64話 抱えてしまう情
いつも通りに過ごしていると、父に呼び出されてしまった。また面倒なことが待っているのかと思うと、気が重い。だが、無視をするなんて論外だからな。少なくとも今は、敵対する意志はないのだと示す必要がある。父のもとに向かうと、話をされる。
「カミラも帰ってきたことだ。久々に、家族で過ごそうではないか」
拍子抜けしてしまった。だが、今みたいな状況なら、悪くない。物騒なことが少なくなれば、それはありがたい限りだからな。一応、父にも家族への情があると分かったのも、悪くはないな。
ただ、この男は、実の息子を簡単に処刑する人間であることを忘れてはならない。あくまで、悪役一家の人間としてふさわしい存在なんだ。警戒心を緩めるのは、悪手と言えるだろう。
それでも、家族での時間は大事にしたい。少なくとも、カミラとメアリ、ジャンは大切な相手だからな。その人達と過ごすのは、楽しいことなんだよな。
「分かったよ、父さん。それで、何か用でもあるの?」
「今のところは、何もない。用がないと、おかしいのか?」
「いや、大丈夫だよ。分かった。姉さんと一緒なのは、久しぶりだからね」
不審に思われないように、あまり変なことは言わないようにしないと。父は、家族だって殺せる人間だ。それは、以前の事件が証明している。兄は、父の手によって殺されたのだから。警戒を怠るな。
ということで、みんなが集まって食事をする流れになる。普通に平和な時間だけを過ごしてくれるのならば、父も母も敵視しなくて済むのだが。ただ、現実的には難しいだろうな。
仮に父が反省したとしても、これまでに敵を作りすぎている。それを考えると、心を許すのは良くない。しっかりと、距離を取っていかないと。まさか、父のために戦う訳にはいかないのだから。
「レックスちゃん、何か困り事はありまして? わたくしに、何でも言ってくださいな」
「今のところは、問題ないよ。ありがとう、母さん」
「可愛い息子のためですもの。どうということはありませんわ」
一応、母からは愛情を感じはする。ただ、この人も美容のためとかいう理由でエルフを殺すような人間なんだよな。いや、原作ではという話で、今は誰も殺していないのだが。それでも、気を抜いていい相手ではない。
素直な善性の人なら、何も気にせず甘えられたのだがな。親の愛情は、受け取ってみたいものではあるから。どんな感覚なのか、いまいち分からないからな。かつては、愛されていなかったから。
まあ、前世のことなんてどうでもいい。振り返ったところで、何も変わらないからな。俺の考えるべきことは、味方を増やして、親しい人達と生き延びることだけだ。一応、学校もどきに問題が起きていないのは、ジュリアに贈った剣やシュテルに贈った弓の動きで理解している。
だから、家族との仲を深めることに集中しておけばいいだろう。とはいえ、父や母はどうすれば良いものか。遠ざけすぎても、近づきすぎても問題な気がする。
「全く、バカ弟ったら。甘えるのもいい加減にしなさいよ」
「そう言う割には、お兄様に貰ったチョーカー、ずっと付けてるよね」
「わたくしには、何か飾りは頂けませんの? レックスちゃん、お願いしますわ」
「兄さん、僕も貰っても良いですか? あまり役に立っていない身で、申し訳ないですが」
ああ、俺の浅慮が表に出てしまった。人によって露骨に扱いを変えれば、良く思われないだろう。仕方ない。2人にも贈るべきだよな。いや、嫌という訳では無いが。
ジャンは、俺を尊敬してくれている。それに応えるのは、当たり前のことだ。母に関しては、まあ俺のことが大事だというのは、本音だろうし。
「いや、構わないぞ。準備するから、明日には渡すよ」
「ありがとう、レックスちゃん。やっぱり、わたくしの可愛い息子ね」
「次期当主になる男だものな。我が子達に好かれるのも、立派な才能だ。他の人間を従えてこそ、立派な当主なのだから」
