563話 ハンナの才能
わたくしめは、並大抵の五属性であれば破れる程度の実力を手に入れたと言えるでしょう。今回の敵も、さほどの脅威とは感じませんでしたから。
ただ、ルース殿には勝てない。魔力との合一を、すでに実現できているのです。わたくしめは、まだ取っ掛かりすらつかめていない技。
ですから、わたくしめの強さを信じるということはできません。レックス殿に追いつくなど、夢のまた夢となるでしょう。
ルース殿が戦いやすいように動く。わたくしめは、それを目標としていました。十分かは怪しいですが、最低限は実現できたと思いたいですね。
「わたくしめの方針は、おそらくは間違っていないでしょう」
レックス殿と並ぶ強さを目指すことは、諦める。的確に支えることができる人材になる。わたくしめは、そう決めました。
ルース殿との間に生まれた差を見る限り、正しかった。わたくしめが決断した頃には、もう魔力との合一を使えるようになっていた可能性が高いですから。
同じような努力をしても、きっと勝てない。そうと分かっていて、同じ道を進めはしません。
そんなルース殿ですら、自らの才能に悩んでいる。わたくしめは、足りないどころではなかったのでしょう。
「ルース殿を支えるという過程も、悪くなかったはずです」
まだ、ルース殿の討ち漏らしを片付けるという程度ではありましたが。もっともっと先を目指せる程度の練度ではあるでしょう。ただし、初回で完璧などありえません。安全に失敗の経験を積めたことを、幸運だと思いましょう。
ひとまず、今後の課題は見えました。個人の動きに合わせるということですね。味方にとって動きやすく、敵にとって動きづらい。そんな状況を作るのが、わたくしめの役割。
敵に関しては、一般的な策でどうにかするしかないでしょう。味方に関しては、より理解を深めるというのが大事ですね。
いずれにせよ、手札を増やしたことは正解でした。大きな範囲を潰す技と、一撃の威力を追求した技。このふたつがあるだけで、とても支えやすいですから。
「わたくしめ個人でも勝てたでしょうが、それに意味はありませんから」
レックス殿が軽く蹴散らせるような敵に勝てて、何になるというのでしょう。わたくしめは、その程度で満足していられないのです。
本当に必要なものは、確かにレックス殿を支えられるだけの手管。個人の強さなど捨ててしまえば良いのです。五属性に勝てるのならば、近衛騎士としての面目は十分でしょう。むしろ、かつてを思えば上澄みですらあります。
ただし、それが必要十分な強さであることを意味しません。わたくしめは、ハッキリ言って弱いでしょう。周囲の仲間たちのことを思えば。
であるならば、強さを誇りにすることに、意味も価値もないのです。いりませんよね。
「レックス殿と同格になるためには、中途半端な強さでは足りないのです」
わたくしめには、その中途半端な強さしかない。その状況で、ただ強さを求めても仕方ないのです。レックス殿どころか、誰からも置いていかれて終わりでしょう。
分かっていて突き進むほど、がむしゃらになれません。目をつぶって駆け出すことなど、できないのです。
人格としても、向いてはいないのでしょうね。カミラ殿のように、新たな道を切り開くことは。
「わたくしめの才能は、明確に劣る。人に言えば、甘えだと返されるのでしょうが」
仮にも四属性。わたくしめは、一般的には天才。雲の上の存在だと、諦められる側なのです。
ただし、今のわたくしめの周囲には、わたくしめでは手の届かないほどの才能の持ち主ばかり。自分の才能に自信など、持てるはずがありません。
実際、足りていないでしょうからね。魔力との合一にも、その先の何かを見つけることにも。
「自分の才能に向き合えないようなら、成長もできませんよね」
足りていないことを認める。そこから、わたくしめの道が始まるのです。現実逃避するでもなく、うぬぼれるでもない。自分にできることを、できる形で実行する。単純で、当たり前のこと。
レックス殿ほど強くなることは、絶対にできません。言い訳をしているのではなく、ただの現実として。
