95話 勝つことを目指して
ハンナは、俺との戦いの中で大きく成長した。それが嬉しくもあり、恐ろしくもある。俺ほどの才能を持っていて、負けでもすれば、それは俺の怠慢だからな。自分のふがいなさを思い知らされるかもしれない。
とはいえ、少なくとも王女姉妹にとっては手放しで喜べる内容のはずだ。だから、俺も喜んでおけば良い。友達が幸福に近づくのは、邪魔すべきことじゃない。
まあ、俺のやるべきことは変わらない。これまで通りに努力を重ねて、強くなること。そして、原作で起きた事件や、今後に待っている戦いの被害を減らすこと。
全ては、俺の手にかかっている。原作知識を持っているのは俺だけで、そして俺には対応できる実力があるのだから。
ということで、訓練にも力が入る。魔法について検証を行ったり、魔力操作の訓練をしたり、剣術の訓練を重ねたり。
そんな時間を過ごしていると、目の前に白い髪の女が見えた。ルースだな。同級生として、ライバル視されている気がする。あいかわらず、姿勢がいい。
今の彼女から感じるのは、若干の敵意というか、挑発的な目線というか。これは、和気あいあいと話す流れじゃないだろう。
「レックスさん、あたくしとも、戦っていただけるかしら? あなたを超える、良い機会だわ」
とも、ね。ハンナとの戦いが知られているのだろうな。まあ、それは良い。戦いになるのなら、軽くこなすとするか。
「お前程度が、俺に敵うとでも? だが、良いだろう。俺の力を見せてやる機会だ」
「吠え面かかせてあげるわ! 覚悟することね!」
さて、どうだかな。大抵のことでは、俺が吠え面をかく展開にはならないだろう。まあ、付き合ってやるか。
「来るが良い。お前がどの程度か、見てやろう」
そう言うと、ルースはさっそく魔法を放つ態勢に入った。まあ、どんな技が来るかは想像がつく。ルースも原作キャラだからな。そこから大きく外れているとは、想像しづらい。
「これでも、くらいなさい! 爆殺陣!」
やはり、来たな。俺の周囲に魔力の膜ができて、囲まれた。俺が何もしなければ、この先の攻撃は致命的だろうな。だが、相手だって分かっているはずだ。さて、どう来る。
「闇の衣!」
魔力の膜から、強い衝撃が襲いかかってくる。熱気も。簡単に言えば、爆発だな。相手を取り囲み、その中で爆発を引き起こす。無理やり膜を引き裂こうとしても、膜自体が爆発してダメージを受ける仕組み。よくできた技だ。並大抵の人間相手なら、必殺になるだろう。
だが、俺には魔力での防御がある。それを超えることはできない様子だ。期待外れだったか?
「まだよ! 何度でも! 爆殺陣!」
もう1度、同じ技が放たれる。確かに、防御に対しては何度も攻撃を放つのも、有効だよな。ただ、今の段階では、何度撃たれても脅威ではないだろうな。ハンナが脅威を覚えさせたのとは、全く違う。仕方のないことなのだが、単純な作業になりそうだ。
「ふむ、なるほどな。連発できるのか。悪くないじゃないか」
「あたくしを見なさいよ! どこかの誰かを思い描いていないで! あたくしなんか、敵として見ていなくて!?」
そう言われて、ハッとした。単純な作業など、バカじゃないのか。これが実践でも、同じような油断をするつもりか? カミラとの戦いの中で、学んだはずだったのにな。結局、カミラだけを特別視していただけだった。誰が相手でも、気を抜かない。当たり前のことじゃないか!
