546話 セルフィの怒り
私はレックス君の先輩として、ずっと彼のことを気にしていた。いろいろな話を聞いていたし、何かに巻き込まれている様子も知ることになった。
とにかく、くだらない嫉妬や恨みでレックス君を敵に回す人の多いこと。そして、本質を見ようともせずにレックス君を嫌う人ばかりだってこと。
ブラック家がどうとか、闇魔法がどうとか。心底くだらない理由で、レックス君を悪しざまに言う。いっそ殺せたならば、どれほどスッキリするだろう。そんな風に考えたことも、何度もあった。
だからこそ、解決したかったんだ。そのための手段は、思いつかなかったけれど。
ただ、私には仲間がいた。友達がいた。なら、頼っちゃおうって思えたんだ。レックス君にも、私が言ったことだから。
そのために、ミュスカさんと話をする時間を作ったんだ。お茶を飲みながら、本題に入る形で。
「ミュスカさん。いい加減、レックス君を認めない人たちにも愛想が尽きてきたよ」
「あはは、そうだね。私も、あまり好きではないって思うな」
ミュスカさんは、困ったような顔で笑っていた。ただ、私が言い出した内容に困っている感じには見えない。眉をひそめるとか、そういう反応もなかったから。
完全に感覚なんだけど、ミュスカさんにとっても都合の良い話題。そんな気がしたんだ。
だから、次の言葉を出すことは迷わなかった。私が求める答えが、あると思えたから。
「何か、良い手段はないかい? 無理矢理にでも、レックス君を認めさせられるような」
「犠牲が出るって言ったら……セルフィさんはどう思う?」
試すように、ミュスカさんは私のことを見てくる。おそらく、レックス君は望まない答えなんだろうね。それは、分かる。
けれど、私は自分を抑えるのも限界だったんだ。だって、レックス君は確かに傷ついていたから。悪意をぶつけられていたから。
「誰であるか次第だよ。レックス君に敵意ばかり向ける人であるのなら……」
平坦な声が出たなって、自分でも思ったよ。きっと私の本心が強く出ていたんだろうけれど。
私にとっては、怒りをぶつける対象でしか無かったから。どうなっても、心を痛めなくて済みそうだったから。
「そっか。なら、手はあるよ。私が、やれることが」
きっと、残酷な手段なんだと思う。けれど、私は迷わない。ミュスカさんは、レックス君を大切に思っている。それだけは、絶対に本当のことだったから。
なら、私たちが望む未来は、そう変わらない。ほとんど確信していたんだよ。
「お願いしてもいいかい? お礼なら、できる限りのことをするよ」
「ううん。セルフィさんは気にしなくていいよ。私にも、ちゃんと利益があるからね」
晴れやかな顔で、ミュスカさんは両手で胸を抑えていた。心の奥が、華やいでいるかのように。
きっと、良い未来を夢見ていたんだ。私も、似たようなものだから。よく分かったんだよ。
「そうなんだね。やっぱり、レックス君と関係があるのかい?」
「うん。私のことを、レックス君は求めてくれるかなって」
とっても可愛らしい顔で、そう言っていた。私には、まだ分からない気持ち。レックス君のことは大好きだけど。求められたいかと聞かれたら悩むだろうから。
もちろん、頼られることは嬉しいけれど。私にとって大切なことは、レックス君が幸せになれるかどうか。それが、一番だから。
そんなレックス君がどんな人か。私にもミュスカさんにも、明確な答えはあったよ。
「そんなの、答えは分かりきっているじゃないか。ねえ、ミュスカさん」
「あはは、確かにね。じゃあ、具体的な計画を練ろうか」
「それで、どういう手段で実行するんだい?」
「闇魔法に目覚めさせて、そこから邪神の眷属へと変えていこうかなって」
あっさりと語られた計画。ミュスカさんは、闇魔法使いを生み出せる。邪神の眷属も。それが何者かなんて、聞くまでもなく分かる。
だけど、私はミュスカさんを信じた。だって、レックス君を想う気持ちは、どこまでも深い。
ミュスカさんは、レックス君の話をする時だけ顔が違う。満たされたように、顔が緩んでいたから。それが嘘であるなんて、あり得ない。演技でできる顔じゃ、無かったんだよ。
「なるほど……。つまり、ミュスカさんは……」
「もちろん、レックス君の味方だよ。それで、十分じゃないかな?」
私たちの気持ちは、確かにつながっていた。目と目を合わせれば、よく分かる。
レックス君を不幸にすることは、私たちは望んでいない。それで、確かに十分だったんだよ。
だから、計画を進めていくことに前向きになれた。仮に手を汚したとしても、構わなかったんだ。
「そうだね。なら、ミーア殿下に協力をしてもらうのも、悪くないね」
「ああ、なるほど。ついでに、レックス君の活躍の場も用意するんだね」
ミーア殿下は、レックス君の評判を高めることを望んでいる。つまり、ミーア殿下の敵は。
なら、話は単純だよね。説得するだけの材料を、私は持っている。後は、実行するまでの障害を取り除くことだけ。しっかりと、計画を練ることで。
「うん。話は、私の方からしておくよ。それでどうだい?」
「分かったよ。ふふっ、楽しみだね。お互い、素敵なものが見られそうじゃないかな?」
ミュスカさんと私が望むものは、正確には違うんだと思う。レックス君に求められたいミュスカさんと、レックス君を支えたい私では。
だけど、だからこそ良かった。それぞれが別の形で、レックス君を満たすことができるから。私たちは、抱えている想いも能力も目標も、何もかもが違う。それこそが、協力し合う理由だったから。
「そうだね、ミュスカさん。レックス君は、きっと称えられるよ」
「うん。そして、レックス君は私の力を必要とする。ずっと、そばにいられる」
「これも、レックス君の言うお互いに利益のある取引ってやつかな」
「ふふっ、そうだと思うよ。みんな、いい思いができるはずだから」
私とミュスカさんは、言わずもがな。ミーア殿下は、敵を排除できる。レックス君は、確かな成果を手に入れられる。最終的には、ブラック家の利益にもつながるはず。
それこそが、私たちの求めるもの。手を取り合う価値なんだよ。
「よろしく、ミュスカさん。これで、共犯者と言ったところだろうか」
「そうかもね。お互い、頑張っていこうね。レックス君のために」
「ああ、レックス君のために。それが、私たちのつながりなんだから」
レックス君は、きっと悲しみもするだろう。苦しみもするだろう。それでも、もっと大きな幸せを与えられる。私たちが、お互いの力を尽くせば。
だから私は、誰かを犠牲にする覚悟を固めたんだ。どこまでも、残酷にね。
「ふふっ、ひどい人だね。レックス君に知られたら、大変じゃない?」
「お互い様じゃないかい? ミュスカさんだって、隠すべきだろう」
きっと、知られることだけは避けなくちゃいけない。その未来こそ、レックス君が一番傷つくものだから。大切な人が手を汚した事実を、決して喜ばない人だから。
なら、墓まで持っていくだけなんだけれど。私たちが協力すれば、できること。単純な話だよ。
「なるほどね。やっぱり、共犯者って言葉は正しいみたい」
「我ながら、うまく言ったものだと思うよ。さて、ミーア殿下のところに行ってくるよ」
「よろしくね。ふふっ、とっても楽しみだよ」
ミュスカさんは、微笑みながら私を送り出す。ミーア殿下のもとへ向かう足取りは、確かに弾んでいたんだ。




