傾国の受けを巡る刃傷沙汰を妻として鑑賞します
さて、そこからお二人は庭へと降り、真剣で向き合い、斬り合いを始めてしまわれました。
お供の人たちも止めなかったので、もしかしたらわりとよくあることなのかもしれない。そもそも真剣を持参していたし。彼らにとっては、これも含めて女を取り合うゲームなのかもしれない。随分と傍迷惑な方達である。
「はぁ〜、それにしてもさすがねぇ」
お二人とも粋人として名高いだけあって、典雅で優美。真剣でのやりとりなのに、まるで剣舞を観ているような心地である。
近くの特等席に座らされて真っ青な顔で祈るように手を合わせている傾国の受け、雪也も合わせて、大層素晴らしい光景である。もちろん、きちんと鑑賞して、何枚もスケッチしまくりました。
そんな中。
「ああっ!」
雪也の悲鳴が上がった。
春闇院の刃が夏宵宮の肌にかすり、じわりと血が滲む。
「これまでとするか?」
「まさか!叔父上、ここからですよ!」
テンション上がっちゃってる若い雄は、俄然やる気である。そろそろ本気で止めないと危ないな。雪也が限界だ。真剣の狭間に止めに入っちゃいそう。
とか思っていたら。
「もうっ、おやめくださいッ!」
「っ、な!?」
「わッ!?」
思った通り、雪也がど真ん中に突っ込んで行った。
剣の動きが乱れ、慌てて二人が軌道修正するが間に合わない。
二人の剣が雪也に当たりそうになり、そして。
ガンッ
鈍い音を立てて、二本まとめて弾き飛ばされた。
「は!?」
「なんだ!?」
「私の硯でございますわ」
アドレナリンがドバドバだったお二人が困惑し固まっているので、私も楚々と登場させてもらった。
「誠に失礼をいたしました。手元が狂って飛んで行ってしまいましたの」
眉を下げて困り顔をして見せるが、お二人とも明らかに顔が引き攣っている。そりゃそうだろう。弾き飛ばされた時の衝撃で、その威力が分かっているのだから。
ただの硯が真剣二本を弾き飛ばせるわけがない。いや、そもそも硯が飛ぶわけがないのだが。
あれはオタク陰陽師からせしめていた、護身用硯である。狙ったところへの命中率百パーセント、威力は一発で大男をノックアウトできるほどのものだ。
「薔薇式部……ありがとう、助かったよ」
ホッとしたようにへにゃりと笑う雪也は、腰が抜けたのか地面に座り込んでいる。
「あら、あなた怪我をしたの?血がついているわ」
「いや、これは宮様の血だ」
「あら、そうなのですか!大変ですわ、宮様、さっそく手当を致しましょう?」
「あ、あぁ……」
動揺している夏宵宮を誘導して家の中に戻って頂く。呆然としていた春闇院も、雪也に促されて部屋にやってきた。
お供の方達は無言で刀剣を回収している。このお二人に付いているのは、なかなかにご苦労の多そうなお役目である。
「……ありがとう」
「いえ、傷が浅くてようございました」
私は手ずから夏宵宮の傷の処置を施し、そして困惑顔の男達に、にこりと微笑んだ。
「いとやんごとなき宮様方の御身に何かあれば、お止めできなかった我々は、もはや死を持って償うより他あるまいと思っておりましたが……これくらいで済んで何よりでございました」
「はっ!?」
「死!?」
私の大仰な安堵のため息に、お二人はギョッと目を見開く。
「いやいや、ははは」
「また、死などと大袈裟な……」
「大袈裟ではございませんよ」
ゴニョゴニョと誤魔化す男二人の戯言を、パシリと切り捨てる。
「御二方のお身体は、それほど尊いものなのでございます。どうかどうか、御身を大事になさってくださいませ」
罰が悪そうに押し黙る、傍迷惑なクソガキ思考の二人組に、私は少々イラッときた。だから、つい少しばかり遠回しな本音を溢してしまった。
「あぁ。それにしても、先ほどは失礼いたしました。……我が家の硯は付喪神でも憑いているのか、まるで意思を持っているようでしてね」
何気ない世間話のように続けて、私はにっこりと笑った。
「愛する夫を守ろうとして、うっかり他のものを弾け飛ばさなくて、ようございましたこと」
「はぁ、助かったよ……」
「それはよかっ、あ!まだダメ!もう少し待って!」
「まだぁ?もう拭き取りたいのだが」
雪也のうんざりした声を無視して、私は何枚目かの紙に筆を走らせる。
「はぁ〜!雪也ってば本当に美ッて感じよね!」
「美ってなんだ……」
美は美よ。頬を鮮血の赤に濡らした雪也の横顔、マジで最高。血ってエロいよね。
そんなわけで、顔を拭く前にスケッチさせてもらってます。
「せっかく君には感謝していたのに、差し引き零だよ」
「だってぇ!あまりにも創作意欲をそそるもんだから……ごめんね?」
はぁ、本当に雪也ってば、まさに傾国の受け。
まぁ死んだ目をされましたけれど、それもまた退廃的な魅力でヨシ、ですね!
さて。
そんな貴人二人の刃傷沙汰でしたが、軽い擦り傷はあったものの、なんとか内々に収めることができたので、まぁ許容範囲でしょう。
少し後に、話を聞いた帝からもお褒めの言葉とご褒美をいただきましたわ。なんでも、その後お二人は少々反省なさったのか、身を控えてらっしゃるそうで。
「あら、私、大したことはしておりませんけれど」
「いや、そなたの説教が染みたとのことであったぞ」
「え?真剣で遊ばれるのは今後はお控えくださいませとお願い申し上げたくらいですのに」
「本当か?命があって良かったと言い合っておられたが、そなた、何かしたのではないか?」
「エェッ!?いえ、本当に何も……」
身に覚えはないけれど、まぁなんでも良い。
素敵な紙と墨と岩絵の具を貰えてハッピーです。
万歳、棚からぼたもち。