高貴な色男たちが夫を取り合っていて眼福です
「さて、白雪の君よ」
「そなたはどちらを選ぶ」
タイプの異なる二人の美貌の男を前に、雪也が顔を引き攣らせた。
「わ、私には、妻がおりますれば」
「ほほ、愉快なことを申す」
絞り出すような雪也の言葉を、年嵩の方が笑い飛ばす。そして男盛りの美貌に妖艶な笑みを浮かべ、閉じた扇ですぅと雪也の頬を撫でた。
「我らもそんなことは承知の上よ」
「そうであるぞ。なにも問題ない」
若く溌剌とした美青年が、その言葉を肯定するように笑いながら頷く。
「恋も愛も、ひとつきりではないからな」
「我ら二人の手を、一度に取っても良いのだぞ?」
「「さて、どうする?」」
もうお前たちでくっつけよ。
気の合った二人の言葉に、雪也は内心でそう罵倒したと言う。
さて、今目の前におわすのは、春闇院と夏宵宮。
今、都に浮名を轟かす二人の色男である。
先代の帝である春闇院は、まだまだ男盛りの美しさであるが、この世界で三十路を迎えた彼は立派なオジである。だがイケオジと呼ぶには少々イメージとそぐわないので、美中年と呼ばせて頂こう。
男女問わず、儚くて美しいものに目がなく、花を蕾の時に手折れるだけ手折ると評判だ。
しかしアフターフォローは割としっかりしており、おてつきの女性陣へのお世話は行き届いており、関係を持った少年たちも分を弁えた者たちはそこそこ出世しているらしい。
蕾好みの院の獲物として、雪也は少々年増に当たるが、顔が良すぎたせいで、ここ最近すっかり執着されているらしい。雪也を「我が永遠の蕾」と呼んでいると聞いて、私はちょっと笑った。
夏宵宮は、少年と呼ぶには大人びた、しかしまだ十代の青年である。精悍な美貌に雄のぎらつく欲望を感じさせる眼力が、一際目を引く。目を見ただけで孕んでしまうと言われ、娘を持つ親たちからは恐れられているらしい。
十五を過ぎた頃から夜遊びに頭角を現しはじめた生粋の色好みだ。ここ数年はずっと我が夫を「理想の恋人」だと言って執心しているが、その傍らで、既にしっかり三男五女を儲けている。
こちらは若さに任せたタフネスで、毎夜あちこちの情人の家を回っているらしく、色狂いの宮様と呼ばれることもあるとか。だが、政治的にも至極有能で、なにより本人があまりに魅力的なために、皆が「この宮様なら仕方ない」と苦笑してしまうらしい。
ちなみにこの二人は叔父と甥の関係にあたる。随分と業の深い家系である。
さて、そんな良くも悪くもご高名なお二人は、現在、アポなしで我が家に突撃されております。
さすがに高貴なお方は、やることがエグイですね!
私はどこで何をしているのかって?
私はこの家の住人だから、どこに居てもおかしくありませんのでね。三人のやりとりを勝手に横の部屋から覗かせてもらってます。
え?自室から紙蝶を飛ばせば良いじゃないか、って?皇族に式神は使いませんよ!妖しい術を使って、うっかり見つかったら死罪になりかねないので。
雪也が私と電撃結婚を決意するまで追い詰められた原因の半分はこのお二人なので、訪問の連絡を受けた時はさすがに私も慌てた。雪也なんて顔面蒼白だったわ。
でもまぁ、こんなあまりに高貴なご両人のおいでをこちらが拒むことなど出来るはずもなく、我々はバタバタと大慌てでお出迎えの準備に追われた。
そして私は
「いざとなったら、最悪小火でも起こしてあげるから!」
と力付けて、雪也を敵地へと送り出したのだ。
雪也は孤立無援の中、一人奮闘してるけれど、もう初めから負け戦みたいなものだ。
雪也ったら、まるで流され受けの象徴みたいな有り様なのだもの。
まず顔つき!すごく弱々しくて可愛い。目をうるうる潤ませている。手も少し震えていて、常にお二人の顔色を伺っているから、あからさまに押しに弱そう。そういうところがダメなんだよねぇ。男心をそそるのよ、わかってないわぁ。受け受けしい。可愛すぎる。有罪。
平成のBLだったら、「煽ったお前が悪い」とか言って押し倒されちゃっても文句言えないやつよ?
