お義兄様はピュアBLみたいです
「君が薔薇式部?僕は露之、よろしくね」
「はぅッ」
そう言って私に笑いかけたのは、儚げな空気を纏う、とてつもない美青年だった。
「さすが雪也のおにいさま、あまりにも受け受けしき美貌」
「相変わらず何を言ってるんだ?君は」
初めて雪也の異母兄である露之と対面した後、私は感動のあまり雪也に萌え語りするしかなかった。
「露之さんは淡く輝く春の月影みたいなお方だし、付き従う夜光さんは本当に静かな影そのものみたいだし、こんな綺麗なツーショットある?ないよね?」
「落ち着いてくれよ、でもまぁ兄上とうまくやれそうでよかった」
「もちろんよ!」
同じ屋敷内にあんなに素晴らしいリアルBLが生存しているだなんて、神と雪也にはいくら感謝してもしきれない。
「はぁ〜っ、素敵な二人だったわ!むくむく創作意欲が沸いちゃうっ」
「おい、身内をネタにするな」
焦りを浮かべつつ、真っ当な制止をかけてくる親友、兼、今日から夫の雪也に、私はにっこり笑ってピースサインを向けた。
「大丈夫よ!バッチリこねくり回して、元ネタが分からないようにするから!」
「……はあ」
私がガッカリを肩を落とした雪也が、大きなため息の後で呟く。
「止めても無駄か……」
「皆様に読み聞かせる前に、ちゃんとあなたに確認とるから!安心して?旦那さまっ」
「ちっとも安心できる要素がない……」
哀愁を漂わせる雪也を新妻として慰めながら、こうして私と雪也の新婚初夜は愉快に楽しく過ぎたのだった。
さて。
露之と夜光の日常は、私の見る限り、とても穏やかなものだった。
言葉もなく、静かに二人の時間は過ぎていく。ただただそっと寄り添い、共に空間を共有している。
彼らがそれで満足なのはわかっていた。だが。
「もっと欲しがっても良いんじゃない?」
根が欲張りで贅沢者の私は、諦観と受容の中でゆるやかに日々を暮らす彼らに、うずうずして仕方ないのだ。
「まだ若いんだから、もっと楽しまなきゃ!」
これは荒療治が必要ね!
私はそう決意した。
こう言う時に鉄板なのはトラブル、二人のこの平和な関係がこのまま続かないかもしれないという危機感である。
「どーしよっかなぁー」
当て馬どっかにいないかなぁ。いないか、いないよな。
というか身内、しかも同居の姻族を引っ掻き回したら普通に離婚案件だよなぁ、どうしようかな。でも諦めきれない!だって明らかに両思いなんだもの!
あー!なんか平和なトラブル起きないかなぁ。
とか思っていたら、ある日、異母妹が赤子を連れて、私を訪ねてきた。
「あら、葵。久しぶりね!元気だった?」
「気軽に『元気だった?』とか言わないでくれる!?おねえさまがいきなり左大臣様のご令息と結婚とかなさるから!我が家は大騒動だったのよ!」
「ごめんごめん」
「せめてもう少し前に教えてくれれば!もっと余裕持って準備できたのに!急なんだもの!!」
「ごめんごめん、ほんとごめん」
葵は菫姉様の同母妹であり、父の正妻の娘である。つまり私の結婚で父が大騒動になった時に、主戦力となって嫁入り支度のために動いてくれたメンバーの一員である。それなりの皺寄せを食ったらしい葵に、私は素直に謝罪した。
「本当に申し訳なかったわ。でも、いやね、私も想定外だったものだから」
「……はぁ、まぁ良いわ。なんとかなったし」
肩をすくめながらあっさり答えて、葵はニコッと笑う。
「おかげで父も出世したし、正直良いことづくめだもの。姉様の強運に感謝するわ」
「ありがとう、葵。本当に感謝してるわ」
正直私の嫁入り支度はほとんど父に任せたので、家は相当大変だったろうに、少しばかりの文句で済ませてもらえてありがたい。葵は気の良いサバサバ女子なのだ。
「でも、どしたの?あかちゃんまで連れて」
