直しを訴える私に苦笑して、陽暁は天井を見上げた。
「朱雀」
力を込めた声が、凛と響く。
すると、ぶわりと空間が揺れて、一人の……いや、一柱の人外が姿を表した。
『はっ、ここに』
美しい火の鳥のような女人だ。朱雀と呼ばれたことから、彼女は陽暁の式神の十二神将なのだろう。うわぁ初めて見た。超美人だ、感動。
「私たちを雲の上まで連れて行っておくれ」
『妖船でございますね』
「そうだ」
陽暁と朱雀の短いやりとりの後。
『御意』
「ふゃ!?うわぁーーー!飛んでるぅううう!!!」
私たちはまとめて、雲の上へと飛んで行ったのだった。