68話 静かな怒り
いつも通りに学校もどきに向かうと、いつも通りにジュリアに歓迎される。そんな流れにも慣れてきて、もう、ジュリアの存在は俺の生活の一部になっていると思う。おそらくは主人公なのだろうが、そんな事は関係なく、これからも仲良くしたい相手だ。
今となってしまえば、ジュリアに主人公としての力が無い方が、危険な目に合わせずに済んだかもしれないという考えもある。原作の主人公がどうとか思っていたが、他人だから面倒を押し付けようとできたのだろうな。正直に言って、ジュリアを巻き込むのには、少しどころではない抵抗がある。
よく考えれば、主人公だからと何もかもを押し付けるのは、とても残酷な行いだった。その事に気づけたのは、良かったのか悪かったのか。
今日は珍しく、一緒に食事を取っていた。たまには、悪くないだろう。あまり機会が多いと、父に問題視されそうだが。
「レックス様、今日も遊んでよ!」
「もう、ジュリア。あまり甘えすぎないでよね。見捨てられたらどうするのよ」
「レックス様なら、大丈夫だよ。そうだよね?」
本音では、何があったとしても見捨てないと言いたいが。誰に聞かれているか分からないし、誰かが父に報告する可能性もある。そう考えると、言えないよな。
ジュリアもシュテルも、とても大切な相手であることは間違いない。だから、遊びに誘われたくらいで見捨てるなんて、あり得ないのだが。
ただ、俺にできることもある。しっかりと、2人の幸せを見守ることだ。少なくとも、アストラ学園に通っている間は、そばに居られるだろうし。2人の魔法なら、まず受かるだろう。
「好きに考えていろ。俺は、俺のやりたいようにやるだけだ」
「今日は何の遊びを……ちょっと、どうしたの!?」
ジュリアの見ている方に目を向けると、苦しんでいる子供達が居た。明らかにおかしい。何が起こったのか、確かめないといけない。
「何人も、か? おい、見せろ」
「レックス様、みんなを助けてあげて!」
視界に入っている子供達は、大体苦しんでいる。つまり、学校もどきで何か問題が発生したと考えて良い。それなら、2人は? そう考えて、思いついたことがあった。
「シュテル、ジュリア、お前達には、なんともないんだな?」
「確かに、僕は平気かも。みんな苦しそうなのに、どうして?」
「私も、大丈夫です。何かあるんですか?」
2人にあって、他の子供達には無いものがある。俺の魔法を込めたアクセサリーだ。毒に対応できる魔法を込めている。
「つまり、毒か。運が良いのか、悪いのか。患者をこっちに連れてこい!」
「分かった。シュテル!」
「手分けして運ぶわよ!」
ということで、一人一人に魔法をかけて治療を施していく。手遅れにならないよう、急ぎつつも、慎重に。全力で魔法を使い続けてしばらく。見える範囲には苦しんでいる子供は居なくなった。
「これで、全員か。おい、ミルラは居るか?」
「呼んできますね!」
「私はラナ様を呼んできます!」
2人が走っていくと、その場に居た子供が近寄ってくる。
「あの、レックス様。ありがとうございました」
「大した手間ではない。俺の能力ならな」
「ごめんなさい……。私が、料理をよそったんです。なのに、気づけなくて……」
毒だとは言葉にしている。そうなれば、直前に食べた何かがおかしいと考えるのは当たり前だ。俺が居たから良かったものの、居なかったら、大変な事態になっていた可能性はある。目の前にいる子も、同じ考えなのだろう。とても苦しそうな顔をしている。当たり前だよな。自分なら防げたと考えても、おかしくはない。
というか、俺も同じ料理を食べていたから、毒対策ができていなかったら、やられていた可能性があるな。魔法が完成した後だったのは、色々な意味で幸運だった。
「悪いのは、毒を仕込んだ人間だ。そこを履き違えるな」
「でも、でも……!」
かなり追い詰められているな。仕方のないことではあるが。だが、慰めるような物言いはできない。そうなると、悲しむのを避けられそうな言葉は何だ? やはり、俺は無力だな。がんじがらめになって、うまく行動できない。
「必ず、俺が犯人を見つけ出す。お前がすべきことは、後悔か? 悔やんで、今回の事件が無くなるのか?」
「分かりました……。次からは、気をつけます……」
「結果的には、全員無事だったんだ。それを忘れるなよ」
「はい、ありがとうございました……」
うまい言葉をかけられたのかは、分からない。ただ、思いつめすぎないように祈るばかりだ。少なくとも、犯人が悪いという俺の感情は本物だ。俺だって、食べた上で気が付かなかった。だから、同罪ではあるんだ。それでも、全員が助かったのだから、それでいい。
うつむきながらも、ご飯をよそった子は去っていく。それから、ラナとミルラ、そして呼びに行ったジュリアとシュテルがやってきた。
「レックス様、あたしの居ない間に、何が起きたんですか?」
「誰かが、毒を盛ったようだな。さて、どうしたものか。おい、料理は残っているか?」
「ここにあります、レックス様」
「ミルラ、お前の方で、どんな毒が使われたか判別できるか?」
「かしこまりました。必ずや、特定してみせます」
「舐めた真似をしてくれたものだ。犯人は、必ずくびり殺す。俺を甘く見た報いを受けさせてやる」
間違いなく、本音だ。犯人を生かしておくつもりはない。子供達を危険にさらされて、許せるものかよ。ただ殺すだけなら、むしろ生ぬるいかもしれない。正直に言って、怒りでどうにかなりそうだった。歯を食いしばっている自分がいるのを実感できる。
「なるほど、状況は理解できました。今後は、魔法による検査を食事に施すべきでしょうね。あたしも、多少は心得があります」
「ああ、任せる。闇魔法では、検査は難しいからな。治療は、今回のようにこなせるが」
「分かりました。レックス様のお役に立てるのなら、何よりです」
ラナの手で、毒を取り除けるのなら安心ではある。水属性は、確かに検査に向いている気はするな。水の状態が手に取るように分かると聞いているし。食材には、水が含まれていることが多い。それに、毒を仕込むのなら、汁物が鉄板ではあるからな。
ということで、当面の対策はできただろう。ミルラの調査を待ってから、どのような手を打つかを決めていく。その流れになるだろうな。
何が何でも犯人を見つけて、命をもって罪を償わせる。もはや、慈悲なんて持つつもりはない。ただ、冤罪には気をつけないとな。思い込みで、間違った人を犯人にする訳にはいかない。
「とはいえ、犯人を見つけないことにはな。さて、どんな手段を取ったものか」
「あたしでは、お役に立てそうにないですね。申し訳ないです」
「だったら、俺がどうにかするだけだ。流石に、ここまでバカにされて許せるものか」
俺の親しい人を巻き込もうとした。その報いは絶対に受けさせる。もはや、真っ当な手段にこだわる気はない。法の裁きに任せるつもりもない。
俺を敵に回すということが、どういう意味なのか。しっかりと見せつけることだ。見せしめがいれば、今後の抑止にもなるだろう。
とにかく、犯人を見つけ出さないとな。ここまできて、逃げられると思われたら困る。それに、俺だって怒っているんだ。正直に言って、この感情をぶつけたくて仕方がない。
絶対に容赦しないから、覚悟しておいてもらうぞ。




