91話 進むべき方向は
とりあえず、王女姉妹とジュリア達は、仲良くやっている様子だ。それは、とても良い。ただ、結局のところ横道でしかない。いや、大事なことではあるんだが。
俺にとって最大の問題は、アイクとミュスカをどうするかなんだ。それは、何の進展もしていない。難しいものだ。アイクは教師としては本物だし、ミュスカは内心を考えなければ素晴らしい人と言って良い。
結局のところ、俺は進む道を決めきれていない。優柔不断だことだ。情けないばかりだな。
「レックス君、何か悩んでる? 私になら、何でも言ってくれていいわ! 王女だもの。隠し事は得意なのよ?」
悩みごとがあるのは事実だ。セルフィだけではなく、ミーアにまで気づかれている。やはり、俺の演技は未熟なのだろうな。なら、どうして父は俺を殺さないのだろうか。あまり、楽観視はできない状況なのかもしれない。そんな気がする。
ただ、今ここでブラック家に対してできることはない。どう転ぶにしろ、力の注ぎどころではないな。リソースは有限なんだ。何を優先するかは、しっかりと考えないといけない。
「そうですね。秘密を抱える機会は、人より多いとは思いますよ? 口が軽ければ、王女の仕事はこなせませんから」
まあ、大勢が知らないことを色々と知ることになるだろうからな。俺でも、貴族として抱えている秘密はある。それを考えたら、王女が重要な秘密を知っているのは、おかしな話ではない。
とはいえ、説明も難しいんだよな。アイクとミュスカを疑えと言って、何が解決するのだろうか。むしろ、状況が悪化する未来が見える。大勢が疑っているとなれば、どちらも焦るだろうし。
だから、話しても仕方がない。どうしたものかな。カミラに言われた、みんなを信用していないという言葉は、まだ引っかかる。それでも、黙っているのが正解だとは思う。
「まあ、面倒事は多そうだからな。だが、俺1人でどうとでもできるだろうさ」
「……そうなのね。でも、私達はレックスくんの味方よ。それを忘れないでね」
何か、ミーアは悲しそうな顔をしている。俺は間違えてしまったのだろうか。いや、相談に乗ると言って、問題ないと返されたら、心配にもなるか。
ただ、本当に言えない。言いたくない。言葉にしてしまえば、それが最後だという気がしてしまうから。そこが大きな分かれ目に思えるから。
「私達が協力するきっかけになった恩人なんですから。レックスさんが思っているより、ずっと感謝しているんですよ」
「別に、お前達を疑っている訳じゃない。ちょっと、人には言えないだけだ」
「必要になったら言ってくれるって、信じているわ。じゃあ、またね」
「では、また。私達は、いつでも待っていますからね」
俺としても、言えることは言ってしまいたい。いや、隠し事ばかりしている身で何を、と言われそうではあるが。俺の本音は、誰かに話したことなど無いと言っていいレベルだ。
どうせなら、俺の考えることを全部ぶちまけてしまえば、と考えることもある。不幸な未来が待っていると予想できるから、我慢しているだけで。
きっと、これはみんなのためでもある。そのはずなんだ。だけど、罪悪感が浮かんでくる。どうしてだろうな。
「レックス様、何かあった? 僕にできることがあれば、何でもするよ」
ジュリア達がこっちに話しかけてくる。いつものメンバーではあるが、ちょっと空気感が違うな。なんか、心配そうな顔をしている。そんなに態度に出ているのだろうか。これは、本当にまずいかもしれない。
「私達でお役に立てるのなら、全力を尽くします。レックス様の言葉さえあれば」
「同感。私達に命令する権利がある。レックス様は、私達に何をしても良い」
「あたしは、何でもとは言えないですけど。それでも、できる限りのことはしますよ」
心配してくれる気持ちは、王女姉妹のものも含めて、確かに嬉しい。だが、俺がどうにかするしかないんだ。俺さえ努力を続けていれば、どうにかなるはずなんだ。
本当に、俺が弱いばかりに、周囲に心配をかけてしまう。もっと強くならないと。俺は大丈夫だと思ってもらえるくらいに。
「今のところは、問題ない。お前達は、もっと強くなれ。そうすれば、いくらでも役に立てるだろうさ」
「レックス様は強いけど、それでも、あの学校が襲われた時みたいなこともあるから。僕は、レックス様を助けたいんだよ」
「私も同じ気持ちです! あなたさえ望むのならば、どんな苦労もいといません!」
「レックス様、私達を頼って。きっと、役に立つから」
「サラの言うとおりです。私達は、絶対に離れませんからね」
本当に、俺は周囲に恵まれている。だからこそ、もっと努力を重ねるべきなんだ。この人たちに、恥じることのないように。隣に居ても、問題ないのだと思えるくらいに。
「好きにしろ。俺は立ち止まったりしない。それだけだ」
「うん、好きにさせてもらうから!」
ジュリア達みんな、決意を秘めたような顔をしている。少し、心配だ。俺なんかのために無理をされたら、困ってしまう。何があっても、傷ついてほしくない人達なんだから。
気合を入れた様子で去っていく彼女達が、頑張りすぎないと良いが。そう考えていたら、次はミュスカに話しかけられた。
「レックス君、私達も、そろそろプライベートで遊びに行っても良いと思わない?」
どうするのが正解なのだろうな。提案を受けた方が良いのか、慎重に動いた方が良いのか。俺としては、仲良くしたいとは思っているのだが。とはいえ、友達になるには短い期間だとも思う。出会ってすぐといっていいレベルだし。
「さあな。お前のことだから、誰にでも同じようなことを言っているのだろう」
「そんなことないよ。レックス君は、色んな意味で特別かな。同じ闇魔法使いだし、協力者だしね」
「まだ気が早いな。そもそも、出会ってそう経っていないだろうに」
「むう、難関だね。でも、諦めないよ。また誘わせてもらうからね」
レックスの演技をしながら仲を深めることは、本来とても難しいこと。それを思い知らされる流れだったな。去っていくミュスカをながめながら、今後について考えていく。やはり、もう少し距離を縮める努力をするべきだろうか。俺が疑ったままでは、絶対に相手から信用はしてくれないのだから。
「あら、レックスさん。わたくしに、何か言いたい事でもありませんの?」
「無駄よ、フェリシア。こいつは、バカみたいに頑固なのよ」
フェリシアが問いかけてくる。聞きたいことは、俺の悩みなのだろうな。流れ的には。そうなると、どうも難しい。信頼している相手だからこそ、頼り切ってしまうのが怖い。下手をしたら、大きな負担をかけるだろうからな。
「わたくしは、あなたのために尽くしておりますのに。悲しいですわよ」
「確かに、感謝はしている。だが、これは俺の問題だ」
「全く、このバカ弟は。本当に、仕方のないやつだわ」
「まあまあ、お姉様。こういう方の心を解きほぐすのも、それはそれで楽しいものですわよ?」
「物好きも居たものね。フェリシアから見捨てられたら、あんたは終わりよ。それを忘れないことね」
カミラの言うことは、間違いのない事実なのだろうな。俺に好意的でいてくれる、とても大事な味方なのだから。
そんな相手に、どれだけのものを返せているのだろうか。そう考えると、心がどんよりしたような気がした。