俺としては、周囲に慕われるのが理想の当主だと思うが。まあ、この場で反論するメリットはない。とりあえず、頷いておけば良い。面従腹背を形にするんだ。
「バカ弟なんかに従ったりしないわよ。レックスは、あたしのものなんだから」
「メアリのお兄様なの! 絶対、渡したりしないんだから!」
あまりケンカをされると、困ってしまうのだが。まあ、軽いじゃれ合いくらいに見えるから、そこまで気にしていない。ちゃんと好かれているのなら、大丈夫なはずだ。敵対する未来だけは、避けられる。そう思いたい。
「兄さん、ちょっと大変そうですよね。取り合いは面倒でしょうに」
「こんなに可愛いレックスちゃんですもの。人気になるのも当然だわ」
「女に好かれるのも、当主としての器量だろう。私は、レックスに期待しているぞ。私にはない闇魔法が、お前にはあるのだから」
「まあ、期待に応えられるように、頑張るよ」
一応、父も俺を大事にしてくれているのだろう。期待しているのも、本音ではあるのだろう。だからこそ、気をつけないと。あまり情を持ってしまえば、後でつらいだけなのだから。どうせ、道が交わることはない。
食事は順調に終えられて、次の日。約束していたアクセサリーを渡しに向かう。まずは、母の方からだ。一応。俺の魔法を使える機能も同じにしてある。
「母さん、約束のアクセサリーだ。ブレスレットで良かったか?」
「レックスちゃんが考えてくれただけで、十分ですわよ。大切にしますわね」
「あげた物なんだから、好きにしてくれれば良いけど。まあ、大事にしてくれるのは嬉しいよ」
「ほら、こちらにいらっしゃいな。良い子ですわね、レックスちゃんは」
そんな事を言いながら、抱きしめられる。体温を感じると、少しだけ心地良い。愛してくれているのは、伝わってしまう。どうするべきなのだろうか。もっと親しくなって、正しい道に引き込めるようにするべきだろうか。あるいは、心を許さない方が良いだろうか。
できることならば、誰とも敵対したくはない。だが、難しいだろうからな。現実的に達成可能な目標に向かって進むべきだ。
母の悪事は、原作で語られているのは、エルフを美容のために殺したことだけ。だから、俺の魔法で母を手伝っている今では、大丈夫なのかもしれない。
困ったな。敵だと思っていれば、後で楽だろうに。俺の中にも情が湧いている。それが理解できてしまう。大切にされていて、悪意を向け続けるのも大変だ。よく分かるよ。
「抱っこされて喜ぶとか、子供じゃないんだから……」
「子供ですわよ、レックスちゃんは。仮に何歳になろうとも、大切な息子ですわ」
「仕方ないな。もう、好きにして良いよ」
「可愛らしい子ですこと。一年後に離れてしまうのが、惜しいですわね」
母の目からは、確かな優しさを感じる。だからこそ、迷ってしまう。このまま敵だと思い続けて良いのか。もしかしたら、未来で味方になってくれる人なんじゃないのか。そんな感情に、迷子にさせられそうだ。
この調子で、いずれ父や母が敵になった時に、ちゃんと殺せるのだろうか。今は、少し不安だ。
母と別れてからも、悩みは消えない。ただ、同じところをグルグル回り続けても仕方ないから、まずはジャンのところに向かう。アクセサリーを渡すために。
「ジャン、これ、受け取ってくれ。お前なら、うまく使えるだろう」
「兄さんの魔法が込められているんですよね。分かりました。期待には、応えてみせます」
「ああ。お前なら、俺の役に立つのは簡単だろう。うまくやれ」
ジャンのことを、確かに信頼している自分が居た。いや、疑いだってあるのだが。いずれ敵対するかもしれないという。だが、少なくとも今は、俺を尊敬してくれているし、従おうとしてくれている。それは間違いない。
俺は、自分の選んだ道を真っ直ぐ進めているのだろうか。そんな迷いがよぎった。




