540話 聞くべき真実
パレードも終わって、ようやく一息付ける段階になった。そこで、まずはミュスカと話すことにした。
幸い、今すぐに予定はない様子。ということで、ふたりでお茶会をできないかと誘う。受けてもらえたので、今はお茶会が始まる段階。
カップの中身が揺れる姿を見ながら、俺は何から語るかを考えていた。
そんな俺に、ミュスカの方から先に話しかけてくる。
「レックス君、珍しいね。私に、話でもあったかな?」
少し、小首を傾げている。まあ、一番大事なことは決まっている。俺を助けてくれたことに、しっかりと感謝を告げること。
他の話は、大事ではある。ミュスカの正体とか、いろいろ。だが、とにかく後で良い。
ということで、まず俺は頭を下げていく。
「いや、ちゃんとお礼を言っていなかったと思ってな。ありがとう、ミュスカ」
「ふふっ、別に良いのに。でも、レックス君らしいね。うん、良いと思うな」
ミュスカは穏やかに微笑んでいる。それを見ながら、俺はお茶に口をつけていく。なんだか、妙に喉が渇くような感覚があった。
理由は、分かる。ミュスカが何者なのか、知りたいような知りたくないような。そんな気持ちの間で、迷っているのだろう。
逃げかもしれないが、今は振られた話を続けよう。良いタイミングを待つのも、大事なはずだ。
「ミュスカが俺の願いを聞いてくれたおかげで、今があるんだ」
「ううん。レックス君が、私を求めてくれたから。だから、なんだよ」
優しい目で、俺のことを見つめてきた。友達として隣で支えて欲しいと言ったことが、きっと良かったのだろう。
だからこそ、怖い。ミュスカが、本当は邪神の眷属を操れたのだと言われることが。少し、カップを持つ手に力が入る。
音を立てないようにゆっくりと置いてから、俺は返事をした。
「お前は、俺にとって大切な友達だからな。それは、決して変わらないはずだ」
「うん。私も信じているよ。レックス君とは、ずっと仲良くできるって」
まっすぐに俺のことを見ている。どこまでも、澄んだ目で。きっと、俺のことを信じてくれているのだろう。
だからこそ、言わなければならないことがある。俺たちの関係を、ハッキリさせるためにも。
軽く息を吸って、俺はゆっくりと話し始めた。
「お前も気づいていたとは思うが、かつては……」
「うん。レックス君だって気づいていたけど、私だって。ね?」
俺はミュスカを疑っていたし、ミュスカは俺に悪意を持っていた。そういうことだ。
お互い、分かっている。触れたこともある。だが、まっすぐに向き合う機会は、きっと必要なこと。
俺たちにとって、信じるということはそういうことだ。何もかも見ないふりをすることじゃない。だったら、きっと聞かなければいけないのだろうな。ミュスカが抱える真実を。
ミュスカは、頬を緩めている。その姿が、どうにも遠く感じた。
「……悪い。嫌なことを言わせてしまったな」
「ふふっ、気にしなくていいよ。レックス君を破滅させようとしていたのは、事実だから」
「お前は、強いんだな。そうもハッキリ、自分に向き合えるんだから」
「レックス君のおかげだよ。本当の私を、受け止めてくれたから」
晴れやかな笑みを浮かべている。おそらく、何らかの形で吹っ切れたのだろう。
そして、きっと俺の友達であり続けると決めてくれたはず。だからこそ、怖い。口から、問いかけるべきことが出てこない。
俺は、弱いのだろうな。どれほどの力を持っていたとしても、変わらずに。
「なら、良かった。ミュスカのことを信じたのは、正しかったんだ」
「運が良かっただけかもしれないよ? それとも、今も演技なのかもね?」
「本当に演じているのなら、疑わせる理由はないだろう。それが答えだ」
「お人よしだね。レックス君の考えを読み切っているだけかもしれないのに」
ミュスカの言うことは、分かる。言わば、定番のやり取りだからな。自分を疑わせるような物言いをする人を信じるというのは。
なら、あえて逆手に取って信頼を稼ぐ。そんな計算だって、きっとできるはず。ミュスカなら、容易なのかもしれない。
だが、だからこそ信じる意味がある。疑いの心をただ捨てるのは、信頼じゃない。単なる盲信なのだから。
ミュスカは悪い心を持っている。計算高く行動できる。それを否定することに、何の意味もない。
だとしても。ミュスカは俺の友達でいてくれる。そう信じる。俺は誓ったんだから。
「それもそうか。ミュスカなら、できるんだろうな。でも、俺の結論は変わらない」
「ふふっ、嬉しいよ。そんなレックス君がいたから、私はまっすぐに前を向けるんだ」
「ミュスカ……」
「大丈夫。今の私は、満たされているから。レックス君がいる限り、ね?」
ミュスカは満面の笑みを浮かべている。心から、幸せだというように。なら、俺はその笑顔が続くように行動しよう。
きっと、それが一番良い未来につながる。確かな予感があった。
「ははっ。なら、ずっと一緒にいないとな。大変なことになりそうだ」
「そんな冗談まで、言えるようになったんだね。レックス君も、変わったかな」
ミュスカの言葉で、少し考えてみる。俺の意図としては、言われた通りの冗談だ。ミュスカがうっかり暴走しかねないみたいな。いま思えば、ちょっと危うい物言いだったかもしれない。
ただ、かつてのミュスカが相手なら言わなかったのは確かだろう。そんな冗談を言えば、本気で敵意を向けてくる。そう思っていたはずだ。
なら、俺は確かにミュスカを信じられるようになったのだろう。少しだけ、笑い声がこぼれた。
「どうだろうな。いや、確かに変わったか。疑っていた頃なら、絶対に言えなかった」
「本当のことになっちゃうもんね。当時の私は、めんどくさかったよね」
「ははっ、そうかもな。でも、そんなミュスカだからこそ、大事にできたんだ」
「あっ、ひどい。女の子に言っていいセリフじゃないよ、もう」
頬を膨らませながら、軽く俺をにらんでくる。さすがに、ちょっと踏み込みすぎたみたいだ。
確かに、女の子にめんどくさいと言うのはひどいかもしれない。そこも好きではあるが、ミュスカの気持ちが大事だよな。
ひとまず、俺は頭を下げていく。
「悪い悪い。今のミュスカなら、許してくれそうな気がしてな」
「まあ、私は許すんだけどね。気を付けないと、大変なことになるよ?」
ちょっとだけ、ジトッとした目で見られた。うっかりカミラとかフェリシア相手にやったら、確かにとんでもないことになる気がする。
俺は、きっと針のむしろに座ることになるだろう。目に見えるようだ。
「それは、そうだな。気を付けるよ。ありがとう、ミュスカ」
「ふふっ、どういたしまして。こっちからも、ありがとう」
「どうしたんだ、急に。いや、受け取るが」
「聞きたいこと、あるでしょ? 今から、教えてあげるね」
ミュスカは、俺とまっすぐに目を合わせてきた。
結局、俺からは切り出せなかった。だが、これを聞くことから、俺たちの本当の関係が始まるのだろう。
しっかりと聞くために、俺は姿勢を正した。