「悪かったな。なら、俺も相応の力を見せよう。闇の刃!」
ということで、魔力を押し固めた刃を、敵の作った魔力の膜に放つ。俺の刃と敵の膜が同時に爆発を起こし、竜巻もかくやという突風が起こる。
「くっ、きゃあぁぁああっ!」
ルースが吹き飛ばされていくのを、なんとか闇の衣で守る。しまったな、やりすぎてしまった。油断はせずとも、手加減は必要だろうに。今後、気をつけていかないとな。
「おい、無事か?」
「問題なくってよ。まだ終わりじゃないわ。あなたが、はいつくばるまで、諦めないわ……!」
かなり土まみれだが、傷らしきものは見当たらない。とりあえず、一安心だな。
「そうか。なら、またかかってこい」
「違う! 今ここで、あなたを超えてみせるのよ! あたくしは、絶対に勝ってみせるのよ! あなたにも、ミーア王女にも、リーナ王女にも、誰にも!」
瞳を揺らしながらルースは叫ぶ。声がかすれるほどの全力の叫びだ。心から、俺達に勝ちたいと思っているのだろう。凄まじい気合ではあるが、相当追い詰められているように見える。さて、どうするのが正解だろうか。
というか、戦いが続きそうだな。仕方ない。満足するまで、付き合うか。最悪の場合は、俺の闇魔法で癒やせばいい。
「口だけなら、誰でも言える。ふさわしい実力が、お前にあるのか?」
「証明してあげるわ! 今、ここで! 爆殺陣を、重ねる……!」
さっそく、俺を囲む魔力の膜が二重になっていた。この調子で爆発を引き起こされたら、厄介かもな。なら、やるべきことは簡単だ。
「なら、闇の衣の本領を見せてやる! これが、闇魔法の力だ!」
闇魔法の本質は、他者の魔力への侵食。つまり、相手の魔法に注ぎ込まれた魔力に、俺の魔力を侵食して奪い取る。爆殺陣が爆発するそばから、それを構成する魔力を侵食していくんだ。
「あたくしの魔力が、奪われた……? なら、もっと重ねるだけだわ!」
今度は、3重になった。今のままでは、防御が追いつかないだろうな。だが、それに対応する手段は、いま目の前のルースが見せてくれた。同じことを返すだけだ。
「だったら、同じことで返してやるよ! 闇の衣を重ねて!」
ということで、ルースも俺も、魔法を重ねる数を積み上げる勝負の形になった。
「どちらが先に音を上げるか、勝負だわ!」
「いいぞ、付き合ってやる!」
俺が魔力を奪い尽くすのが先か、俺の魔力が切れるのが先か。言ってしまえば、そんな戦いだ。ルースも俺も、全力で魔力を振り絞っていく。
しばらくの間同じことを続けて、限界を迎えたのはルースだった。地面に膝をつき、そのまま魔法を構築できなくなった。
「はぁ、はぁ……あたくしは、勝てなかった……。でも、悪くない気分だわ」
確かに、ルースの顔には満足感がある。間違いなく、全力だったのだからな。体力の限界まで運動をしたような達成感があるのだろう。
「そうか。俺は面倒だったがな」
「だからこそ、よ。あなたは少なくとも、あたくしを見ていた。敵として」
そうか。こっちを見ろ、みたいなことを言っていたからな。なら、その目的は達成できた訳か。思い返せば、失礼な態度だったものだ。レックスらしいと言えばらしいのだが。ただ、反省は必要だろう。
「ふん。お前が俺に勝つなど、永遠に無いだろうがな」
「勝ち負けを意識させるところまでは、持っていけたわ。なら、後はまっすぐに進むだけでしてよ」
「そうか。期待せずに待っている」
「先に行っていなさい。あたくしは、必ず追いついてみせるわ」
素晴らしいことだ。俺の方が上だと、確実に実感しただろうに。ルースは息も絶え絶えだが、俺は普通に立っているのだから。確かに、疲れはしたが。
「せいぜい、もっと突き放されないようにすることだ」
「当たり前だわ。あなたに負けたままを良しとする女じゃなくってよ」
「気の強いことだ。面白いやつだな」
「その評価を、恐ろしいやつに変える。見ていなさい。すぐなんだから」
本当に、カッコいいことだ。心の強さが、見るからに伝わってくるからな。俺も負けていられない。ルースにもハンナにも勝てるように、さらなる努力を続けるだけだ。
なにせ、俺は2人の目標なんだからな。できるだけ、高い壁で居たいじゃないか。




