65話 守るための力
親しい人達に、俺の魔法を込めたアクセサリーを贈ることで、物理的な攻撃への対策はできたと考えて良い。人質という手段にも。だから、残りの問題は毒になる。流石に、毒の入っていない食事だけを取るというのは、現実的には難しいだろう。
そもそも、どうやって毒を見分けるのかという問題がある。信頼している人の用意した料理だろうと、食材や配膳の段階で毒が入っていたら、おしまいだからな。つまり、対策は毒を取る前提で行う必要がある。
ただ、1人では良い考えが思い浮かばない。いや、闇魔法でどうにかできそうな気はするのだが。具体的な手段までは、たどり着けていないんだよな。そもそも、思いついたアイデアをどう検証するのかという問題がある。
ということで、いつものように、頼りになる相手に相談していく。もう、決まった流れって感じだな。
「フィリス、エリナ、お前達は、毒への対策はしているのか?」
「……微妙。していると言えばしている。一応、知っている成分がないかを検査くらいはする」
「知らない人から与えられた食事を取らないくらいか。あまり、大した事はしていない」
フィリスは魔法使いらしい対策だ。おそらくは、魔力を通すなり何なりして、妙な毒が入っていないかを検知しているのだろう。ただ、俺には同じ手段は取れないだろうな。なにせ、魔力の属性が違うからな。五属性の最大の強みは、汎用性の高さだろうな。
エリナのやり方は、俺の方だと実現が難しいんだよな。相手の貴族に用意されたものを断ったりしたら、大変なことになるだろう。だからこそ、出された食事を食べるのが基本になってしまう。
つまりは、2人のやり方を俺に持ってくることはできない。である以上、別の対策が必要なんだよな。
「そうなるか。なら、俺の考えている毒への対策は、難しいかもな」
「……質問。どんな考え?」
「単純なことだ。毒を接種しても、通常通りの体の働きに戻すことだ」
毒を飲むことを避けられないのなら、飲んでも大丈夫なようにするしかない。そんな考えだが、具体的なところまではたどり着けていない。
というか、どうやって毒を飲んだと知れば良いのか。そこがハッキリしないと、難しいんだよな。
毒を飲んでも元通りになるためには、毒を検知する、その影響を取り除くの二段階が必要だ。無味無臭な毒だと、どう対処すべきかなんだよな。
「それは、実質的に毒を無効化しているじゃないか。そんなこと、できるのか?」
「……考察。人体への侵食を利用すれば、あるいは可能かもしれない」
ああ、確かに。もともと体に魔力を侵食させておいて、正しい状態を探る。その上で、異常が出たら、もとに戻す。その流れを実行すれば、実現できるかもしれない。やはり、誰かに話してみるものだ。
「なら、試してみるか。フィリス、何か毒はあるか? 薬で治療できるものだと、ありがたいんだが」
「……ある。準備するから、待っていて」
ということで、フィリスは毒を取りに向かう。これから、自分で毒を飲むんだよな。正直に言えば、かなり怖い。だが、未来のためだ。ここでしっかりやることが、みんなのためになる。俺自身を守ることにも、誰かを助けることにも、両方に繋がるはずだ。
フィリスがやばめな薬品を持って、こちらに向かってくる。毒々しい色だ。変な匂いもしてくる。あれを飲む。緊張してきたな。
「早速試してみるか? それとも、なにか検証してからの方がいいか?」
「……推測。美容魔法もできたことを考えると、理論的には可能。正常な状態を覚えて、それに矯正すれば良い」
肌を若返らせるのは、若い状態を覚えさせてのこと。毒の影響を取り除くのは、正常な状態を覚えさせてのこと。確かに、同じだ。それなら、実行できそうな気がしてきたな。さあ、勇気を出すぞ。
「ああ、その感覚か。なら、できそうだな。フィリス、毒をよこせ」
「……了解。エリナ、薬の準備をしておいて」
「分かった。異常が出たら、すぐに飲ませるよ」
「さて、やるか。……ふぅ、行くぞ!」
飲んですぐに、強い苦しみが襲いかかってくる。即効性の強い毒みたいだ。その中で、体に起きた変化を探る。そして、元に戻していく。言葉にすれば単純だが、かなりの集中が必要な作業だった。毒の苦しみの中では、なかなかに難しい。それでも、全力で魔力を操作する。すると、苦しみは消えていった。
「……確認。脈、よし。瞳孔、よし。呼吸、よし。問題ないはず」
「つまり、レックスは毒を克服したということか?」
「……微妙。異常を確認できたら、そこから対応はできる。ただ、寝ている間に毒が効果を発揮すると、ダメ」
遅効性の毒なら、飲んだことに気づかずに死んでしまう可能性がある。だから、細かい異常も検知できるか、あるいは寝ている間も効果が作用するか。そのどちらかが必要だ。
「その対策は、思いついた。常時、薄く魔力をまとっていれば良い」
「……確かに。闇の衣でも、同じことができる。なら、簡単」
「そうだな。2人とも、礼だ。受け取れ」
ということで、礼という建前で、事前に用意しておいたアクセサリーを渡す。実際、感謝しているんだよな。2人のおかげで、毒に対しての備えもできた。これで、みんなを守る未来にも繋がるんだ。
「……了解。ブレスレット? レックスの魔力を感じる」
「これがあれば、俺の魔法を発動できる。後で改良する予定だが、今はそれを持っておけ」
「助かるぞ、レックス。お前の魔法があれば、百人力だ」
「……感謝。これがあれば、更に実験が進む」
「毒対策の魔法も付与できれば、大抵の状況には対応できるだろう。そこまでやれば、滅多なことでは死なないはずだ」
他の人達に贈ったアクセサリーにも、アップデートを施したいものだ。そうすれば、俺が居ない時でも、大抵の状況からは身を守れるはずだ。
知り合いが死ぬという未来だけは、絶対に避けたいからな。そのためなら、努力を欠かすつもりはない。
「ああ。どれほど破格なのかは、よく分かるよ。これは、今後も気合を入れないとな。今のままでは、借りの方が大きくなりそうだ」
「……同感。レックスと出会ってから、とても多くのものが手に入った。これまでの人生の中でも、相当に」
「俺は天才なんだから、当たり前だろ? お前達程度に返せるとは思っていないよ」
なんて、大嘘だが。俺はむしろ、こちらの方が、もらいすぎていると思っている。大切な人である2人自身や、師として導いてくれたという事実、信じられる相手の存在。
だが、感謝の言葉を直接言う事はできない。悲しいことだがな。特にエリナには、難しい。獣人は、この国では低く見られているからな。名をとどろかせる程の剣の腕があっても、まだ。
それでも、2人は俺に笑いかけてくれる。だからこそ、絶対に大切にしてみせる。2人自身も、今の絆も。俺は間違える訳にはいかない。ただ1人で生き延びたって、何の意味もないんだから。
2人と別れてから、今後について考えていた。アクセサリーを利用してみんなを守る。その道筋がついたから、まずは親しい相手に渡しきることも大事だ。
なんとか、時間を作っていかないとな。みんなの安全を確保したら、学校もどきを襲った黒幕も探さないといけない。
やるべきことは多いが、しっかりと一歩ずつ進んでいこう。それこそが、最大の近道だろうからな。




