80話 表と裏の顔
とりあえず、今のところは学園では大きな問題は起きていない。『デスティニーブラッド』では、入学して2ヶ月程度は平穏だったんだよな。とはいえ、その情報に依存することはできない。俺という異物が、すでに原作を大きく変えているからな。
だからこそ、方針を立てるのに悩んでいる部分はある。ミュスカに気をつけるのも、本当に必要なことなんだろうか。本来敵にならない相手でも、疑われ続けたら、いい思いをしないだろう。そう考えると、明らかに敵視するのは問題な気がする。
ただ、完全に気を抜くのも、それはそれで違う気がする。つまり、バランスが大事になるのだろう。急ぎすぎないように、気をつけないとな。
休み時間にのんびりしていると、ジュリアが駆け寄ってくる。相変わらず、懐いてくれているな。今の調子が続けば、良い感じに原作に介入できると思う。まあ、どんな事件が起こるのか、今では判断がつかないが。
「レックス様、ミュスカってとっても良い子だよね! 僕、もう仲良くなっちゃったよ!」
「そうか。あいつもなかなかやる。まあ、うまくやれよ」
「分かったよ! 今度、遊びに行く約束をしたんだよね!」
さて。原作では、主人公とミュスカは実際に仲良くなる。というか、パーティメンバーにもなる。もっと言えば、恋人になることすらできる。
流れとしては、パーティメンバー入りして、闇魔法の性能を体感できるキャラと言ったところ。それから、好感度を上げていけば、個別イベントに入ることもできる。最終段階に進めば、恋人にもなる。
だが、その後のイベントで、ミュスカは主人公を裏切って、ボスとして戦うことになる。だから、ミュスカトラップとか言われていたんだよな。それなりに叩かれて、ネタにもされていた。
初見のプレイヤーに、ミュスカと好感度イベントを進めればいいと勧めるのが様式美になっていて、それにハメられた人がキレるのも定番だった。
総じて、かなり印象に残る悪役と言える。だからこそ、ジュリアとミュスカが仲良くなるのには警戒してしまうんだよな。いつか、裏切られるのではないかと。
なら、俺もサポートに入れるように、ミュスカの様子を見ておくか。ジュリアに、万が一のことが起きなくて済むように。
そうと決めたら、話は早かった。ジュリアと別れて、ミュスカのもとに向かって、話しかけていく。
「ミュスカ。ジュリアに興味があるのか?」
「少しはね。無属性って、珍しいから。でも、今はレックス君の方に興味があるかな」
この言葉を信じるとすると、俺が目をつけられていることになる。それは幸運なのか、不運なのか。まあ、相手の言葉を信じ切ることは難しいのだが。先入観は良くないと分かっていても、どうしてもな。
原作では、裏切る直前まで、ずっと演技を続けていたからな。相当長い期間にもかかわらず。だから、俺を騙すつもりで行動するくらい、わけないことだと思ってしまう。
「俺は天才だからな。一挙一動から目を話せないのは、当然のことだろうさ」
「自信満々なんだね。ちょっと、羨ましくもあるかな」
「ほう? お前は自分に自信がないのか? その程度なら、すぐに落ちぶれるだろうさ」
「そんな事には、ならないよ。私は、絶対に諦めるつもりはないからね」
胸の高さくらいにある拳を握る様子なんて、本当に頑張り屋って印象だ。だからこそ、恐ろしい。ずっとニコニコしている裏で、どんな感情が渦巻いているのか。
原作では、自分の能力を上回った主人公に、強く嫉妬していた。だからこそ、おとしめるために、どんな手段でも使っていた。恋人ルートなんて、結ばれた描写すらあったのに、その上で主人公を殺すために裏切るのだから。
どんな好意的な顔を見せられたとしても、俺はどこかで疑ってしまうだろうな。間違いない。とはいえ、できるだけ、表に出さないようにしないと。そうしなければ、危険だ。
「なら、仲良くしようじゃないか。たった2人の、闇属性使いなんだからな」
「そうだね。お互い、協力しようね。お揃いなんだから、ね?」
「好きにしろ。俺の成長のために、せいぜい利用させてもらうさ」
「私は、お互いに楽しくできるように、頑張っていくね」
ニッコリとこちらに微笑む姿は、とても可愛らしいものだ。言葉も、いかにも良い人って感じだ。それでも、素直に信じることはできない。なかなかに、難しいものだな。俺は、自分の感情を隠せているだろうか。
「そういえば、お前はどんな魔法が得意なんだ? せっかくだから、見せてもらおうじゃないか」
「なら、私と手を繋いでくれる?」
「構わないぞ。お前が何をしようと、俺は耐えられるからな」
「言ったね? じゃあ、見せてあげるよ。魔力奪取!」
俺の魔力に、相手の魔力が侵食していく。そして、いくらかの魔力を奪われる。抵抗しようと思えば簡単だったが、それはちょっと違う気がしたんだよな。
そして、ミュスカは俺から奪った魔力と自分自身の魔力を合わせて放つ。闇魔法の特性を利用した、強い技だよな。だが、どんな感じで魔力を動かしているのかは、もう分かった。これなら、もう1度使われた時には、どうとでもできるだろう。
「なるほど、俺の魔力を奪って、自分の魔力を足したのか。面白いことを考えるな。こうか?」
ということで、ミュスカの手を取って、相手の技を真似していく。実験した感じ、大して難しくはなかったな。正直、軽率だと思う。それでも実行したのは、ジュリアを狙わずに、俺をターゲットにしてくれればと考えたからだ。俺の強さなら、危険な状況は少ないだろうからな。
「えっ……? 私の魔力奪取を、見ただけで……?」
「俺にとっては、あらゆる魔法は児戯に等しい。よく分かっただろう?」
「……そうだね。悔しいけど、レックス君は天才だよ。それは、誰にも否定できないね」
「並大抵の努力では、追いつくどころか、突き放されるだけだろうよ。それでも、諦めないと言い切れるのか?」
「もちろんだよ! 私は、絶対に負けない。誰が相手でも、どんな状況でも。追い抜かれても、泣かないでね?」
冗談っぽいセリフも言えて、努力家って感じで、裏の顔がなければ、とても仲良くしたい相手なのだがな。もったいない限りだ。愛嬌もあるし、接しやすさもあるだろう。実際、ジュリアは気に入っていた様子だし。
「お前こそ、諦めて泣きわめかないようにな」
「当たり前だよ。私だって、闇魔法が使えるくらいには、天才なんだからね」
「そうだな。闇魔法使いは、相当希少だ。特別だと言って良い」
「だから、誰にも負けたりしないよ! 絶対にね」
「俺の才能を見て、そう言えるのは、悪くないな。あの男とは大違いだ」
「あまり、人のことを悪く言うものじゃないよ? 言葉は、自分に返ってくるものなんだからね。レックス君は、少し心配だよ」
本当に、できた人みたいな言葉が多い。俺のことを気づかって、優しく接しているように見える。だからこそ、その裏に計算が見えるんだよな。相手の印象を考えて言葉を選んでいる。それは間違いない。
まあ、相手の気持ちを考えられるってのは、本来は褒めるべきことなのだが。いつか自分が上に立つためだと思うと、ちょっと悲しい。
「お前が気にすることじゃない。俺は、俺のやりたいようにやるだけだ」
この調子で、ミュスカの注意を、俺に集中させられたら良い。そうすれば、少なくともジュリアは安全になるだろうから。ただ、難題だよな。気を抜かずに進んでいこう。




