働きたくないでござるっ!
短編を書き終えた後に思いついたお話を入れるため、連載版を始めました。
相変わらず勢いと思いつきで進みます。
夢よりも儚き世の中を嘆きわびつつ、過去の栄華に思いを馳せている女がひとり。
「はぁ……男の愛を喰いてぇ……」
雅やかな美貌にはとうてい似合わぬ下賤な呟きを漏らしたのは、この屋敷の主人である。
退廃的な色気を纏い、流し目ひとつで男を狂わせそうな美女だが、女の本質は根っこまで腐っていた。
「あぁ……男と男が睦み合う絵巻物が読みてぇ……そもそも小説すらない時代ツラすぎ……」
よよと泣き崩れ、身も世もなく号泣する女の『中身』は、この時代の人間ではない。十二単衣ぽいものなんかを着こんじゃってるけど、女はバリバリの『現代人』だ。
「メシマズと不衛生と病気になったら死ぬ世界なのはもう時代だから諦めた。生まれた時からだし慣れた!でも、娯楽……娯楽だけは……諦められないっ!」
ワッと文机に泣き伏したまま、女は叫ぶ。
「古●記モドキと日本●記モドキに萌えを見出す日々は、もううんざり!出来上がった完成品のBLを寄越せぇ!!」
せぇーせぇーせぇー……せぇ……
と、山の向こうから声が返ってくるのを聞きながら、女はガクリと項垂れた。
女が転生したこの世界は、いかにも平安時代っぽい世の中である。
普段から十二単着る?とか、ちょっといろいろ気になるところはあるし、歴史上の人物の名前も微妙に違うので、きっと平安風ゲームかマンガの世界なのだろう。
だが、基本は平安時代だ。つまり文化レベルが平安。本屋はおろか、貸本屋なんてない。なんなら身の回りは、誰も娯楽本を持っていない。
「はぁ……かくなるうえは……自家発電しかあるまい…… 私が書くしかないッ!」
何度目かの決意をするが、女の手元にあるのは筆と硯と……あとは、まぁ、文を送る時に使う、薄ーい紙くらい。ガリガリ小説を書くには向かない。
「か、書こうと思っても、紙とペンすらまともに手元にないこの状況……!怨むぞ神様ッ」
かたく拳を握りしめて歯軋りする。憎むべきは、こんな半端な世界と半端な設定に女を転生させた神である。
女は、母方の血筋は数代前の帝の血を引いているという名門の娘だが、その母は十歳の時に死んでしまい、最近は父も新しい妾にぞっこんラブで、女のことも忘れがちなのだ。おかげで屋敷も荒れてきた。贅沢なんてとても出来ない。
「せめて良さげな紙が欲しい……仕事して自由に使える金を稼ぎたい…………はぁ、出仕しよかな」
ぽつりと呟く。
どんよりした顔で、長々とため息を吐きながら「出仕……出仕、かぁ……」と暗い声で繰り返す。
「うん……お誘いきてたしな……はぁーっ、『脱・社畜!貴族のお姫様生活最高かよっ!』とか言ってた私が自ら働きに出るなんて……」
前世はバリキャリ社畜だった女は、今世では絶対働かないでござると決めていたのだ。それなのに、現実は非情である。欲しいものがあるならば、自ら動き、掴み取らねばならないのだ。
「ううぅ、ちくしょう!」
かばっと立ち上がると、女は山に向かって絶望の遠吠えをした。
「あぁああああーーッ!働いたら負けなのにぃいいいい!」
「おやおや、まぁまぁ」
神様の意地悪ー!と夕焼け空に向かって雄叫び続ける、可憐かつ妖艶な十二単衣の後ろ姿を、呆れ顔の侍女たちが見守っていた。
「はれ、また姫さまがご乱心じゃ」
「ほぉっておけ、そのうち落ち着きなさる」
「出仕なさるとのお気持ちが変わらぬうちに準備じゃ」
「姫さまには良き婿殿を見つけてもらわねばならんしな」
「そうやそうや」
幼い頃からこの屋敷で女とその母を支えてきた数人の侍女たちは、遠慮ない口調で笑い合う。
「姫様はお顔立ちと御髪だけはお美しいでなぁ、殿方たちの目を惹くことじゃろ」
「文も上手に書きなさる」
「絵も絵師のようじゃ」
「それを言うならば歌もじゃ」
芸術の才にやたらと秀でた、変わり者の姫君を、侍女たちはとても可愛く自慢に思っている。
我らの姫様は、才能も能力もある、やれば出来る子なのだ、と。
「うちの姫様は、頭がおかしいこと以外は素晴らしいお方じゃからなぁ」
ほっほっほっと呑気な笑い声が響く少々貧相なこの屋敷から、歴史にに残る女流作家が生まれることになるのは、もう少し後の話である。
二年前に書いた平安転生腐女子ネタのメモを発掘したので、ほぼ学生時代の記憶だけを頼りに勢いで書きました。
某大河との関係はございません(SNSで感想を受動喫煙しまくっていますが、諸般の事情により残念ながら未視聴です……)。