549話 帝国の意志
ミーアにメッセージを送ると、夜に話がしたいと返ってきた。つまり、他の誰もいない状況でなら話ができるということだろう。
ジャンやミルラに伝えて、俺は指定された時間までに必要な用事をこなしていた。最悪、今日動き出すようになっても大丈夫なように。
帝国の動き次第では、本当に必要になってくるだろう。少なくとも、楽観視はできない。備えるだけ備えておくべきだということは、間違いない。
心の準備をして、今はミーアから通話が飛んでくるのを待っている。あたりは、すっかり暗くなっていた。
「レックス君、遅くにごめんなさい。今なら、話ができると思うの」
「用件としては、なるべく早くになりますね。曖昧で申し訳ないですが」
ふたりの声が聞こえてきた。どちらも深刻そうで、状態はある程度分かったと言える。
何も問題がないのなら、明るい声が聞こえてくるはずだからな。というか、そもそも夜に通話が来た時点でという話か。
なるべく早く達成してほしいという言い方も、余計に深刻さを伝えてくる。本当に、困ったものだ。ため息をつきたくなってくる。
「いや、分かる。帝国が実際に動き出すまでにってことだろ?」
「はい。実際のところ、まだ帝国は本格的な行動にまでは入っていません」
「けれど、明らかに怪しい動きをしているのも確かよ。難しい局面ね」
先制攻撃は、いろんな意味で避けるべきだろうな。俺としても、好ましくないと思う。
民意としては、帝国の領土が切り取れるというプロパガンダを流せば済みそうではある。だからこそ、危険だ。勝利したとしても、暴動や治安の悪化が起きかねない。
つまり、ある程度は後手に回ることが必然になってくるということ。良くないな。
「帝国の真意次第では、こっちが戦争の引き金を引きかねないわけだな」
「まったく、面倒なことです。とはいえ、帝国としては望むところでしょう」
リーナもかなり疲れているように見える。声にあんまり力が入っていない。
まあ、かなり面倒な状況なのは事実だからな。警戒し続けるのも、王国にとってはデメリットだ。特に国境近くの街なんか、民心としても疲弊しかねない。
とにかく、帝国としては得をする構図だ。王国に勝てると思っているのなら、余計にだろう。
「弱いものは奪われる。それが正義だという国だからだな」
「ええ。そして、王国を弱いとみなしているのよ。だから、動こうとしている」
「本格的に動くようなら、王国も本腰を入れる理由になります。そうしないのは……」
色々と可能性は思いつくが、どれもろくでもない理由だな。戦術的に優秀だからというより、悪意が見える感じだ。
どうにも、帝国に対する好感度が下がっているな。ちゃんと両方の意見を聞いて判断すべきことだとは分かっているが、どうしても王国をひいきしてしまう。
まあ、それは悪いことでもないか。帝国に鞍替えをする気はないし、思い入れを深めても何の意味もない。
「挑発しているのか、あるいはどうせ弱腰だろうと甘く見ているのか」
「おそらくは、後者でしょうね。高慢な顔が、目に浮かぶようですよ」
「私としては、あんまり戦争はしたくないのよね。せっかく、復興してきたのに……」
王国には、何度も試練が訪れたからな。これ以上困ったことがあると、民意も離れていくだろう。そして、何より民にも犠牲が増えていく。
これまでだって、孤児みたいな存在は出ていた。苦難が増えれば、ある日一気に雪崩をうちかねない。
避ける手は、ある。あるが、本当に好ましいものではない。
だとしても、だ。俺が守るべきものは、俺の仲間と領民だろう。たとえ他者を地獄に送ってでも、やるべきことがある。そうだよな。
軽く深呼吸をして、俺は案を出していく。
「手そのものは、あるだろう。帝国を戦場にすることだ」
「まさか、レックスさんから出てくるとは思いませんでした。そういうことは、嫌いなのかと」
ちょっと、心配そうな声が聞こえた気がする。リーナからしても、意外なのかもしれない。
もちろん、俺としては最後の手段だと思っている。少なくとも、今すぐ実行していいとは思わない。ある程度の条件を満たして、その段階でならということだ。
何でもかんでも怪しい段階で攻め込むようになってしまえば、もはや害悪でしか無いのだから。
「好きか嫌いかで言えば、嫌いだ。だが、俺は俺の大事な物を優先する。もちろん、むやみやたらに攻め込みたくはないが」
「ちゃんと証拠があるのなら、ということね。なら、提案があるの。良いかしら?」
ミーアは落ち着いた声で問いかけてくる。証拠があるのならというのは、まあ攻め込んでくるのが確実になったらというところだ。
専守防衛が理想ではあるものの、自国で戦うことはデメリットが大きすぎる。少なくとも、今のレプラコーン王国では。それを避けるためならば、手を汚すこともしよう。
俺を認めてくれた民たちを守ることも、大事なことのはず。それで、良いんだよな。
「まずは、聞かせてくれ。話は、それからだ。受けるとも受けないとも、言い切れない」
「本当は、ちゃんと誓わないと聞かせられないんですけどね。レックスさんだから、特別ですよ?」
リーナはそんなことを言ってくる。冗談めかしているが、本音ではあるのだろう。
まあ、分かる話だ。契約を締結してからじゃないと話せないことなんて、いくらでもあるからな。俺の物言いは、ある意味わがままなのだろう。
ただ、安易に何でもするとは言えない。言いたくない。そういう俺も、理解してくれているはずだ。
甘えすぎるべきではない。ないが、少しは甘えたいな。俺が、なるべく自分を好きで居るために。
「じゃあ、話していくわね。レックス君には、帝国の各地に魔力を侵食させてほしいの」
これがあるから、俺は強いんだよな。ミュスカもでもあるし、レプラコーン王国がでもある。
正直、転移なんてチートどころの騒ぎじゃない。しかも、こちら側だけが使えるのだから。どうあがいても、戦術で優位に立てるからな。
これが封じられる未来があれば、かなり危険だった。というか、邪神が敵になったらあり得る。恐ろしい話だ。
「ああ、なるほど。帝国が本格的に動き出した時に、相手の土地で潰すためにか」
「話が早くてありがたいですね。理解力が弱い人が相手だと、疲れるんですよ」
そう言って、ため息をついている。まあ、王族ともなれば、いろんな人と話をしないといけないだろうからな。疲れるのは分かる。
とはいえ、リーナの態度は危険でもある。一応、言うだけ言っておくか。釈迦に説法な気もするが。
「まあ、ほどほどにな。あんまり下に見る態度を取っても、損が大きい。なんて、分かっているだろうが」
「ふふっ、レックス君に甘えているのよ。リーナちゃんってば、かわいいわ!」
「うるさいですよ、姉さん。なぜ、本人に直接……」
まあ、本音であれ違うのであれ、恥ずかしいのだろう。とはいえ、どうも本心っぽくは感じるが。
甘えたいというのなら、さっきは肯定すればよかったか。反省は置いておいて、俺は役割を果たさないとな。
「なら、また話せる時間を作らないとな。さっさと、今回の問題を終わらせて」
「レックスさんってば……。本心だからこそ、たちが悪い……」
「ふふっ、それこそレックス君の素敵なところよ! ね?」
「まあ、そうですけど……」
ちょっと、吹き出してしまった。こんな話こそが、俺の戦う理由だ。あらためて、実感させてくれた。
またくだらない話をする日常のためにも、やり遂げてみせるさ。言葉にしない誓いを、胸にいだいた。




