550話 大事な仕込み
帝国の各所に、転移のための拠点を作ることになった。闇の魔力を侵食させて、本番になったら使えるようにと。
まあ、使わないのが一番ではある。ただ、実際のところは戦うことになるのだろうな。そんな諦観もあった。
帝国の視点に立ってみれば、今は絶好の機会だということは間違いない。何らかの狙いがあると見ていいだろう。そして、それは武力を伴う可能性が高い。国の形が形なのだから。
ということで、俺はミュスカと一緒に動くことになった。協力を申し出てくれて、王女姉妹も乗ってくれた形。
今は最後の前準備として、ミュスカと話をしているところだ。
「ミュスカ、今回も手伝ってくれるんだな」
「ふふっ、私と一緒の方が、できることは多いでしょ?」
そう言いながら、楽しげに微笑んでいる。落ち着いた気持ちを感じているようで、俺も少し穏やかになれそうだ。
まあ、あまり緊張を失ってはまずいのだが。敵地に乗り込むわけだから、油断はできない。同時に、緊張で動きを乱しきってもいけない。
ちょうどいい緊張を保ちつつ、同時にリラックスもしなくてはならない。ある種のスパイ活動だけあって、難しい精神状態が求められてくるな。
「ああ。直接歩いていくのだと、厳しいかもしれないからな」
「前は攻撃する必要があったけど、今回はないよね。だから、別の手も取れるよ」
ミュスカの提案は、確かに納得できるものではある。同時に、制限でもあるが。いくらなんでも、今の状況で犠牲者を出したくない。つまり、攻撃をするというのは論外。
まあ、それは守るべきものであり、守りたいものでもある。だから、厳しい制限だとは思わないが。むしろ、効率良く殺す手段を考えていた今までが異常だっただけ。
とはいえ、戦争になるのなら、また考える必要はあるのだろうな。本当に、嫌になるものだ。
「こっそり移動するという方向性だよな。やはり、安全第一で行きたいところだ」
「戦うのは、できれば避けたいもんね? レックス君の望みは、ちゃんと叶えるよ」
ミュスカはウインクを飛ばしてくる。なんというか、俺に対する理解も深いよな。友人に分かってもらえているというのは、嬉しい限り。
ただ、俺はミュスカをどれだけ理解できているだろうな。いまさら原作知識を頼るのはありえないし、ちゃんと分かっていられていると良いのだが。
まあ、俺との関係を大事に思ってくれていることは間違いない。なら、俺も大事にするのが第一歩。急ぎたくはあるが、それよりも確実に進もう。
「助かる。可能性が低くとも、何も無いに越したことはないからな」
「そうだね。レックス君は、穏やかな日常が一番好きだもんね?」
「ああ。とはいえ、ただ待っているだけでは、その日常を失ってしまう」
「だから、レックス君は手を打ったんだもんね。じゃあ、方法を考えようか」
方法としては、どう転移を活用するかという程度ではあるが。高速移動は、どう考えても目立つ。特に、今回は敵国の中だからな。あんまり目立つ手段は使えない。
そもそも、空気抵抗なんかで人体にダメージが入りかねないから、速度には限度もある。魔力の方が、スピード面でも融通がきくということ。
つまり、取れる手段は実質的にひとつ。悩むことは、ほとんどない。
「といっても、魔力を遠くに飛ばして、そこに転移を繰り返すことになりそうだ」
「うん。後の問題は、距離と時間の制限だね。見つかりにくい場所に転移したいんだし」
周囲にどれだけ人がいるかで、大きく変わってくるところ。近くに人がいる状況で魔力を飛ばしていては、見つかりやすくなってしまうだろう。
そして、いくらなんでも星の反対側に魔力を飛ばすことはできない。ミュスカの制限がどこまでかは分からないが、限度はある。
となると、ちょくちょく中継地点を取って転移をするのが妥当だろうか。その上で、なるべく人の少ないところを選ぶ程度。
