556話 カミラの未来
あたしは、バカ弟とフェリシアと一緒に、帝国の敵と戦ったわ。まあ、結果はあっけないものだったけれど。
そこそこ強い敵もいたみたいだけど、あたしの敵ではなかったもの。むしろ、退屈だったくらいよ。
もっと戦っても良いのだけれど、バカ弟にもミーアたちにも計画というものがある。そう簡単に、崩せないわよね。
だからあたしは、自室で休んでいたわ。最低限、疲れを抜けるように。いざという時に、すぐにでも動けるように。
帝国に勝ちさえすれば、もう日常に戻ることはできるのだけれど。まだ、気が早いわよね。
「あたし、そういえば五属性に勝ったのよね……」
あんまり、達成感もなかった。感動もしなければ、喜びも湧き上がってこない。ただ退屈だった記憶が残るだけ。
結局のところ、バカ弟の足元にも及ばない存在。それを殺せたところで、だからどうという話よね。
あたしは、いつもと変わらない。笑顔もなければ、悲しみもない。ただ当たり前に過ぎた日々の、なんてことのない光景。きっと、思い出にも残らないもの。
「思っていた以上に、どうでも良くなっていたわね」
鼻を鳴らすほどの価値もない。ただ殺した敵が一人増えただけ。それ以上でも以下でもないもの。
目を見張るほどの強敵でもない。学ぶべき技術もない。乗り越えるべき壁とは、とても言えなかった。かつてのあたしは、属性の壁を超えることを望んでいたけれど。終わってみれば、つまらないだけ。
あたしが本当に欲しいものには、少しも近づけやしない。それが分かるからこそ、意識を向けるだけ無駄ってものよね。
「あの程度の敵に勝ったところで、バカ弟に近づくわけじゃないもの」
バカ弟に勝って、あたしが泣かせる。その先に、抱きしめてあげること。どこまでも可愛い姿を、見せてもらえるはずよ。
きっと、あたしに甘えるバカ弟は見ものよね。強がりも言えないくらいに、追い詰めたいものよ。
だからこそ、五属性使いがどうとか、くだらない話でしかないわ。あたしの見るべきものじゃない。考えるべきものじゃないのよ。
「それよりも、あたしの実力よね。まだまだ、足りないわ」
バカ弟は、この前の王都襲撃からまた強くなった。あたしは、勝たなきゃいけないんだから。
今のあたしじゃ、今のバカ弟には勝てない。魔力の量も質も、見るからに上がっている。そんな相手に、簡単に勝てるはずもない。
そもそも、あたしは停滞している。まだ、自分を誇るには早すぎるのよ。
「フェリシアですら、突き放せない。追いすがられているんだもの」
あたしと同じ、ただの一属性。だからこそ、徹底的に差をつけるべき相手。同じ努力なんて生ぬるいことは、許されないわ。
だけど、現実は立ちはだかってくる。あたしは、空き時間のほとんどを訓練に費やしている。それでも、足りない。何がダメ? 質? 方向性?