「わ、私は女人としか恋をしたことがございませんので」
「それでは私がそなたの初めての男となってやろう。光栄に思うが良い」
本当は女とも恋愛したことがない雪也が苦し紛れに絞り出したお断りの言葉も、百戦錬磨の美中年には色気増し増しの台詞で打ち返される。
「男性に恋心を抱いた経験はございません」
「心配いらないさ。これまでの君の周りの男たちは、よほど魅力に欠けていたのだろう」
若き雄の魅力の化身みたいな男が言うと説得力が違う。生粋の色好みと名高い若宮も、押しの強さでは美中年に負けていない。きっとこの雄味溢れる強引さで、数多の男女を押し倒してきたのだろう。
「ひっ、ど、どうかお許しくださいませ……っ!私のような身に、お二人からのお気持ちは誠に畏れ多いことでございます!」
「愛の前に、身分や立場など関係ないのだよ」
「今の私たちは、美しい白雪のひとに愛を乞う哀れな恋の奴隷さ」
タッグを組んだ美中年と美青年に、雪也は始終押されっぱなしだ。顔色はどんどん悪くなり、そろそろ真っ青だ。可哀想である。
「あー、ダメだコレ、雪也の防御力が弱い上に、相手の攻撃力が強すぎる。やっぱり負け戦確定じゃん」
私はため息まじりに呟いた。良き頃合いを見計らって、なんらかの救いの手を差し伸べねばなるまい。さすがに、仮にも夫である雪也が強姦されるのを、観覧用特等席で眺めているのは友達甲斐がなさすぎる。
でも小火騒動はこの時代、リスクが高すぎるから、何か他の手を考えなきゃなぁ。
そう思考を巡らせながらも、実はちょっと口角が緩んでいる。
ごめんね雪也。だってこんな凄いシーン、現実で見られるなんて思わなかったのだもの!
このまま私が介入しなければ、この二人に押し倒されちゃうのでは?なんならお三方、皆さんでベッドインしちゃいます!?妻の前で?はっこれはもしや3Pな上にNTRってやつですか!?きゃー!ハードル高すぎるッ!スケッチし切れるかしら!?
なんて、私の腐った脳内は大ハッスルである。最低屑思考で申し訳ない。腐女子の業だ。なにせこの腐った脳みそは、死んでも治らなかった不治の病だ。諦めてくれ。
「限りなく湧き出でる熱情は、この世を麗しく潤わす神々からの慈悲」
「今私たちが揺蕩っているのは、溢れんばかりの情欲の泉なのだよ」
お二人は次々と口説き文句を連ねながら、ジリジリと雪也との距離を縮めている。ぶっちゃけ私にも何言ってるのか分からないけれど、要はうるうるおめめの雪也に二人とも発情しているらしい。たしかに二人からギラギラオーラがゆらゆらと立ち込め始めているようにも見える。私の腐ったフィルターを通しているからかもしれないけれどね。
二人から詰め寄られ、圧に耐えられなかったのだろう。とうとう雪也がやけっぱちのように叫んだ。
「わ、わたしは……愛は、一人のものにしか与えぬと、心に決めているのです!」
「うぉっ」
切羽詰まった雪也の絶叫に、二人の色男も思わず固まり、隣室の私も驚いて声が出た。
なかなかに情熱的なセリフである。
普通に考えれば、それは妻とした私への熱烈な愛の言葉である。うっかりちょっぴりときめいたくらいだ。
だが、私は理解している。私たちは契約結婚なのだ。これはただの、この二人から逃げるための必死の方便なのである。
ただ、この言葉を、超解釈した方々がいらっしゃった。
「なるほど、そなたの愛は、一人にしか与えられないのか」
「であれば我らは、戦うより他にないな」
「……へ?戦う?」
雪也が呆然と鸚鵡返しにしていたが、気持ちはわかる。私も同じ気持ちだ。
「いやいや、なんでそうなった!?」
さすがに私も動揺して、隣の部屋で叫ぶしかなかった。そんな展開ある?
二人の高貴すぎる美男子が、夫をめぐり熱い炎を燃やし、ばちばちにメンチを切り合いながら笑い合っている。
「叔父上、何で?」
「愛をかけて闘うのだ。刀剣しかあるまい」
「ははっ、気が合いますね。私も同意見ですよ」
和やかに話が進んでいくお二方とは反対に、二人に挟まれた雪也と隣室の私の動揺は止まらない。
「うそぉ!?」
開いた口が塞がらないとはこのことだ。
愛をかけて剣をとるパターンなんてあるの!?平安で!?
急に少年漫画?いや、騎士が私を巡って決闘するとか、女子が好きなやつだから少女漫画にもあるか。
いや私は何を考えているんだ冷静になれ、それどころじゃない。
「お、お待ちください、そんな危険な真似はなりません!」
雪也が慌てて制止するが、高貴なお二方はまったく聞く気がない。
「止めてくれるな、白雪の君よ」
「戦いの火蓋はとうに切って落とされたのだよ」
キメ顔で言われた台詞に、隣室の私は思わず絶句した。
「……わーぁお」
しばし呆然とした後で、ごくりと唾を飲む。なんだこれ。今私は、すごいモンを見ているぞ。美少女顔の受けをめぐって、男二人が刃をとるのだ。女子の憧れの構図である。冷静になれるわけがない。
「……とりあえずスケッチしておこう」
私は紙と筆を手に取りつつ、瞬きひとつせずに隣室を覗き続けた。
「どうかおやめください!そんな無意味な真似……っ」
「無意味などではないさ、そなたへの求愛の権利を得られるのであればな」
「男子たる者、戦わねばならない時があるのだ」
三人揃ってやけに芝居がかった台詞だが、悪くない。
「私のために争わないで」と泣き崩れる美貌の受け。
愛を賭けて戦うと告げる美しい男達。
最高である。
これが興奮せずにいられようか。
「白雪の君よ、見てておくれ」
「これが私たちの愛の証だ」
絶望に顔を染めた雪也にやけに楽しげな笑顔を向けて、おふたりは供の者から剣を受け取った。
いやぁ、急展開ですね!