「魔力を通して周囲を探ってからが、無難なんだろうな」
「じゃあ、私に任せて。遠くまで魔力を送るから、私の魔力を感じていて?」
魔力を感じるというのにも、つながりがあった方が楽ではある。自分の魔力ではないからな。
そうなると、帝国まで移動する今回は、ちょっと工夫した方が良いかもしれない。とりあえず、提案してみよう。
「ああ。ちょっと、手を貸してもらっていいか?」
「どうぞ。やっぱり、直接触れている方が伝わりやすいもんね」
「ああ。じゃあ、ミュスカ。頼む」
「もちろんだよ。……私の感覚、届いてる?」
つないだ手から、体温も魔力も届いてくる。それを通して、遠くに飛んでいるミュスカの魔力も感じていく。
なんというか、ちょっとムズムズするな。だが、悪くない。むしろ、いい気分なくらいだ。
「ああ。今でも、優しい温かさが伝わってくる」
「ふふっ、ありがとう。……そろそろ、1か所目にたどり着けそうだね。準備はいい?」
「当然だ。行こうか、ミュスカ」
「うん。じゃ、これで!」
まずは、最初の地点に転移した。人のいない原っぱではあるものの、ここも大事な拠点になる。戦争になったら、帝国軍はほぼ確実に通るルートだからな。しっかりと、魔力を侵食させた。
そして次に、国境近くの砦のような場所に向けて転移していく。近くの影に隠れて、そこからこっそりと魔力を侵食させていく形だ。
「よし、誰にも見つかっていないな。魔力だけ侵食させて、さっさと次にいこう」
「そうだね。時間をかけすぎると、見つかりやすくなっちゃうもん」
ヒソヒソ声で話をしつつ、魔力を確かに侵食させる。幸い、巡回が俺達の方にやってくることはなかった。
「……よし、これで良いだろう。次からは、ここを拠点にできる」
「じゃあ、次にいこうか。まだまだ、転移と侵食は続くよ」
それから、いくつかの拠点に魔力を侵食させていく。転移に使う魔力の移動も、だんだん素早くなっていく。侵食そのものにも、少しずつ慣れていく感じはあった。
大規模な拠点に連続で侵食をする機会は少なかったからな。今回で、いい経験になったのだろう。
「ちょっとずつ、ペースが上がってきたな。良い感じだ」
「レックス君、いったん戻ろうか。ここで長居すると、人が来そうな気がするよ」
確かに、人の気配はある。魔力の侵食は終わっているものの、この場で次の場所に転移しようとするとまずいか。
時間がかかれば、俺たちのところに巡回が通ってきかねない。なら、無用なリスクは避けるべきだ。
「ああ。俺も似たようなことを感じていた。ありがとう、ミュスカ」
「じゃあ、戻るよ」
ということで、中間地点に戻って、そこから転移の準備をしていく。
「あと、1か所だね。さて、最後の難関といったところかな」
「どう考えても、人がいるよな……。というか、この分だといつでも居そうだな」
「だからこそ、転移の拠点にできれば強いってことだよ。頑張っていこうね」
それを受けて、人の動きをしっかり観察していく。なるべく、密度が薄くて視線の入りにくい場所を。
とはいえ、やはり王城。いくらでも警備は居るという感じだった。だが、最も重要な場所でもある。ここは、行くしか無い。
タイミングを図って、良さそうな状況が訪れた。
「ああ。ミュスカ、今ならどうだ?」
「うん、行こっか」
それから、転移をしていく。周囲を探ることもせず、最速で侵食することを意識する。警戒に時間を使えば、それだけタイムリミットが迫るわけだからな。
一気に侵食させていって、なんとかスムーズに終わらせることができた。
「よし、侵食は終わった。後は戻る……」
「おい、そこで何をしている!?」
そんな声が、聞こえてきた。見えるのは、ただひとり。さて、どうするのが正解なのだろうか。




