544話 別れの準備
復興に関して、俺は色々と手伝っていた。そうしているうちに、最低限の土台は整ったと思う。これ以上のことは、民たちが、そして王家やその部下たちが実行すべきだろう。
俺に手を出せる範囲は、せいぜいサポートまでだ。主力になって何かを変えようとすべきではない。貴族の一員としても、個人としても。
結局のところ、闇魔法という特別な力あってのものだからな。依存しすぎれば、今後に困るだけだろう。
俺の代で何もかもが終わるというのなら、話は別だが。次代に続く形で、何かを残していかないといけない。
というわけで、まずは王女姉妹に話を通すことにした。たぶん、続けるにしてもあと少しだと思う。
俺はふたりに通話をしてから、転移で面会する。いつも通りのふたりが、そこにはいた。
「ミーア、リーナ。俺はそろそろ帰ろうと思う。もう、ある程度は落ち着いたはずだ」
「レックス君にも、ブラック家でやることがあるものね。寂しくなるけど、仕方ないわ」
「本来なら、私たちでどうにかするべきことでしたからね。ありがとうございました」
一応、ふたりとも納得してくれたみたいだ。まあ、ふたりなら分かってくれるとは思っていたが。
俺たちは友達でもあり、王家と有力貴族という関係でもある。どちらかというわけじゃない。だからこそ、適度に距離を取る必要が出てくる。言わずとも、ふたりは理解しているはず。
というか、口にしてしまえば越権行為になるからな。そこが厄介なところだ。プライベートな空間なら、まだどうにかなるものの。あんまり気を使わせすぎるのも、良くない。
「いや、お前たちが元気で居てくれるのなら良いんだ。あまり気にしないでくれ」
「私からも、ありがとう。レックス君のおかげで、今も元気で居られるわ」
「要するに、私たちの力不足なんですよね……。次は、もう少しなんとかします」
実際、今回はかなりの危機だったからな。ある程度の不足は仕方のないところだ。間違いなく、前例のないレベルの被害だし。それを事前に察知しろというのもな。
ただ、それで民が納得するとは限らない。王家の手腕が問われるだろうな。まあ、困った事態になったら、また手伝うだろうが。なにもない事が一番だ。
「応援している。だが、無理はしないでくれよ」
そう言ったら、ふたりは笑顔で頷いてくれた。ひとまず、俺はブラック家へと帰ることになる。ということで、別れのあいさつをしたい。
みんなを探し回っていると、なんかちょうど集まっている様子だった。なので、すぐに声をかけていく。
「みんな、ちょうど良いところに。ひとまず、お礼を言わせてくれ。今回は、ありがとう」
「わたくしは、レックスさんのパートナーですもの。地獄の底だろうと、付き合いますわよ」
「あたしもです。必要としてくださるのなら、なんでも言ってください」
フェリシアは落ち着いた笑みで、ラナはじっと俺のことを見ながら宣言する。こうして大事にしてくれるのは、ありがたい。実際、本当に付き合ってくれるのだろうし。
だからこそ、できれば付き合わせたくないのだが。まあ、状況次第ではみんなを巻き込む可能性はある。今回で分かったことだが、一人で全部解決しようとすると、逆に被害が広がりかねない。
しっかりと周囲に頼るのが、今後の俺の課題になるだろうな。少しずつ、頼っていこう。
「抱っことなでなでで済む範囲なら、構わない。地獄の底は、私は無理」
「あはは、僕もできれば避けたいかな。レックス様が死ぬくらいなら、何でもするけど」
サラとジュリアの言葉は、一応安心できる。そういう態度の方が、正直なところ付き合いやすい。だが、気を付けないといけない。案外、サラみたいなタイプこそ命をかけかねないのだと。
深読みだというのなら、それはそれでいい。ちゃんと逃げてくれるのなら、ありがたいのだから。だが、俺のために死なれるような選択をされたら、後悔してもしきれない。
だからこそ、しっかりと様子を見ておかないとな。特にサラは、感情を出しているようで出していないのかもしれないから。まあ、漫画で見たような話だというだけではある。何も無い可能性の方が高いだろう。
「私は、どのようなことでもいたします! レックス様にすべてを捧げます!」
「いや、本当に自分の身も大事にしてくれよ。お前たちが傷つくのが、一番嫌なんだから」
シュテルの覚悟は、まあ否定したくはない。だが、俺にとって本当に大事なことも知ってもらいたいところだ。
実際、シュテルにとっては尽くすのが嬉しいのだろう。だから、これからも妥協点を探っていくのが良い。
なんだかんだで、俺だって意見を押し付けるべきじゃない。シュテルの気持ちも、しっかりと汲まないとな。
「ふふっ、レックス君は優しいね。その優しさが、今回は伝わったみたいだね」
「レックスさんの名声は、高まっていてよ。あたくしも、負けていられないわね」
セルフィとルースの言葉は、まあ大事ではある。俺はずっと嫌われ者だったからな。いや、仲間たちにはかなり好かれていたが。
だからこそ、名声が高まるということには大きな意味がある。人材を集めることも、楽になるかもしれない。
うまく、流れに乗りたいものだ。そうすれば、ブラック家はもっと過ごしやすくなるだろう。
「まったく、バカ弟がね。いっつも情けない顔してるのに」
「そう言って、レックスにどう勝つかをずっと考えているようじゃないか」
「お兄様には、メアリだって勝つの! もっともっと、強くなるんだから!」
「ふふっ、わたくしめも、負けていられませんね。もっと、精進しなくては」
カミラもエリナも、ものすごく強くなったからな。メアリやハンナにとって、良い見本になっているのだろう。
こうして切磋琢磨し合うというのは、本当に良いことだ。俺も、負けていられない。ハンナの言うように、もっと精進しないとな。
「……研鑽。どれだけ強くなっても、欠かせないもの」
「フィリス先生に言われては、私たちも形無しだ。精進しないといけない」
本当に、セルフィの言う通りだ。フィリスほどの知識と実力があってすら、まだ努力を重ねるんだ。俺程度が立ち止まっていい理由にはならない。
やはり、最高の師を手に入れられた。人生の道標となってくれるんだよな。それがどれだけ大きいことか。
「レックス様がお戻りになれば、また事業が進むでしょう。私たちも、研鑽でございます」
「僕たちの仕事も、もっと効率良くできるはずですからね。しっかりとやりましょう」
ミルラとジャンは、圧倒的に優秀だと思う。それでも、努力を欠かさない。ならば、俺も主としてふさわしい態度を取らないといけない。
やはり、俺は周囲に恵まれている。そうでなければ、今ほどの努力なんてできなかったはずだ。
「そうだな。まだまだ先は長い。一歩一歩、進んでいかないとな」
「ところで、レックス君。少し、時間を取ってもらっていいかい? 話したいことがあるんだ」
セルフィは、少し瞳をうるませていた。どんな要件かは分からないが、大事な話っぽい。
まあ、そうでなくとも良い。たまの機会なのだから、話したいこともあるだろう。俺は素直に聞いておけば良いんだ。
「セルフィからは、珍しいな。もちろん、構わない。聞かせてくれ」
「じゃあ、ふたりになれる場所がいいな。いい場所があれば、転移してくれないかい」
そう、誘われた。いくつかの候補を検討して、いま俺が宿として使っている一室に決めた。
さて、どんな話だろうな。あまり重苦しくないと、助かるのだが。




