557話 フェリシアの情
わたくしは、帝国との戦いで先陣を切ることになりました。結果は、容易い勝利でしたわね。あの程度の敵ならば、どれほど居たところで勝てるでしょう。わたくし個人ならいざ知らず、レックスさんとその仲間ならば。
本来のわたくし達ならば、苦戦していたのでしょう。それどころか、あっけなく負けていたのかもしれません。
ですが、わたくし達にはレックスさんが居た。それに並ぶ強さを手に入れようと、誰もが努力を重ねていたのです。
わたくし達の想いを考えれば、当然のことではありますが。レックスさんは空を飛んでいる。地を這うわたくし達は、死に物狂いで羽ばたくしか無いのです。作り物の羽と知っていて、それでも。
成果は、出たと言えるかもしれません。まるで無いのかもしれません。結果は、レックスさんだけが知っているでしょう。
「五属性を打ち破ること。かつてのわたくしが、目標としていたこと」
わたくしの強さを、証明したのでしょうか。客観的な話をすれば、確かに強くなったと言えるのでしょう。
ただ、わたくしの周囲はもっと強くなっているという事実を抜きにすれば。
カミラさんは、わたくしより先に道を見出しました。ラナさんは、わたくしの遥か後ろから追いすがってきました。対するわたくしに、どれほどのことができたでしょう。
所詮は、魔力との合一は後追いに過ぎないのです。分かっていて、満足できるはずもない。
「達成した今となっては、虚しいばかりですわね……」
余計に、今のわたくしの立場を思い知るばかり。ただの弱者と比べて圧倒的に強い。それだけのことに、何の意味があるというのでしょう。
わたくしは、弱いものいじめになど興味ありません。そんな事をしたところで、何一つとして得ることはできないのですから。
客観的に見て強者であろうとも、それがわたくしの価値を証明するわけではないのです。
「結局のところ、わたくしの願いには一歩たりとも近づいていないのですから」
わたくしは、誰に勝てるというのでしょう。カミラさんにも、ラナさんにも、他の女たちにも。明確な優位を持てる相手など、戦闘が苦手な者ばかり。
そして、戦闘以外の分野ではしっかりと活躍している者でもあるのです。学者より腕っぷしが強いことを自慢するなど、愚かなんて言葉ですら足りません。
わたくしの力は、戦闘要員としては中くらいというのが現状。否定できない事実なのです。
「レックスさんのパートナーにふさわしい力と、言えまして?」
わたくしは、弱い。少なくとも、求める領域からすれば、遥かに。
ですが、歯を食いしばったところで、拳を握りしめたところで、何も変わりはしないのです。いくら悔しがったところで、それで結果はついてこないのですから。
「答えなど、問うまでもないこと。わたくしは、まだ……」
レックスさんの、足元にも及ばない。支えるには、遠く足りない。わたくしが一人を殺す間に、レックスさんは百人を殺せるでしょう。
ですが、今は明確に壁が見えています。魔力との合一の、その先。わたくしには、見つけられていないのです。
おそらく、わたくしには強さの道を切り開く力は足りないのでしょう。認めるしかない事実。
「やはり、ただ強さを求めるだけでは足りませんわね……」
わたくしには、才能がない。分かっていたことではありましたが、受け入れる必要があるでしょう。強くなる道は、捨ててはいけませんけれど。
貴族の当主となれば、別の道を見出だせるかと考えていました。ですが、それも他と並んだという程度。わたくしだけが持つ強みなど、どこにもありはしないのです。
でしたら、見つけ出さねばなりません。ただ諦めていては、何も手に入らないのですから。
わたくしの望みは、レックスさんのパートナーとなること。そのために必要なものは、自明でしたわ。
「レックスさんの願いは、皆さんと平和な日常を過ごすこと」
そう。レックスさんに向き合うことが大事なのです。彼の望みを、どうやって叶えるか。そう考えていけば、抜きん出られるはず。
誰もが、自分の欲を叶えようとする。レックスさんを想っているのが、事実だとしても。気づかいが、確かにあるのだとしても。
その結果として、レックスさんの周囲には陰謀が渦巻くのです。彼の意志を、置き去りにして。
「ならば、わたくしの果たすべき役割は……」
鞘当てをしている場合では、無いのかもしれません。レックスさんは、何度もわたくしを止めようとした。それはつまり、わたくしに警戒しているということ。
女同士の争いなど、レックスさんは望まない。分かりきっていることでしょうに。
けれど、それを止めるのならば、閉ざされる道も生まれるでしょう。現実の課題として。
「諦めなければ、ならないのでしょうか。レックスさんの、正妻になることを」
レックスさんの正妻になるには、周囲を蹴落とすことは必須と言って良い。その状況で、わたくしが本気で正妻を狙えば。おそらくは、他の女と同じことになるでしょう。
だからこそ、レックスさんの本当の望みを叶える必要があるのです。わたくしが、正しく抜きん出るためには。
ですが、捨てなければならないこともある。諦めるべき何かが、つきまとうのです。
「わたくしが本当に選ぶ道は、どちら……?」
二者択一の、片方。正妻の道を失うか、レックスさんの信頼を失うか。わたくしは、失う道しか選べない。
どちらも手に入れる道は、きっとない。少なくとも、今の段階では。
「くっ、引き返せる段階は、とっくに過ぎていますわね……」
なら、捨てましょう。わたくしの、欲しかったものを。せめて、本当に欲しいものを手に入れるために。
わたくしの選ぶ道は、正しいはず。そうでなくては、ならないのです。間違いなく、大きなものを失うのですから。
「それでも、せめてレックスさんの心だけは。奪わせて、なるものですか」
わたくしは、レックスさんのパートナーになるのです。彼の心が選ぶ存在になるのです。他に、道はないのですから。
なら、やり遂げるだけ。中途半端は、すべてを失うだけなのですから。わたくしは、ただレックスさんの心だけを追いかけ続けましょう。
「都合の良い女だろうと、演じてみせましょう。心を、奪えるというのなら」
レックスさんが心地良いと感じる時間を、わたくしが作るのです。それこそが、心を手に入れる道。
きっと、誰も選ばない道でしょう。見ていれば、分かります。ならば、もう迷いません。どんな壁も、壊し続けるだけです。
「わたくしを一番だと思わせるには、策が必要なのです」
レックスさんの望みは、皆で過ごす平和な時間。それを生み出せる存在になったのならば、確かな意味がある。
そして、できる道筋はあるのです。か細く長い道だとしても。ならば、進み続けるのみ。足に力を入れて、ただまっすぐに。
「レックスさんの周囲にはべる女を、取りまとめる。誰かが、こなすべきこと」
レックスさんにとって快適な空間を、わたくしが作る。誰と誰が相性がいいかを考えて。どんな話題ならば反目し合わないかを考えて。
とても、繊細な作業です。何度も、失敗するでしょう。だとしても、価値はある。
「ええ。わたくし以外は、実行しようともしないでしょう」
面倒な上に、自分を抑える必要があるのですから。レックスさんを必要とすればするほど、難しいでしょう。
それでも、やり遂げる。価値を生み出す道は、難しいものです。
「だからこそ、わたくしは先手を打てるのです。一歩先に進めるのです」
レックスさんの信頼という、本当の実を手に入れましょう。それさえあれば、どんな立場だろうとも構わない。妻ですら無いとしても。
わたくしは、もう決めたのですから。
「レックスさん。あなたの心は、わたくしのものですわよ」
それだけは、絶対なのです。いずれ、わたくしにあなたの顔を見せてくださいな。わたくしだけに、見せる顔を。
わたくしは、情の深い女ですのよ?