間違いなく、あたしは大きな壁を超えた。けれど、超えるべき壁はまだまだ積み重なっているのよ。
「あたしが編み出した技ですら、まだ足りない。どこまで進めば……」
歯の奥で音が聞こえて、食いしばっていたことに気付いたわ。すぐに首を振って、気を取り直した。
どれだけ遠くても、関係ない。あたしは、突き進むって決めたのよ。そうでしょう。バカ弟は、空前絶後の才能を持っている。初めから、問いかけるまでもないことだったのだもの。
そう。バカ弟は空よりも遠い。あるいは、星よりも。ただ手を伸ばすだけじゃ、絶対に届かないくらいに。
「いや、ダメね。弱気に浸っている暇は、あたしには無いわ」
あたしには、立ち止まっている余裕なんてない。一生走り続けるだけの覚悟が必要だなんて、言うまでもない話なのよ。
たかが一属性が、最強の魔法使いを超える。誰もが語るでしょう。ただの夢物語だと。
そんな夢物語を現実にするために、限界をひとつやふたつ超えた程度で満足していて良いわけがない。つい壁を超えたばっかりに、少し浮き足立っていたみたいね。
「バカ弟を超えるって、誓ったんでしょう。どれだけ厳しい道のりか、分かっていたはずでしょう」
一度、頬を叩く。気合いを入れ直すのは、大事だもの。突き進むって決めたのなら、最後まで貫き通すだけ。
あたしは、レックス・ダリア・ブラックの姉なのよ。つまらない女で終わって、良いはずがないの。
「本来なら、追いかけることすら無意味。なら、研ぎ澄ますだけよ。もっと、もっと」
魔力も剣も、ただ純粋に。あたしは、一本の剣。どこまでも研磨されて、ようやく何かを切れるだけの存在。
分かっているのだから、ただ研ぎ続けるべき。迷いも戸惑いも、いらないわ。
「他の誰でもない、あたし自身のために。誰にも、負けやしないわ」
バカ弟は、どうせ誰にだって勝つ。なら、それに勝とうってあたしが最強を目指さなくてどうするというのか。
もはや、五属性なんて超えるべき壁ですらないわ。もっともっと先に向けて、あたしは進むのよ。
どんな壁も薙ぎ払う。それが、あたしに必要なことなのだから。
「エリナもフィリスも、あたしは超える。そうして初めて、少しは並べるのだもの」
バカ弟は、エリナに勝つ剣技とフィリスに勝つ魔法を持っている。なら、あたしも両方で超えなくちゃね。
その上で、魔法と剣技を最大限の効率で組み合わせる。あたしの目指すべき道は、バカ弟と似たようなもの。
魔法使いだけの剣技を、形にする。それが、大前提。きっと、もっともっと必要でしょうね。
「きっと、歴史に名を残すほどの偉業ね。関係ないけれど」
どこぞの誰があたしを評価しようと、どうでもいい。あたしが勝ちたいのは、目を向けさせたいのは、バカ弟だけ。
ギッタンギッタンにして泣かせる未来のためだけに、あたしは死ぬ気で努力を重ねてきたのよ。他のことなんて、知ったことじゃないわ。
あたしの人生は、きっとバカ弟でできているのよね。ほんと、贅沢な弟だこと。
「ねえ、バカ弟。あんたは、つまらなくないの? あたしですら……」
敵がほとんどいなくて、空虚を感じる瞬間もある。バカ弟を追いかけるだけで居るあたしですら。
なのに、もっと強い存在が居るのだもの。何をしても無駄って、思ったりしないのかしら。生きる目標を、見失ったりしないのかしら。
「いや、まだよ。あたしは、追いつかなくちゃダメ。結果は、その先でいいの」
バカ弟が孤独だというのなら、あたしも追いかけるだけ。無理矢理にでも、あたしに目を向けさせるだけ。単純な話よね。
だったら、強くなる手段だけを考えていればいいのよ。誰よりも、バカ弟よりも。
あたしは、手元の剣に目を向けたわ。
「……バカ弟にもらった剣。闇の魔力が……」
温かさを感じる魔力。バカ弟が、注いでくれたもの。そして、あたしの中にもあるもの。だけど、あたしとは分かれているもの。
「そう、混ぜられるわ。あたしに、バカ弟を。なら、やるだけよ」
魔力との合一を利用して、溶け合えば良い。バカ弟に、あたしの魔力を刻んだみたいに。あたしに、バカ弟を刻みつけるだけ。
その先に、あたしが求める強さがある。心の奥底から、確信していたわ。
「あたしを置いていくなんてこと、許さないわ。そうでしょ、バカ弟」
バカ弟の役目は、あたしの望みを叶えること。ギッタンギッタンになって、あたしの胸で泣くこと。それが叶うまで。いえ、永遠に。
あんたは、あたしのものなのよ。




