558話 気にかかること
前回に引き続き、俺たちは帝国に対抗していく。今度のターゲットは、国境沿いにある砦。攻め落とすなり破壊するなりして、敵の拠点を潰すことが目的だ。
今回の仕事が終われば、ひとまず王国に攻め入ることは難しくなるだろう。不可能ではないにしろ、大きな手間になるはずだ。
その隙をついて、今後は皇帝を討つことを目指す。まあ、まだ気が早い。とにかく、今回の戦いに勝ってからだ。
今回は、ジュリアとラナと共に向かう。ふたりとも、落ち着いた表情をしているな。
さて、最後の確認だ。毎回になるだろうが、これも大事なこと。
「ジュリア、ラナ、準備はいいか?」
「もちろんだよ、レックス様。しっかり、お役に立たないといけないからね」
「あたしもですね。恩返しには、まだまだ足りませんから」
ジュリアは明るい笑顔で、ラナは穏やかな笑顔で頷いている。ひとまず、調子は良さそうだ。
俺としては、あまり恩返しに縛られてほしくはないのだが。特に、戦いに挑むような状況では。覚悟に水を差すかもしれないが、それでも言うだけ言っておくか。
「余計なことかもしれないが……。恩返しのために、命をかける必要はないんだぞ?」
「僕たちが戦わないなら、レックス様が代わりにやるだけでしょ? それが、嫌なだけだよ」
「それに、あたしたちは覚悟を決めています。レックス様のために、どこまでもすると」
どちらからも、強い目を向けられる。本気なのだと、言葉よりも雄弁に伝えてきた。だったら、これ以上止めても無駄か。
戦いの前に問答なんてしても、疲れるだけ。口喧嘩にならない範囲で、しっかりと抑えておかないとな。俺の気持ちを押し付けて危険が増えるのが、一番悪いのだから。
とりあえず、俺も頷いていく。もう反論なんてしないと、ハッキリと意思を込めて。
「分かった。なら、できる限り守り抜いてみせる。それが、お互いにとって良い中間点だろう」
「そうかもね。僕たちが傷ついちゃったら、レックス様だって悲しんじゃうし」
「ちゃんと、自分の身も大切にしますよ。レックス様と会えなければ、意味はないんですから」
ちゃんと、俺の気持ちは伝わっているみたいだ。そう。みんなが無事で居てくれるのなら、俺は幸せで居られる。どんな試練が待ち受けていようとも。
だったら、まずは勝たないとな。やはり、脅威を打ち破らないことには平和は訪れないのだから。
「分かってくれているのなら、良いんだ。じゃあ、行こうか」
そうして転移をしていくと、いきなり魔法が飛んできた。みんなに防御魔法を貼ると、ジュリアが魔力をぶつけていく。
とりあえず、初撃には対処できた。俺が出るまでもなかったみたいだ。まあ、みんなが問題なく勝てるのだとしても、俺はさっきと同じ行動をするだろうが。
ラナは敵を見て、呆れたような笑顔をしていた。
「さっそく、手荒い歓迎が来ましたね。予想でもしていたのでしょうか」
「なっ……。五属性の一撃だぞ!?」
敵から、動揺した声が届く。見る感じ、先頭に近い兵からだ。敵将は五属性だったのかもしれない。
ただ、まだ追撃は飛んでこない。敵には動揺が広がっているみたいだな。さて、どうするか。今回は、二人に任せても大丈夫だろうか。
今のところは、大きな問題は無いように見えるが。過保護すぎても、成長の機会を奪う。ギリギリまでは、任せておこう。
「僕がいなくても、ラナ様なら防げたんじゃない?」
「ジュリアさんが動くのが見えましたから。邪魔するのが、一番良くないですよ」
ふたりは、気軽に笑い合っている。とはいえ、敵からも目を離していない。油断していないのなら、悪くない会話だ。緊張感も抜けるし。
敵はまだ動かないみたいだ。よほど動揺しているのだろうか。ひとまず、警戒しておくか。
「それもそっか。じゃあ、どうする? 適当に、片付ける?」
「せっかくですから、うまく合わせましょう。行きますよ、水の槍!」
「じゃあ、僕はちょっと強いのを! 収束剣!」
ラナが水の槍を敵に向けて雨あられと降らせ、一気に敵を始末していく。いくらか防いだ敵も居たので、その残りをジュリアが魔力の刃で防御ごと切り裂いていた。
かなり良い感じに連携が取れているように見える。ラナとジュリアの魔法の性質を、お互いに活かし合っている感じだな。
「あっ、が……」
「ぐ、は……」
「良い感じに削れたみたいだね。そろそろ、敵将を狙ってみる?」
ジュリアは冗談めかした様子で問いかける。その間に、次の魔法が飛んできた。あっさりと、ジュリアに防がれる。
何もしてこなかったのは、チャージに時間をかけていたからなのかもしれない。なら、もう終わったようなものだ。
「では、あたしから。水流乱舞!」
ラナが変化した水が、一気に敵の砦ごと飲み込んでいく。そのまま、全部溶かされていった。
敵はろくな抵抗もできないまま、あっさりと死んでいった。まあ、初見で対処するのは難しい技だと思うが。水が勢いよく飛んできて、触れた時点でアウトなのだし。
ジュリアは腰に手を当てながら、ちょっとため息をついていた。
「あー、僕の出番はなさそうだね。やっぱり、便利みたいだ。魔力との合一は」
「ジュリアさんの魔法だと、難しいのでしょうか。よく分かりません」
魔力との合一は、確か属性が多いと難しかったはず。無属性にも、似たような影響があるのだろうか。仮説なら、まあ思いつきはする。
実際のところ、サンプルが少なすぎてなんとも言えない。原作でも出てこなかった技だからな。俺としては、分からないことが多すぎる。
それに、あんまり無理もしてほしくないんだよな。合一は、失敗したら元に戻れなくなる危険もある技なのだし。
「どうなんだろうな。闇魔法なら、一応できたが」
「ミーア様が使っているのも、まだ見ないよね。魔力の性質なのかな?」
確かに、二人の共通点は属性だ。なら、分かるかもしれない。実際のところ、魔力と強く結ばれる必要があるからな。
マリンの話を聞いていても、似たようなことを言われたはず。理屈は通った感じがある。
「あり得る話だな。無属性も光属性も、やや反発しやすかったはずだ」
「だから、魔力と自分が溶け合うのは難しいと。特殊な才能も、良し悪しなんですね」
「まあ、僕の訓練が足りない可能性もあるけれど。どっちだろうね」
訓練が足りないとは、少なくとも俺からは言えないな。上から目線だということもあるし、ジュリアに言うと深刻に受け止められかねない。
万が一、自分を追い込みすぎるような努力をされたら。俺は自分を殴っても足りないだろう。
「マリンに聞くのが、早い気もするな。今後の課題としておこう」
「目の前の戦いの方が、あたしたちにとっては大事ですからね」
「また、五属性が現れていたな。こうも見るとなると……」
「帝国に才能が集まるというだけでは、説明が難しいかもしれませんね」
ラナの言葉は、本当に気にかかる。王国では、今までフィリスとリーナしか見ていない。それが、こうも簡単に現れるものか?
原作でも、五属性が多く現れるほどのインフレはしていなかった。一体、何があるというのだろうか。
「大丈夫。僕たちは負けないよ。安心して、レックス様」
ジュリアは穏やかな笑顔を見せてくれるが、俺の心はどこかざわついていた。




