97話 ルース・ベストラ・ホワイトの灯火
あたくしは、ホワイト家の一員、公爵令嬢として、頂点に立つことを期待されていたわ。ただ、生まれた段階ではともかく、王女として生まれた者たちの才能が明らかになってから、明らかに人が離れていった。
当時は、理由なんて分からなかった。理解したのは、父があたくしの才能を嘆いていた時。きっと、つい口からこぼれてしまっただけの言葉。どうして、ルースの同年代には、ミーア様やリーナ様が生まれてしまったのだろうと。それでは勝てないだろうと。
「あたくしは、四属性。ミーア様やリーナ様と違って、選ばれなかった側」
父の言葉を正確に理解して、それでも、あたくしは努力を続けた。王女達に勝つことができれば、きっと喜んでくれるはずだろうと。
だけど、結果はついてこなかったわ。父に勝つことよりも、あたくしの護衛に勝つことよりも、王女に追いすがることの方が難しかった。
「どうしても、勝てないわ。あたくしの方が、遥かに努力を重ねているはずなのに」
いつ見ても、ミーア様は誰かと笑い合っていた。リーナ様はぼーっとしていた。それなのに、差は広がっていくばかり。悔しいなんて気持ちすら忘れそうなくらいだったわ。
あたくしは、朝から夜まで鍛錬を続けていたのに。心も、体も、魔法も、全部を鍛えるために。それでも、出力で負け、操作で負け、応用で負けていた。現実が嫌になったことなんて、一度や二度じゃない。
「残酷なものね。生まれ持った才能というものは。でも、諦めなくってよ」
たったの一度も、苦戦させることすらできなかった。それが、心にトゲとして残っていたわ。しかも、とある日から、ふたりとも急成長するようになった。同じくらいの時に、お茶会に呼ばれるようにもなった。
おそらくは、ミーア様とリーナ様には、何かあったのだろう。それを知ることができれば、あたくしはもっと強くなれるかもしれない。だから、媚びてでも聞き出そうとしたわ。
その中で、名前が出てくる存在が居た。闇魔法使いという、疑わしい存在が。結局あたくしは、2人に紹介してもらうことを選んだけれど。
どうしても、強くなりたかった。父に認めてほしかった。いえ、誰かに愛されたかったのかもしれないわ。それとも、期待されたかったのかも。
いずれにせよ、出会うことになった相手は、あたくしの想像とは違いすぎた。得られるものがあると信じていた。けれど、心が砕け散るかという思いを抱く羽目になったのよ。
「レックス・ダリア・ブラック……。格が、違いすぎてよ。ミーア様やリーナ様ですら、小さく感じるほど」
差を感じることすらできない。そんな経験は、初めてだった。自分で勝つイメージができないどころか、他の誰かが勝つ姿を想像することすら遠い。彼が魔法使いだというのなら、あたくしは何なのだろうか。おもちゃで遊んでいる子供?
そんなことを考えさせられて、涙がこぼれる瞬間もあった。悔しいと感じたことは、何度もある。それでも、泣きたくなかったのに。
ただ、だとしても逃げ出したくはなかったわ。逃げてしまえば、あたくしの人生全てが無になる気がしていたから。アリが竜に挑むより、遠いことだと分かっていても。
「それでも、あたくしは勝ってみせる。属性の壁を超えた人間なら、知っているのだもの」
並の四属性なら、倒してしまいそうな一属性。あたくしが、目指した上で、たどり着けなかった領域。だって、属性の限界を超えたならば、ミーア様やリーナ様に勝てたはずなのだから。
「フェリシア・ルヴィン・ヴァイオレットも、カミラ・アステル・ブラックも、レックスさんの関係者。生まれ持った属性を超えることすら、血に選ばれていないといけないの……?」
それとも、ミーア様やリーナ様のように、レックスさんから何か影響を受けたのだろうか。もし、彼があたくしの近くに居たら、もっと違っていたのだろうか。そんな、すがるような考えまで思い浮かんでしまって、自分で自分が嫌いになりそうだった。
「いえ、あたくしだって公爵令嬢。確かな血を持ったもの。言い訳なんて、論外でしてよ」
それから先、レックスさんに追いつき追い越すために、努力を重ねて、観察して、戦いを挑んだ。
けれど、勝つには程遠かった。きっと、あたくしが3人居ても勝てない。そう思わされるほどに。負けがかさんでいたことによる、諦めか何かかもしれない。それとも、現実を正しく認識できているのかもしれない。
いずれにせよ、あたくしの全力は、彼の底を引き出すことはできなかった。
「悔しいわ……。あたくしは、確かに壁を超えた。それでも、レックスさんには遠く及ばない。それでも、負けてなるものですか!」
それから、さらなる努力を重ねて、あたくしは追い詰められていった。体が重くて、魔力が尽きそうで。レックスさんにも、あきれられるくらい。
冷静な部分では、自分が愚かなだけだと分かっていた。それでも、意地なのか、思考停止なのか、訓練を続けて、どこかで線が切れた。
全身から痛みが走って、汗が止まらない。息をすることすら、苦しい。そんな状況になって、レックスさんに手を差し伸べられそうになって。断ろうとしたけれど、レックスさんの言葉に従った。彼に治療されて、自分がどれほど危険だったのか、理解できた。
下手をしたら、あたくしは二度と戦えない体になっていたのかもしれない。レックスさんには、感謝しなければならないわ。でも、もうひとつの思いもある。
「レックスさんの力を借りてでも、あたくしは進むのよ。分かっているわ。絶望的な差だってことは」
彼は、その気になれば、あたくし以上の努力ができる。だって、壊れた体を癒せるのだから。圧倒的な才能があるのに、努力ですら負けてしまえば、あたくしは、彼の影を踏むことすらできない。
「それでも、あたくしはレックスさんの敵で居たい。かつて通り過ぎた相手だと忘れ去られるのは、ゴメンだわ」
彼から路傍の石を見るようにされたら、あたくしはおしまいよ。生きている意味なんて無い。だって、今は期待されているのだから。少なくとも、レックスさんは、あたくしがもっと成長すると信じている。それだけは分かっていたもの。
「あたくしをレックスさんに刻みつける。さらなる努力をもってして。そうよね。ルース・ベストラ・ホワイト。立ち止まるのは、あたくしの名にふさわしくないわ」
レックスさんに勝つために、戦い続けるわ。壁を超えられるのが一度きりと、決まった訳じゃない。なら、彼に届くことだって、諦めきれないわ。
なんてね。本当は、彼にすら見捨てられるのが怖いだけ。家族は期待してくれなかった。ミーア様やリーナ様は、友人としてあたくしを求めるだけだった。レックスさんだけなのよ。あたくしが強くなれると、信じてくれたのは。
「ふふっ、限界ギリギリまで体を追い込んで、レックスさんに治療される。それも、良いでしょう。のめり込みすぎだとしても」
どれだけ体を壊しても、レックスさんなら治してくれますわよね? そうである限り、限界なんて何度だって超えてみせる。
あたくしの心には、確かに火が灯ったのよ。これまでよりずっと熱く、それでいて確かなものが。それがある限り、どんな困難だって苦ではないわ。
ねえ、レックスさん。あたくしは、あなたの心のどこかで、輝いているのよね?