そして、カミラ殿のように才能の壁を超え続けることもできません。できるのなら、とっくに何かが形になっているでしょう。
わたくしめの努力が足りないかと言われれば、完全に否定はできませんが。ただ、そもそも努力できる身体と精神を持っているかも怪しいのです。現に、今できていないのですから。
ならば、割り切るしかない。わたくしめには、壁を超えることはできないと。限界を超えることはできないと。
「ですが、わたくしめには機会がある。弱いからこそ、身にならない選択肢を捨てられるのです」
強くなることを捨てることは、活躍することを捨てることではありません。わたくしめの選んだ道は、成功さえすれば確かに活躍できる道なのです。
もちろん、未知ではあります。確実な保証など、どこにもありません。ただ、そもそも努力というのは結果を保証されないもの。だから、構わないのです。
少なくとも、わたくしめは自分の選んだ道を誇ることができる。胸を張って、まっすぐに進めるのです。
「悪くありません。半端な才能にこだわるよりも、よほど良い」
他の人と同じことをしていては、同じ成果までが限界です。才能で劣っているのならば、もっと低いでしょう。分かっていて、こだわる理由はありません。
わたくしめは、凡庸なのです。その状況で、できることを探した。結果として、違う道を選んだ。それだけのこと。
「自分の弱さを認めてから、わたくしめは道を見つけられた。数奇なものですね」
誰かを支えることに適正のある戦闘要員は、少ないです。レックス様の周りには、ほとんどいません。ですから、わたくしめは勝てる。
自信を持って、言えること。わたくしめだけが、選べる道だということなのです。
「ですが、まだまだ。強さそのものを求めずとも、修練は必要なのですから」
誰かに合わせるということは、単純な強さとは別の技術です。わたくしめの周囲は、誰もが個人で強い。だからこそ、連携の技術は磨かれてこなかった。
わたくしめの仲間たちは、連携に関しては素人同然なのです。そのままで、勝ち続けてきた。
だからこそ、わたくしめの役割が生きる。適度に強く、しっかりと仲間たちを知っていることで。
「近衛騎士という立場は、恵まれていますね」
わたくしめにとって必要な能力は、間違いなく伸ばせる環境でしょう。ですから、ちょうど良い。
かつては、近衛騎士となったことを恨みました。今は、感謝していますね。仲間たちは、素晴らしい存在なのです。
「カミラ殿とエリナ殿。質の違う強さを支えられるのですから」
魔力との合一に至った、異端の魔法使い。そして、剣技だけで魔法を超える、圧倒的な剣士。そのどちらも、個人として突出している。いい環境です。
間違いなく、わたくしめは成長できる。これまでよりも、ずっと早く。
「両殿下とも、訓練であれ共闘できる機会が欲しいですね……」
カミラ殿やエリナ殿とは、強さの質が違いますからね。あらゆる味方を支えられる存在を目指すのなら、避けられない相手です。
両殿下としても、戦う訓練は必要でしょうから。いい関係になれるはずです。
「わたくしめと同じ道を選ぶ方は、少なくとも今はいない」
戦闘とは関係のない道でレックス殿を支えることを選んだ方は、居る。個人として強さを追求している方も、居る。
わたくしめは、そのどちらでもない。だからこそ、良いのです。
「つまり、私は抜きん出られるのです。ひとつの道で」
レックス殿が、わたくしめと一緒なら戦いやすいと感じる。そうなってしまえば、勝ち。おそらく、達成できるでしょう。
ならば、突き進むまで。他の誰かが同じ道を選ぼうとも、追い抜けないほどに。
「才能が中途半端だからこそ、選べた道。感謝いたしましょう」
ある意味では、わたくしめは幸運でしたね。いい挫折を選べたと言えるでしょう。本当に折れるわけではなく、だからといって当初の望みが叶ったわけでもなく。
ですが、その中途半端さこそが、わたくしめだけが持つものなのです。
「わたくしめは、まだまだ立ち止まりませんとも」
きっと、レックス殿の特別になれる。隣に立てるのです。
楽しみですね、レックス殿。




