564話 見えてきた影
今回もまた、帝国に攻め込むことになる。いよいよ本丸の帝都が近づいている。まずは近場にある砦を奪取あるいは破壊して、俺が皇帝と1対1の戦いをできるようにすることが理想らしい。
帝都に全員で転移するという手もあるだろうが、たぶん手柄が偏りすぎるみたいな問題なんだろうな。俺と俺の仲間ばかりが戦果を上げているので、他の派閥にもうまい汁を吸わせなければならないみたいな。
正直に言って、戦いに余計なことなど入りこませたくはない。だが、それで困るのは王女姉妹であり、最終的には俺もだ。だから、必要なことなのだと納得はしている。
今回は、フィリスとエリナが仲間。いよいよ、エースが出てきたという感じだ。まあ、まず負けないだろう。それでも、防御魔法がいつでも使えるように準備はしておくが。
「フィリスもエリナも、調子が良さそうだな。期待しても良いのか?」
ふたりとも、落ち着いているように見える。それでいて、気力は充実しているようにも。どちらも歴戦の戦士だけあって、風格があるな。
フィリスは無表情のまま頷いて、エリナは堂々と頷いていた。やはり、強そうだ。
「……当然。私が賢者と呼ばれる理由を、証明してみせる」
「私の剣技は、更に進化したぞ。レックスにも、見せたいものだ」
感情の乱れが、ほとんど見当たらない。泰然自若という感じだな。こういう人が仲間にいるならば、頼りになって仕方ないだろう。
もし俺が今より弱ければ、依存までしていたかもしれない。あるいは、極端な信頼を抱くとか。
フィリスもエリナも、伝説的な存在だからな。同じ戦場で戦えるだけで、士気は間違いなく上がる。本当に、良い仲間だ。
「ふたりは、安心して見ていられるな。どんな強い敵でも倒せそうだ」
「……否定。けど、期待は嬉しい。しっかりと、見ていて」
「私とて、まだまだ強者とは言い切れない。日々研鑽だな」
フィリスもエリナも、まるで油断なんてしていない。まだまだ強さに先があるのだと疑っていない。特にフィリスなんて、ずっと最強の魔法使いと言われていたくらいだろうに。
エリナも、今は魔法使いなんて軽く倒せるくらいの強さになっている。どちらも、うぬぼれてもおかしくないのにな。だが、今でも慢心とは無縁みたいだ。
強さや知識だけでなく、人間的にも信頼できる。どれほど尊敬させれば気が済むのだろうか。
「そういうお前たちを見ていると、俺ももっと努力できる。ありがたいことだ」
「……感心。レックスほどの才能を持っていて、同じ努力ができたかは怪しい」
「そうだな。私は、反骨心から強くなったようなものだ」
俺のことを、どこまでも認めてくれる。ふたりといると、自分に自信が持てるのがよく分かるな。このふたりに認められたのが俺なんだと、自慢したくなるくらいだ。
というか、誰にでも自慢できる師匠だろうな。フィリスに魔法を、エリナに剣技を教わるなんてこと、誰もが夢見ることのはずだ。贅沢なんてレベルじゃない。
ブラック家のツテには、とても助けられた。だからこそ、ブラック家を立派にして返さないとな。それが、俺の役割だ。
「最高の師匠に出会えた幸運に、感謝しないとな。今回も、勉強させてもらうよ」
「……了解。では、行く」
「ああ。俺に任せてくれ」
ふたりは準備できたみたいなので、転移していく。さっそく、フィリスが動き出した。敵に向けて、魔法を放つ動きをしている。
「……初手。耐えられるものなら、耐えて。五曜剣」
「では、私も行くとするか。神速!」
フィリスが魔力の刃を放ち、一直線上にいる敵を切り裂いていく。そして、収束した五属性の魔力が解放されて爆発を引き起こす。ほとんどの敵が巻き込まれていった。
かろうじて逃げ出せた敵も、エリナが目にも止まらぬ速度で切り裂いていく。魔法で防御していても、何の関係もなかった。紙切れを切るよりもあっさりと、両断されていく。
それでも、生きたまま二人の攻撃を耐えた敵がいるみたいだ。フィリスは、目を見開いていた。
「……驚嘆。生き残りがいる。でも、これで終わり。無謬剣」
魔力と合一したフィリスが刃となって飛んでいき、あっさりと切り裂いて終わった。魔力の結合を阻害する作用が、うまく働いていたのだろう。
やはり、フィリスは強い。エリナももちろん強いが、比べても別格に思える。ただ強い程度の敵では、相手にならないようだ。
「さすがに、あっけないものだな。いくらなんでも、フィリスに勝てるほどじゃなかったか」
「……同意。レックスと出会う前の私でも、問題なく勝てた。ただ……」
「私から見ても、フィリスは手を抜いていなかった。それを耐えたことだな」
フィリスが全力で撃った一撃に、耐える。ただの五属性には、まずできないことだ。
どう考えても、異常な戦力を持っている。そもそも、五属性が何人も敵として出てくる時点で間違っている。
「やはり、帝国の戦力はどこかおかしい。困ったものだ」
「……懸念。何らかの裏が、あるのかもしれない。人ではない、何かの」
「邪神の眷属ならば、闇魔法が撃たれるはず。精霊か何かでもいたか?」
「……不明。精霊の実在は、証明されていない。けれど……」
精霊という存在は、原作でも見当たらなかった。だから存在しないとは言い切れないくらいに、原作からズレているが。
ただ、新しい種族が無から生まれてくることはないだろう。そういう意味では、可能性はゼロに限りなく近い。
とはいえ、異常な現象が起きているのは事実。何かは、あるはずだ。
「精霊でもないと、説明がつかないと。俺たちの敵は、何なんだろうな」
「私では、判別できないな。お手上げとしか言えない」
「……同意。私でも、判別できない。あるいは……」
フィリスは、どこか目をさまよわせながら黙り込んだ。相当、重い事実があるのかもしれない。そんな気がした。
言いたくないのなら、言わなくて良い。そう言いたいが、厳しくもある。現実に、みんなの命がかかっているのだから。
とにかく今は、フィリスの気持ちを探っていこう。そこからだ。
「口にすることを、ためらうほどのことか? 俺には、言えないか?」
「待て、レックス。想像通りだと、かなりの大ごとになるぞ」
「……肯定。帝国だけが敵では、収まらないのかもしれない」
かなり重大なことのようだ。エリナは想像がついているらしい。この世界では、大きな事実になるなにか。思いつかない。
何か裏ボスとかに居ただろうか。あんまり、それらしいものは浮かばないが。
「今は、誰もいない。聞かせてくれないか?」
「……了解。つまり、女神ミレアル。それが、最も可能性の高い敵」
ちょっと、言葉を出すことを避けるような感じだった。まあ、理屈としては納得できる。神が現実に存在する世界の、実質的な唯一神。それが敵である可能性があると思えば、迷いもするだろう。
フィリスだって、信仰心を持っているのかもしれない。それと俺との関係で、悩んでいるのかもしれない。
「フィリスが言うのなら、信じるしかないか……。だが、そうなると……」
「教国も、敵になりかねないな。私としては、避けたいところだ」
「……同意。後ろを付かれれば、面倒。ただ、可能性の話」
「ミーアたちには、一応伝えておくか。それからは……」
「結局は、皇帝を倒さなければ。私も、備えておこう」
どの道、皇帝は敵になるだろうからな。俺も、しっかりと準備をしておかなくては。