コテンと首を傾げて、私は本題に入る。葵の腕の中には、むにゃむにゃと眠る赤子がいる。しばらく前に甥っ子が生まれたとは聞いていたが、わざわざ赤ちゃんを見せに来てくれたのだろうか。そう思って尋ねたのだが、どうやら違うらしい。
「それもあるけど、私がお姉様に会いにきたのよ」
「葵が私に?」
意図を掴みきれない私に、葵は朗らかに話を続けた。
「お姉様の結婚の余波で夫が出世して、筑紫に赴任することになってね。しばらく会えなくなりそうだから、ご挨拶にきたのよ」
「まぁ、そうなの!おめでとう!ここからは遠いけれど、元気に過ごしてちょうだいね!」
出世とはめでたい話である。
車も電車も飛行機もないこの世界では、都から出るのは一苦労なのだ。筑紫など、私は一生赴かないだろう。インドアだから別にいいんだけれど。
「じゃあ甥っ子ちゃんにも、しばらく会えなくなるのねぇ。お顔見せて!あら可愛い〜おいでぇ〜おばちゃまですよぉ〜」
「んっ、ふぎゃーー!」
いそいそと近づいて甥を覗き込み、かわゆいお顔を堪能しようとしたら、凄まじい声量で泣かれた。
「あら、泣かれちゃった」
「おねえさまのお顔が怖いのよ。ほれ、よしよし」
呆れた顔の葵が、手慣れた様子で泣く甥っ子を宥める。すごい。
「お母さんって感じねぇ、葵すごいわ。尊敬する」
「何言ってるのよ!あの白雪の君に身分違いをものともせず、家にまで迎え入れられて溺愛されてるくせに。お姉様のところもすぐよ」
「あはは〜」
実はまだ処女です。なにせ契約結婚なもので。
なんてことを言えるはずもなく、私は笑って誤魔化しながら、大号泣の甥っ子をあやし続けた。
「ずいぶんと今日は賑やかでしたね」
「あら、お騒がせして申し訳ありませんでしたわ」
夕方に、お茶をしましょうと呼ばれて出向けば、露之に揶揄われた。儚げな美人はくすくすと楽しそうに笑いながら、近くに控える夜光をチラリと見遣る。
「夜光がそわそわして、何か手伝った方がいいのか、顔を出したら迷惑なのかとうろうろしておりました」
「おほほ、来てくださったらよかったのに」
「いえ、怖がらせてしまうかもしれませんし……」
私が笑いながら言えば、夜光は恥ずかしそうに呟く。よほど子供が好きなのか、随分と優しい眼差しをしている。普段は落ち着き払っている夜光が照れている様はなかなか眼福だった。
「夜光様は、子供がお好きなのですか?」
「は、いえ、我が家は子沢山で、弟妹が小さい頃はよく世話をしていたもので、幼い泣き声が懐かしくて、つい」
「まあ、そうでしたの」
夜光ったら根っからの世話好きなのね。
だから露之の世話をするだけで満たされているのかしら。
「赤子の泣き声はいいですねぇ、この世の汚れを全て払うような、明るい力がある」
「そうですわねぇ、私も抱っこしたら、あの温かさが愛おしくて、離れがたくなってしまいましたわ」
普段より生き生きとして口数の多い夜光と会話が弾む。あの小さくてあったかいふにゃふにゃの生物の、なんと可愛かったことか!
「あぁ、もう一度抱っこしたいわ」
「あははっ、そういうお方様も新婚ではありませんか。お二人は仲もおよろしいし、きっとすぐですよ」
「まぁっ、おほほ!それはまぁ、どうでしょうねぇ。神様の匙加減ですわ」
揶揄いまじりの励ましに、曖昧に笑って受け流す。契約結婚で実はまだ清い体の私である。子が出来る見込みは今の所ない。
「お二人のお子でしたら、大層可愛らしいでしょうね」
うっとりと呟く夜光はいつになくハイテンションである。
「お二人のお子様、よろしければ私にも抱かせて下さいませね」
「ええ、その時がくれば喜んで」
そんな未来の話を語り合う夜光と私を、露之は思い詰めたような暗い顔で聞いていた。
***
「……夜光」
「はい、いかがされましたか」
寝床を整え、控えの間に下がろうとした夜光を呼び止め、露之は表情のない顔で静かに問いかけた。
「お前、妻を娶る気はないのか?」
「……え?」
今日の夜完結です〜
全部で15話予定です