81話 信じたい思い
アストラ学園では、魔法を使って模擬戦をすることも多いし、自由時間もそれなりにある。まあ、他のクラスは授業中だったりするから、最上位クラスの特権ではあるのだろう。
良くも悪くも、もともと強い人間が集まっているからな。伸びしろが少ないと判断されても、まあおかしくはない。とはいえ、原作のことを考えると、もっと強くならないとな。どうせなら、新しい環境を最大限に利用したいところだ。
フィリスに教わっているだけでは、これまでと変わらない。いや、最高峰の教えであることは間違いないが。多くの人間と接する機会があるのだから、色々と学びたい。
今は、好きな人と組んで魔法を見せ合う時間だ。切磋琢磨しろよというメッセージが聞こえてくるようだ。原作的には、好感度を稼ぐための時間だな。相手を選んで、その人と仲を深める。ギャルゲーっぽい流れのやつだ。
「レックス君、今日もよろしくね。闇魔法使いは珍しいんだから、私達で組むのが効率的だよ」
「お前、よくレックスの魔法を見続けて平気だな……。俺には、無理だ……」
「レックス君も私も、同じ人間だからね。それさえ忘れなければ、何も問題はないよ」
なんというか、ミュスカは良い人っぽいことを言うよな。それが演技だと知っていなければ、好きになっていたかもしれない。まあ、俺と同じことをやっていると考えれば、あまり悪し様に言える気もしないが。俺だって、本当の自分は覆い隠しているからな。
というか、原作キャラの心を折ってしまっているっぽくて、かなり心にくる。自分の力ばかりを信じているキャラだったのに、見る影もない。結構好きなキャラだったから、普通にショックだ。
「はは、大したやつだ……。とはいえ、俺は逃げ出すことすらできねえ。情けない限りだ……」
「逃げ出さないのなら、まだ諦めてないんじゃないかな? 自分の心と向き合ってみたらどうかな?」
俺の知っている原作のミュスカは、こういう感じで励ましておいて、内心では喜ぶタイプなんだよな。正確には、落ちぶれている人を笑う人間というか。まあ、表には出していないのだが。
結局のところ、ミュスカという人間は、自分のことだけを素晴らしいと思っている人だった。他の誰かが自分の上に立つことを許せないし、だからこそ原作では主人公を裏切った。
その流れを知っていると、なかなか信用するのが難しい。分かっているんだ。最初から相手を疑っていれば、その人の信用を得ることはできないと。でも、つい警戒してしまう。
「そろそろ時間だ。行くぞ、ミュスカ」
「分かったよ。今日も頑張ろうね、レックス君」
こっちに微笑みかけてくる姿は、とても優しげなものだ。この顔が本物ならな。できることならば、人を疑うなんてこと、したくはない。というか、みんなで仲良くできるのなら、それが理想だ。
だからといって、警戒をおろそかにして、親しい人が傷つきでもしたならば、自分で自分が許せないからな。
お互いに闇魔法を使って、どんな効果を発揮しているかを見せていく。原作で知っている技もあれば、知らない技もあった。色々と参考になることが多くて、実際に勉強になる。
単純に、同じ闇魔法使いとしてなら、尊敬できる仲間ではあるんだよな。ミュスカの魔法からは、確かな努力を感じるから。実際、誰かを傷つけない限りは、ちゃんと頑張る人ではあるんだよな。だったら、あまり悪く思うのもな。
忘れてはならないのは、今の段階では、ミュスカは悪事を働いていないこと。無実の人を疑わしいからと攻撃すれば、俺の方に問題があることになる。というか、普通に考えてありえない。
いくらなんでも、未来に罪を犯すから殺してもいいとは思えない。実際に行動に移した段階ならともかく。そもそも、この世界では、ミュスカが何をするかは決まっていないんだ。
「うん、やっぱりレックス君は凄いね。憧れちゃいそうだよ」
「俺が天才だということなんて、疑う理由はないからな。当然だろう」
「そう言って、ちゃんと努力を欠かしていないの、私は知っているからね」
そんな感じで褒めてくるのは、気分が良くなりそうだ。とはいえ、どうしても裏を疑ってしまう。良くないことだとは理解していても、つい。
このまま疑い続けていれば、ミュスカの本心がどうであれ、敵に回してしまうことになる。俺の感情に気づかないほど、彼女は愚かじゃないからな。
「俺が怠けるような愚か者に見えていたのか?」
「そうじゃないよ。でも、誤解をしている人も居るからね。私は違うよ」
「理解者気取りか? 出会ったばかりで分かったつもりとはな」
「レックス君は、別に人を傷つけたくて、今みたいな話し方をしている訳じゃないもんね。私には分かるよ」
これだ。正直、本心を言い当てられている可能性は十分にある。だからこそ、こちらから信じる姿勢は大事なんだ。そう分かっていても、心がついてこない。難しいものだな。自分を制御するというのは。
「なら、人の感情が分からない愚か者だとでも言いたいのか?」
「違うよ。レックス君は頑張ってる。それを伝えたかったんだ。私は、あなたを信じているから」
「そうか。好きにしろ。お前の行動がどうであれ、俺が何をするかは変わらないからな」
「好きにさせてもらうよ。好きに、レックス君と仲良くさせてもらうね」
そんな事を言いながら、俺の胸のあたりに手を置いてくる。この調子で人と接するのなら、前世ならサークルクラッシャーとかになっていたかもな。恐ろしいことだ。実際、ミュスカの人に好かれるための行動は本物だ。その努力に関しては、認めるべきだと思う。
問題は、俺の親しい人に攻撃されないかどうかだけ。そこさえ守られるのなら、本当に仲良くしても良いんだ。敵なんて、少ない方が良いに決まっているからな。
「お前は何を言っても止まらないんだろうな。面倒なことだ」
「力ずくなら、止められるかもしれないよ? なんて、レックス君はそんな事しないよね」
「お前から見れば、そうなのかもな」
「ふふっ、強がっちゃって。可愛いなぁ。レックス君とは、これから仲良くできそうだね」
「まあ良い。仲良くしていれば、お互いに得るものは多いだろうからな」
「私の魔力奪取をレックス君が覚えた時みたいに? なんてね。レックス君も、私に色々教えてくれるよね?」
まあ、俺がミュスカの魔法を盗んだことは、良く思われていないだろうな。これは、彼女の本性がどうこうという話ではなく。だって、自分の努力を横からかすめ取られたら、誰だって良い気はしない。そんな当たり前の事実があるだけだ。
そう思うと、初動で失敗した感覚がある。まあ、これから取り戻すしかない。どうせ、過去には戻れないのだから。
「手取り足取り教える趣味はない。どうしても成長したいのなら、俺から盗むことだな」
「そうさせてもらうね。せっかくのお手本なんだから、しっかり身に着けないと」
「なら、よく見ていくことだ。闇の衣!」
「やっぱり、レックス君は凄いね。勉強になるよ。これからも、末永くよろしくね?」
ずっと仲良くできるのなら、どれだけ幸せなことか。ただ、難しいのだろうな。そう考えると、心が重くなる。
ニッコリ笑うミュスカとは対称的に、俺は笑えていないのだろうな。そんな気がした。




