566話 エリナの研鑽
フィリスと共闘している時に、とんでもない情報が私に叩きつけられることになった。女神ミレアルが、黒幕かもしれないということ。
正直に言えば、半信半疑という程度ではある。他の可能性だって、十分にあるだろうとは。これが現実逃避なのか冷静な判断なのかは、自分でも分からないが。
敵としては、あまりにも強大過ぎる。実力という意味でも、影響という意味でも。
もともと邪神と戦う予定だった。だから、神と対峙する覚悟はあったと言えなくもない。ただ、邪神はミレアルに敗北して封印された。それが創生の神話。
つまり、邪神よりも強大である可能性が高い。そもそも、多くの信仰を得ている。邪神と違って、慕われている存在だ。
最悪の場合、本当に国そのものどころか世界のほとんどが敵となりかねない。異端認定なんて程度ではない。後ろ指を指されるなんて生ぬるい話にはならない。世界中から、全力で命を狙われる可能性だってある。
総じて、事実だというのなら危機だと言うほかない。絶望的だとも言えるかもしれないな。
「女神ミレアルが、敵になる。フィリスが言うのなら、あり得るのだろう」
他でもないフィリスだからこそ、ただの妄言として扱いはしなかった。そこらの人間が言っていたら、話を聞く気にすらならなかっただろう。
そう考えると、良かったのか悪かったのか。フィリス自身も、仮説の段階だと判断しているようではあったが。確信するためには、情報が足りない。私にも分かることだ。
一体何をどうすれば、女神の敵対を証明できるのだろうな。実際に対峙したその瞬間という可能性もある。結局、油断できる瞬間が無くなりそうだ。
「ならば、私はもっと剣技を磨かなくてはな。女神の魔法すらも、切り裂けるように」
いざという時に対抗できる手段があるだけでも、気分が楽になるはずだ。それにどれほどの意味があるかは怪しいが。
ただ、何もせずに諦めることだけはあり得ない。レックスとは関係なく、私自身の誇りとして。
逃げもしよう。負けたって構わない。だが、自分を諦めてしまえば終わりだ。かつて皇帝を目指していた時のように、どこまでも自分を高めるだけ。
レックスと出会って、私は変わった。それでも、根っこの部分は変わっていない。剣技に人生を捧げて、力で現実を変えようとしてきた私であることは。
ならば、私のすることは単純だ。これからも、剣技を追求し続けるだけ。女神が何をしてこようとも切り裂けるように。
乗り越えるべき壁が、ひとつふたつ増えたというだけ。もともと、私の、種族の限界を超えなければたどり着けない領域だった。同じように、貫き通すだけだ。
「魔法を切り裂く剣は、形になっている。もっと研ぎ澄ませるだけだ」
より素早く、より強く、より精密に。もはや、根本的な改造が必要な段階は過ぎている。私は、ただ練度を高め続けるだけでいい。
身体能力の都合で、限界が訪れるかもしれないが。その時は、どうするか。私に侵食しているレックスの魔力を使うのも、一つの手かもしれない。
魔法としての運用ができるほど、魔力操作の才はないはず。あったところで、自力で魔力を生み出すこともできない。だからこそ、割り切りができるということ。
おそらくは、身体強化か、それに近い何かになるだろう。単純なことしかできない。それで良い。
「私は、どこまでも強くなるしかない。まったく、仕方ないな」
レックスに、私より強くなってもらいたかったのだがな。いや、魔法を含めれば負けるのは私だが。剣だけでも、私を超えて欲しいと思っている。今でも同じ気持ちであることは、間違いない。
ただ、その欲望を優先して私やレックスが死ねば、何も残りはしない。必然的に、当面は諦めることになる。
「レックスの未来を切り開けなくては、本末転倒だからな」
私の欲望すら、叶わなくなってしまう。そんな未来を避けるためにも、今のレックスを突き放すくらいの剣技を身に着けたいものだ。
とはいえ、もう新しい剣技を生み出すことを目標とはしていない。正確には、応用はするだろうが。
目指すべき道は、もう見えている。迷いなく、ただまっすぐに歩くことができる。私の剣技は、どこまでも純粋な訓練の果てにあるだろう。
