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全年齢向け朝チュンオチ、無念です

「私が、妻……ですか?」


あまりにも思いがけない言葉に固まる夜光に、露之は痛々しく笑って肩を落とす。


「僕は体も弱く、女を抱けぬ性分だ。しかし……お前は違うだろう?」


両の手で顔を覆い、露之は苦しげに続けた。


「若い頃は通う女もいたと聞く。……今は、好い娘はいないのか?僕に付き合って、時を浪費する必要はないのだよ」


赤子の泣き声すら愛おしむ、昼間の夜光の優しい眼差しが、露之の良心を苦しめていた。


「夜光は優しく、温かい父親になるだろう。お前の子に生まれる者は、きっと誰よりも幸せだ」


夜光の優しさと深い愛情を一心に受けてきた露之だからこそ、そう確信が持てた。この男に愛される子も妻も、きっとこの世で一等幸福になるだろう。


「僕がお前を頼り、支えにしてしまったから、優しいお前は離れられなかったのだろう?でも……もう、いいから、ね」


愛する男が望むものを掴むために、もうこの手を放そう。露之はそう思ったのだ。


しかし。


「露之さま……っ、それは、あまりに」


夜光はぐしゃりと泣き出しそうに顔を歪める。そして、苦しげに呻き、歯軋りしながら片手で顔を覆った。


「夜光……?」

「っ、それは……あまりにむごい、お言葉でございます……ッ」


必死に己の激情を抑え込もうとするかのように、夜光が何度も深呼吸を繰り返す。

そして、なんとか整えた呼吸の合間に、夜光は絞り出したような掠れ声で吐露した。これまで口にしたことのなかった本心を。


「かつて、……お仕えするあなたへの()()を認めてはならないと、私は女子(おなご)()()()ことがございました」

「想い……?」


向けられる眼差しの熱さに、露之はこの身が焦げ付くのではないかと錯覚した。

そして、どきり、と心臓が鳴り、妖しい予感に胸が大きくざわめいた。

カラカラに渇いた口を開き、そっと夜光に言葉を促す。


「……逃げた、とは。どういう意味だ?」

「己の心を恐れて、私は……女を愛そうとしたのです。叶うならば、あなた以上に」

「……僕、以上に」


愛おしまれてきたことは知っている。けれどそこに、夜光からの情以上の欲を感じたことはなかった。だから、時折感じる視線の意味を考えることは避けた。自分の願望が見せる幻だと思ったのだ。


「……けれど」

「夜光……」


苦しげに続けられる言葉に、露之は呆然と名を呟くことしかできない。


これまで、夜光からもらっているのは慈愛と憐憫なのだと、乳兄弟としての情愛なのだと、露之はそう思おうとしていた。勘違いしたら、自分が辛くなるだけだから、と。逃げていたのだ。だから。


「けれど、私はその者たちをついぞ愛することはできませんでした。何度も過ちを繰り返して、女子たちを傷つけ、私は我が心を認めたのです」


だから、露之は読み違えたのだ。隠された夜光の本心を。


「私はあなたしか、愛することはできない。それならばその愛を貫こうと」

「夜光……」


ひゅっと息を飲んで、露之は目の前の男を見つめる。次第に潤んでくる視界に戸惑っていると、ぽろり、と目の端から温かい雫が零れ落ちた。


「っ、泣かないでくださいませ、露之様」


夜光に強引に腕を引かれ、露之は力強く抱きしめられる。露之を捕える逞しい腕はかすかに震えていて、夜光の心の震えそのもののようだった。


「言葉はなくとも想いは通じ合っていたと信じております。露之様、どうか、私の心をお疑いくださいますな」

「……あぁ……」


ぎゅう、と腕に込められた力が強まり、吐息のような声が漏れる。いっそ呼吸すら苦しいほどのそれが、なぜか蕩けそうなほどに心地良く、露之は恍惚とした。


「露之様、あなたを愛しております」

「夜光……」


冷え切った体に灯がともり、触れたところから発した熱が体中を駆け巡っていく。

一度波打った心は、これまでのような柔らかに労り合う日々では、満足できそうになかった。


「僕も、お前を愛している」


露之はうっとりと微笑む。

近づいてくる夜光の唇を、避ける気にはとうていならなかった。





***





「ふぁ〜!わりと簡単に刺激されてくれたぁ!?」

「君は何を覗いてるんだよっ!?」


格子の隙間からガン見していた私を、雪也がキレながら引っ張り起こした。ちょ、イイトコロなんだから離してちょうだいよ!あ、寝床にひっこんだ!紙蝶を飛ばせば見えるかしら!?


「やめろ!覗きは人権侵害だぞ!?」

「ええぇー!」


平安にあるまじき発言だわ。

いや、まぁ、家の中を覗くのと、寝所を覗くのは違うかも知れないけど。


「だってだって!夕方になんだか変な雰囲気だったから心配で」

「嘘つけ!出歯亀根性のくせに!」

「ぐっ!」


私は理由を言い繕ったが、普通に切り捨てられた。さすが我が友、私の行動への解像度が高い。


「それに、たとえそうだとしても涎垂らしながら這いつくばって目をギラギラさせて覗くのはやめろ!あと寝室は覗くな式神も飛ばすな、普通に非常識だ!」


いやそりゃガン見しますよ。紙の上ではないリアル初夜ですよ?わかってますよ最低ですとも、人でなしな所業と言われても仕方ない。でもヤッてたら見ちゃうでしょ!?


「あと、あともうちょいだけ!」

「ダメに決まってんだろ戻るぞ!」

「あーーーんっ!念願の初夜なのにぃー!」


クソ外道なことを嘆く私は雪也に引きずられ、夫婦の寝室に叩き込まれた。


「さっさと寝ろ!俺は兄上のために、ここで朝まで監視するからな!」

「……はーい」


兄のプライバシーを守ろうとする真面目で良識的な雪也のおかげで、私は大人しく朝まで寝床でぐーすか寝ることになりました。無念。


まぁでも、無事にお義兄様の純愛の成就もほぼ見届けましたし、良かったよね。


翌朝ご挨拶に伺ったら、幸せそうにはにかんだ露之様の様子が悶えそうなくらい可愛らしくて、隣に付き従う夜光さんがこの上なく愛おしそうに見つめている様が尊くて。はぁ、しんどい。無理。ほんと無理。限界。


「あ、やば」

「おいっ」


尊みが過ぎて鼻血が出ました。


一応新婚なのに、雪也には朝から血の穢れを浴びせて申し訳なかったです。

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