93話 超えるべき壁
ハンナと一度戦ってから、何度も何度も挑まれている。そのたびに、彼女の成長を感じているな。剣の数が増えたり、硬度が高くなったり、素早く撃てるようになったり、進歩が激しい。やはり、素晴らしい才能の持ち主だ。こんな考えは失礼だが、原作のパーティメンバーなだけのことはある。
主に使うのが魔法だけなのが、もったいない気もする。ただ、カミラのような相手は特殊な例だからな。魔法の優先順位が高いのは、普通に正しい。
というか、武術と魔法を組み合わせるのは先例が少ない。そうなると、魔法一本に絞ったら素早く成長できる可能性の方が高そうだな。なら、あまり口出ししないでおくか。
「レックス殿、今日も戦っていただきましょう!」
「飽きないな、お前も。まあ、俺の力を見せつけてやる機会だ」
もう慣れたので、すぐに誓いの剣を呼び寄せ、戦いの態勢に入る。相手も魔力を収束して、攻撃を仕掛けてくる。
「行きますよ! 閃剣!」
空一面に広がるような剣が、3段になって降り注いでくる。以前は同じ密度で1段だったと言えば、どれほどの成長かは分かるはずだ。とんでもないよな。威力も素早さも高まってこれなのだから、恐ろしい。
せっかく相手が成長したんだから、俺も新しい手段を見せたいよな。とは言っても、いつも使っている技ではあるのだが。ハンナに使うのは初めてだな。さあ、お披露目といこう。
「毎回同じか? 芸が無いな。闇の刃!」
俺から発射された魔力の刃は、ハンナの出した魔力の剣が集まる中心に向かい、爆発を引き起こす。それによって、閃剣は吹き飛んでいった。
ハンナは少し口を開いたままになった後、うなだれていく。
「まさか、貴殿の防御にすら届かないなんて……」
かなりショックを受けている様子だ。以前の決意を秘めた様子は、見る影もない。やりすぎてしまっただろうか。ただ、俺に慰められても、余計に傷つくだけだろう。なら、いっそ奮起することを狙って追い詰めるのが良いだろうか。というか、レックスのキャラを演じるのなら、それしかないよな。
「それが、俺とお前の差だ。だが、俺はフィリスにすら勝てるだろうからな。お前程度なら、仕方のないことだ」
「だからといって、わたくしめは貴殿に近づけていない……。近衛騎士になるなど、遠い夢だったのでしょうか……」
ここで折れるような人だとは思っていない。そんな人なら、俺の力を初めて見た段階で諦めているだろう。必ず、立ち上がってくれるはずだ。なら、ハンナの敵になってでも発破をかける。それが、俺のやるべきことだ。
「なら、俺が諦めろと言ったら諦めるのか? その程度の覚悟で、近衛騎士を目指したのか? 愚かなことだ」
「諦めません! 諦めてたまるものですか! ミーア様もリーナ様もお守りするために、わたくしめは居るのですから!」
ハンナの瞳は、声は、強い決意を秘めていると伝えてくる。やはり、何度でも立ち上がれる人だった。最高だよな。だから、尊敬できるんだ。未来を見たいと思えるんだ。
「なら、俺に悩みを吐き捨てている暇があるのか? そうだというのなら、好きにしろ」
「分かりました。貴殿が相手であろうが、王女殿下をお守りするために!」
「さあ、来い。お前の決意を見せてみろ」
もう1度ハンナはこちらを向きながら魔力を収束していく。だが、いつもとは違う雰囲気がある。あるいは、俺の防御を貫くのではないかと思えるほど。これだよな。意志の力で、限界以上の力を引き出す。それでこそ、近衛騎士にふさわしい。輝けるヒーローなんだ。
「行きますよ。これがわたくしめの、閃剣の新たな形! 貴殿にこれを防げますか!」
ハンナからは、ただ一本の剣が生まれて、それが構えられた。そして、こちらに向けて振り下ろしてくる。
「これは、剣を束ねたのか! なら、俺の切り札を見せてやる! 無音の闇刃!」
誓いの剣を手に、剣に闇の刃を重ねていく。そして、さらに魔力を収束する。どんな防御でも切り裂く剣技として生み出された、最高の技だ。
フィリスの魔法と、エリナの剣技。俺の知る最強どうしをかけあわせて、さらに研鑽を積み重ねた技。誰にも負けるはずがない。さあ、俺の力を見せてやる! それが、目の前の素晴らしい技への礼儀だよな!
「負けません! わたくしめの全てをかけて、貴殿を打ち破ります!」
「なら、俺もさらに進歩するまで! 闇の魔力、その力を見るがいい!」
俺とハンナの剣がぶつかり合い、しばらくの間拮抗する。そして、だんだんハンナが押されていく。当たり前だ。限界を超えた程度で追いつかれるような差ではない。それでも、戦いになっているという事実に、確かな高揚を覚えている俺がいた。
「くっ……ぁぁああああああ!」
「良いぞ! もっと見せてみろ! これが俺の力だ! 打ち破ってみせろ!」
ハンナは押し返そうとするが、俺は闇の魔力をハンナの魔力へと侵食させていく。すると、俺の力は増し、ハンナの力は減っていく。完全に拮抗は失われたが、それでもハンナは粘る。
「まだ、まだ……! もっと……!」
根性だけで戦おうとするハンナだったが、すぐに限界がやってきたようだ。剣は失われ、俺は相手の首筋に誓いの剣を突きつける。
「わたくしめの、負けですか……」
「そうだな。だが、悪くない戦いだった」
「ふふっ、そうですね……。わたくしめは、確かに壁を超えたのです……」
その言葉通りだな。直前までのハンナなら、絶対にできなかったことだ。感心を通り越すくらいのものがある。素晴らしいとしか言えない。
きっと、彼女ならば王女姉妹を守れるのだろうな。そんな気がした。そして、王女姉妹はハンナを頼りにするだろう。良い関係が築けるだろうと、心で理解できた。
「俺には届かないにしろ、確かな力はあるだろうさ。それは、認めてやる」
「貴殿の物言いですら、今は心地よく感じますね……」
「奇特な趣味を持ったやつだ。ほら、立てるか?」
手を差し出すと、相手はつかんでくる。引き起こし、ふらつくハンナを軽く支える。流石に、ここで放り出すほどの人でなしには、なれない。どう考えてもボロボロに見えるからな。少しくらいは、レックスとしての演技が崩れるかもしれないが、それでも。
「ありがとうございます、レックス殿。貴殿が王女殿下方と親しい理由が、分かった気がしますね……」
「好きに考えていろ。俺は、俺のやりたいようにやるだけだ」
「いずれは、貴殿を打ち破りたいものです。ですが今は、貴殿の下で良い。そんな気分なんです……」
これは、心を開いてくれたと考えて良いのだろうか。嫌われることも覚悟していたから、素直に嬉しい。この調子で、もっと仲良くできたのなら、それが理想だよな。
「負け犬根性が身についたのか? なんてな。俺はもっと強くなる。お前も、遊んでいたら置いていくからな」
「そんな事にはなりませんよ。わたくしめには、まだ先があるのですから」
俺にだって、もっと先があるはずだ。そこにたどり着くためにも、まだまだ努力を重ねないとな。今のハンナの成長に釣り合うくらい。それ以上にも。




