553話 次なる戦いへ
帝国から、王国に宣戦布告が出された。俺は王女姉妹に呼び出されている。まあ、最大戦力と言って良いのだから当たり前だ。
実際のところ、いきなり王国が戦場になることはないだろう。侵食した魔力から探る感じでも、まだ最低でも1週間程度の猶予はあるはずだ。長ければ、一月程度かもしれない。
その期間のうちに、反撃の準備を整えること。できれば、実際に反撃まで持っていくこと。それが目標になるはずだ。
王女姉妹は、俺の前で真剣な顔をしている。さて、どういう話になるだろうか。
「帝国によると、レプラコーン王国の軍が国民を虐殺したそうね」
なんとなく、思い当たることがあった。腹のあたりに、泥のようなものが溜まっていく感覚がある。
とはいえ、まだ思い込みかもしれない。しっかりと確認して、それから怒りを高めるべき。いくら敵国と言っても、相手は人間だ。少なくとも今は、それを忘れるべきではない。
「念の為に聞いておくが、そういう事実は確認されていないんだよな?」
「ええ。私の知る限りでは、無いわ。そこまで私に逆らうような貴族は、もう居ないもの」
ミーアの答えは、まっすぐなものだった。100%可能性が消えた訳では無いが、十分だろう。
帝国の狙いは、自国民を犠牲にして戦争の口実にするということ。ほぼ間違いない。どれだけ、醜いのだろうか。
俺としては、とてもじゃないが共感も同情もできない。少なくとも、皇帝が死ぬ分には。
「ということは、自国民をわざわざ殺そうとしたわけか……」
「そうなりますね。国の王としてなすべきことを、理解していないようです」
リーナの言葉が、俺の答えでもある。皇帝は、国の主であってはならない。なんとしても、排除すべき存在だ。
自国民をあえて生贄にするような国主、存在してはならない。無論、やむを得ない犠牲が出る時はあるだろう。すべての民を救うことなど、到底できないのだろう。
だからといって、ただの口実として人が殺されるなんてこと、許されて良いはずがない。俺が許さない。
正直に言って、体が震えていた。間違いなく、燃え盛るような怒りによるものだろう。
「……許せそうに、ないな。これは、戦う理由ができたと言って良い」
「今までは無かったみたいに聞こえますよ。私には分かりますけど。脇の甘いことです」
リーナはジトッとした目で見てくる。いや、本当に聞こえが悪かったな。解釈次第では、レプラコーン王国は戦う理由にならないと言っているようなもの。
正直、助かったと言って良い。冷静さを失っていたようだ。一度、深呼吸をする。そして、リーナたちにもう一度向き合った。
「ああ、悪い。レプラコーン王国の安全は、もちろん大事だと思っている」
「私だって、疑っていないわ! レックス君の優しさは、知っているもの!」
「ただ、いずれはレックスさんも大勢と会議をすることになるでしょうから……」
その先は、言われなくても伝わる。正直、貴族としては欠点なのは間違いない。俺の弱点とも言えるだろう。
こうなってくると、教育を受けてこなかったことが響くな。前世はただの一般人だった都合上、そこまで高度な駆け引きは要求されなかった。だが、今は違うのだから。
ため息をつきたくなるが、今は論外だな。士気を下げるだけだ。
「言葉尻をとらえられて、失言扱いされかねないと。大変だな……」
「本音を話してくれるのは、レックス君の良いところよ! けど……」
ミーアは気を使って言わないでくれたのだろうが、まあ分かる。俺は未熟だと言わざるを得ないのだろう。
おそらく、闇魔法を使えば失敗を挽回できる。力で脅すような形になって。だからこそ、俺はちゃんと駆け引きの技術を覚えるべきなのだろう。ちゃんと理性で生きる人間だと、周囲に示すために。
俺の力に頼りすぎれば、やがて孤立する。アストラ学園でも、分かっていたことだ。やはり、ちゃんと向き合うべき。
「まあ、そうだな。これから先は、気を付けていかないといけないのか」
「レックスさんにも、当主としての立場がありますからね」
「そうね。私たちだって、気を付けているもの。大変だけれどね」
うんざりしたような口調で言っている。実際、とても大変なのだろう。俺が想像もできないほどに。王族なんて、駆け引きの連続で生きているようなものだ。そうなってくると、気疲れもある。
やはり、ミーアたちを支えるという意味でも、しっかりと学ばなくてはな。頼ってばかりは、いられない。
「戦いのことだけ考えられないのは、余計に大変だな」
「ええ。誰に手柄を渡すかなんてことも、考慮に入れないといけません。バカバカしいですけれどね」
誰にどれだけ褒美を渡すかも、大事になってくるのだろう。戦国時代のことを考えれば、よく分かる。褒美が足りないばかりに反乱を起こされたり、あるいは過剰に求めてくる相手を処刑したり。
とにかく、人同士の関係をどうするかが重要な課題なんだ。俺のブラック家も、他人事じゃない。
「そうか。貴族間の力関係にも影響してくるものな。俺には、難しそうだ」
「これから、明確に王女派閥ができあがるでしょうね。もちろん、レックス君も一員になるでしょう」
「俺の仲間たちは、そうなりそうだな。良いことだと思いたいところだ」
「ひいきし過ぎていると見られても、困りますからね。わずらわしいですが、仕方ありません」
王族に敵対派閥ができれば、国家転覆を狙われる可能性もある。もちろん、ある程度は対立することは織り込み済みだろうが。
完全に全員が味方であることなんて、どう考えてもありえない。そうなると、妥協点を探るのが大事になるはず。
まあ、反逆するだけの力もないようなら、おそらく封じ込められて終わりだが。良くも悪くも、力が大事なんだよな。帝国じゃなくても、結局のところ。
「適度に利益をもたらしつつ、反発も封じ込めないといけない。頭がグルグルしそうだ」
「でも、それが王族の仕事だもの。逃げるわけには、いかないわ」
「そうなんですよね。口だけ達者な人も多いので、うまく立ち回らないと」
やはり、二人は多くの責務を肩に背負っているのだろう。俺も、負けていられない。まずは、帝国を打ち破るところからだ。
とにかく勝利しないことには、俺達の望む未来はやってこない。しっかりと、勝てるだけの策をぶつけたい。
「まあ、俺が戦うというのは間違いないんだよな。誰と連携するかだが……」
「たぶん、転移のために闇の魔力を受け入れられる人は少ないのよね」
やはり、その問題が襲いかかってくるか。転移して逆攻撃するのが基本戦術である以上、闇の魔力を受け入れられないものは使えない。
どうしても、俺の限界だな。転移は便利な手札ではあるものの、万能ではない。その一因が、立ちふさがってくるわけだ。
まあ、これまでと同じ問題なら、同じように対策するしか無い。それだけのこと。
「なら、いつもの仲間で動くことになりそうだな。助かるかもしれない」
「そうね。他の人達には、防衛という役割を与えましょう。それしかできないもの」
「兵站にしても、転移があれば解決しますからね」
「じゃあ、本格的に動き出さないとな。腕がなる」
一刻でも早く、帝国を打ち破りたいものだ。その先で、また平和を満喫できれば最高だ。




