541話 語られること
ミュスカは、俺に真実を告げるという。きっと、邪神と深く関わりがある。その内容を。
空になったカップを、見つめる。その空白が、どうにも深く感じた。
一度目をつぶって、深呼吸をする。それから、ミュスカと目を合わせていく。
「聞かせてくれ、ミュスカ。お前の抱えていることを」
「そうだね。覚悟は、良いかな?」
試すような笑顔で、俺のことを見ている。どんな顔だろうと、もう結論は変わらない。
何が待っていようと、俺は聞くしかないんだ。そうしなければ、何も始まらないのだから。
「もちろんだ。どんなお前だろうと、受け止めてみせる」
「ふふっ、ありがとう。じゃあ、言うね。私は、邪神スティルクルドの端末なんだ」
ミュスカはあっさりと話す。まるでためらいも感じさせず、単なる日常会話のように。
ただ、分からない。邪神の端末というのは、何を意味するのだろう。ミュスカは、ただの闇魔法使い。それが、原作で語られていた情報だったはず。
いったい、何が待っている。確かめるために、俺は問いかける。
「端末? それは、眷属とは違うのか?」
「違うよ。いずれ邪神が目覚めた時に、その器となるべきものなんだ」
つまり、まだ邪神は目覚めていないということか。いや、少しは目覚めているのか? そうでないならば、俺に力を与えたりできないだろう。
だが、目の前にいるミュスカは本物に見える。俺の知る邪神は、もっと淡々としていた。だから、大丈夫なはずだ。
いや、まだ目覚めていないからか? その先に、何がある?
もう一度、俺はカップを見た。そこには、何も入っていなかった。しばらく向き合って、少し震える。ミュスカが失われたらと思うと、本当に怖い。
だが、目を逸らしたところで現実は変わらない。知ることから、対策が始まるんだ。しっかりと、向き合わなくては。
「……なあ。もし邪神が目覚めたら、お前はどうなるんだ?」
「想像はつくけれど……。確信まではしていないかな」
笑顔のまま、ミュスカはそう告げてくる。確かに、答えなんて分かるものじゃないだろう。ミュスカは、邪神本人じゃないのだから。
俺としても、想像はつく。きっと、ミュスカの人格は失われてしまうのだろう。そんなこと、許せるものか。
「もし邪神がお前を傷つけるというのなら……。俺は……」
「ありがとう。私のことを、心配してくれているんだね」
少し緩んだ笑顔で、俺のことを見てくる。その姿は、本当に嬉しそうに見えた。
ミュスカは、邪神に奪われて良いような人じゃない。今からでも、策を考えなければ。ミュスカを失わなくて済むような手を。
そうでなければ、俺はきっと立ち上がれなくなってしまう。フィリスにも、相談しないとな。
「当然だ。お前は、俺の大切な仲間なんだから」
「うん。だからこそ、私は今の関係が嬉しいんだ。邪神の力に、レックス君が溺れなかったことが」
そっとはにかむ姿が見えた。俺にとっても、大きな決断だった。邪神の力を得るか、自分の力で絶望的な戦いに挑むかという二択は。
ただ、ミュスカは俺を大切に想ってくれている。その事実が、大きいのだろう。実際、ミュスカが相手だから選べた道だったのだし。
そもそも、ミュスカが俺をどうでもいいと思っていたのならば、あんな選択は鼻で笑っていただろう。
「そう、なんだな。いや、当たり前か。ミュスカにだって、ミュスカの気持ちがあるんだから」
「だから、私は眷属にミーアちゃんたちを襲わせたりはしないよ。仮に操れるとしてもね」
ミュスカがそう言うのなら、俺は信じる。単純な話だ。実際、聞けて良かった。悪意を持って、俺を追い詰めたのではないのだと知れて。
信じるつもりではあった。だが、心のどこかに影はあったからな。
「そうか……。なら、安心できそうだ……」
「ふふっ。私が黒幕だったら、困ってた?」
「困っていたというか……。なんと言えばいいだろうな……」
「私を敵にしたくなかった?」
「そう、なんだと思う。ミュスカを、失いたくなかったんだろう」
「じゃあ、安心してほしいな。私は、ずっとレックス君のそばにいるから」
ミュスカは、そっと俺の手を取る。ぎゅっと、握りしめてくる。想いを伝えるかのように。
もう、俺はミュスカを敵として見ることなんてできない。本当に騙されていたのだとしてもだ。きっと、俺はとても弱いのだろう。だが、それで良い。
俺の選ぶ道は、仲間と支え合う道なのだから。弱さは、誰かに支えてもらえば良い。いや、そうしてもらうべきなんだ。やっと見出せた、俺の答えだ。
「ああ。約束してくれ。それさえ守られるのなら……」
「ずっと、私たちは友達だよね。うん。もちろん約束するよ」
「ありがとう、ミュスカ」
「こっちこそ、だよ。私の正体を知っても、レックス君の気持ちは変わらなかった」
邪神の端末。おそらくは、邪神の本体とも無関係ではないのだろう。だが、それがどうした。ミュスカは俺を何度も助けてくれた。だから、信じる。単純な話だ。
今回だって、俺を隣で支えることを受け入れてくれた。なら、それで良い。
「どう、だろうな……。少しくらいは、混乱もしていると思うんだが……」
「私にとって大事なのは、レックス君が変わらず信じてくれていること。それだけだよ」
それは、確かに変わらない。変えるわけもない。信じる気持ちを失って、俺に何が残る。そんな俺を、好きになることなんてできない。
だったら、もう疑う必要はない。もちろん、妙な兆候がないか気を張る必要はあるが。ミュスカが邪神に奪われることだけは、避けなければならないのだから。
「なら、確かに変わらないか。お前はずっと、大切な仲間だ」
「だから、私は変わったりしないよ。ずっと、レックス君と一緒にいるよ」
「ああ。負けないでくれ。邪神がお前の体を奪おうとしても」
「もちろんだよ。私は、今のこの時間を奪われたくないからね」
ミュスカと俺は、同じ気持ちでいるのだろう。お互いに、ともに過ごす時間を大事だと思っている。ありふれた日常を守るために、戦おうとする。
だったら、何も迷うことはない。いつものように、日常を守るために邪神とも戦うだけ。きっと、勝ち目は薄いのだろう。だが、みんなの力を借りて、最後には勝つだけ。
ミーアの光魔法も、ジュリアの無属性魔法もある。なら、道はつながっているはずだ。原作では、倒せたのだから。
仮に闇魔法の一切が通じないのだとしても、やりようはある。サポーターに回ればいいだけ。それだけだ。
「ああ、俺もだ。ミュスカのためなら、邪神とだって戦ってやるさ」
「ふふっ、その必要はないと思うけどね。きっと、大丈夫」
ゆっくりと、深く頷く姿が映る。邪神は、目覚めたりしないんだろうか。それとも、別の何かがあるのだろうか。
いずれにせよ、ミュスカが無事でいるのなら構わない。みんなと一緒に、未来をつかんでみせる。
「なら、良いんだが。ミュスカ、お前は今、幸せか?」
「もちろんだよ。レックスくんが私の隣にいてくれる限り、ずっとね」
「なら、ずっと隣にいないとな。それが、良い未来につながるはずだ」
「そうだね。これからも、よろしくね?」
俺たちは、お互いに頷きあった。きっと、これからも俺たちの関係は続く。その未来で笑っていられるように、頑張っていかないとな。
ミュスカの信頼に応えられる俺でいる。それが、俺がミュスカにすべきことだ。そうだよな。