「さて、基本的には神速を原型として良いだろう」
威力も速度も、悪くない。最低限、私の要求を満たしている剣技だからな。レックスの魔法を切り裂いた時のように、魔力の隙間をくぐり抜けるだけ。
精度を高めていくことが、今後の課題だ。思考すら捨て去っても、迷いなく魔法が切り裂けるように。ただの通常攻撃として落とし込んで、あらゆる技が魔法を切り裂くことを目指そう。
そう、かつて音無しを当たり前に使える一撃にしたように。今度は、神速で同じ領域にまでたどり着くだけ。
「レックスにも覚えてもらわないと、今後に差し障る」
ミレアルに通じる剣技かは、まだ分からない。それでも、手札が増えるだけでも意味はある。レックスが強くなることで、未来への道はつながるはずだ。
それに、私より強くなってもらう必要もある。これが、一挙両得というものだろう。
「困ったものだ。純粋にレックスの剣を染め上げることは、遠ざかっているのだから」
今の段階でカミラの色を消すことになれば、おそらくまずい。ミレアルに通じるかもしれない手段が、減るということなのだから。
カミラの編み出した剣技は、確かに優秀だ。私には使えないが、だからこそ。魔法使いの剣技として、ひとつの頂点とも言える。
敵が強大だと分かっていながら、レックスの道を阻む。師としては、できない。ならば、私はもっと強くなって、レックスに有用な剣技を示さなければならない。大変なことだ。
「だが、悪くない。私が強くなることも、レックスが強くなることも」
女神に通じる技を生み出したならば、レックスの師として恥じるべきところはない。いずれ抜かされるとしても、誰もが認めることになる。
私の剣技は、歴史に残るだろうな。良い意味か悪い意味かは知らないが。
「レックスに組み伏せてもらうどころか、勝てるくらいを目指すべきになってしまった」
ただの剣士として生きていたら、目指すことすらしなかった領域だろうな。今の私は、レックスと出会う前の私より遥かに強い。だが、まだまだ先に進まなくては。
そうでなくては、女神を打ち破ることなど、夢のまた夢。我ながら、大変な道を進むことになった。
「私はレックスの師だからな。しばらくは、尊敬を味わっておこう」
最高の剣技を生み出した師として尊敬されるのも、悪くはない。レックスは、純粋な目で私を慕うはずだ。
信頼されることの価値など、傭兵の頃は理解できなかったな。金で買えないことは分かっていたし、信用が財産だと知ってもいたが。あくまで他人にとっての価値で、私にとってでは無かった。
胸が暖かくなる感覚は、レックスと出会わなければ知らなかっただろう。だからこそ、返すべき局面だと言える。
「ミレアルを打ち破る剣技ともなれば、大きな価値がある」
少なくとも、完成した剣技だと胸を張って言える。もし勝てたのなら、だが。私以上の剣技を生み出す人間など、それこそレックスだけになる。
私は、剣ひとつであらゆる道を切り開く存在になる。そうなれば、個人の剣技としては十分を超えているな。
「その剣技を、レックスが身に着ける。素晴らしいことじゃないか」
私の、最高の弟子。誰よりも成長が嬉しい存在。だからこそ、すべてを託す価値がある。
「私の人生すべてを、レックスが手に入れることになる。良いな……」
全身の毛が逆立つような感覚があった。甘いしびれで、震えてしまいそうにもなる。だが、まだだ。私は、妄想だけで満足していてはダメなのだから。
「まずは、ミレアルを倒せる領域にたどり着くことだ」
どんな未来が待っているにしても、意味はある。たとえミレアルが敵にならないとしても、私とレックスの道を切り開く剣技になってくれる。
そして、もう手の届く距離にあるんだ。待ち遠しいものだ。
「その先に、私を組み伏せるレックスが待っている」
私の剣技をすべて極めて、圧倒的な力で私を押し倒す瞬間。きっと、誰にも見せられないような顔をするだろう。レックスには、見せてしまうのだろう。
「尊敬ごと、感覚が反転するのかもしれないな……」
そして、レックスは欲望をぶつけてくるはずだ。
私の望む未来のためにも、しっかりと研鑽をしないとな。
なあ、レックス?




