539話 リーナの想い
王家に対する反逆が起きたのは、私と姉さんの狙い通りではありました。ただ、予想以上に苦戦したことも事実です。
邪神の眷属は、とても強かった。正確には、物量があまりにも多かったと言うべきでしょうか。
だからこそ、レックスさんがいなければ、私たちは危なかったでしょう。ミュスカさんだって、大きな価値を持っていましたが。
総合的には、私の活躍というものは少なかったと言えるでしょう。
「また、レックスさんに助けられてしまいましたね……」
暗殺者から命を助けられ、大事にされる喜びを知って。それからの私というものは、レックスさんに与えられてばかり。
そもそも、レックスさんの父を殺させてまで、私たちを選んでもらったんですから。どれほどの負担を、レックスさんに強いてきたことか。
だからこそ、今のままではダメなんです。もっともっと、強くならないと。
私は、まだまだ魔力を増やさないといけません。全身から絞り尽くして、絞られるような痛みに耐えてでも。
そうしなければ、私は私を認めることができないんです。
「借りばかり作っていては、良くありません。ちゃんと、助けにならないと」
私は、レックスさんに胸を張ることができなくなってしまいます。そんな未来は、嫌ですから。
レックスさんと結ばれたい。だからこそ、心だけでも対等になりたいんです。私の計画が進めば、立場は下になってしまいますけれど。それでも。
愛される分だけ、愛して返したい。それこそが、私の愛。であるならば、レックスさんより弱いままではいけないんです。力なくして、何も返せないんですから。
やはり、毎日魔力を絞り尽くすべき。その結論は、変わりませんね。
レックスさんに私の想いを伝えるには、まだ早すぎるんです。
「それだけじゃありません。姉さんの計画が進んでいる証でもあります」
レックスさんを英雄にして、姫と勇者が結ばれる物語を作る。そんな計画が。
もし仮に成功されれば、私が結ばれることは遠くなってしまいます。避けられない、現実です。
私の策が成らない限り、どうあがいても姉さんには勝てません。勝つだけの材料を、私は持っていないんですから。
レックスさんが私を一番に愛していたとしても、ダメなんです。それが、王族というものです。
だからこそ、あまり早く進まれると、私は詰んでしまう。そうなる前に、手を打たなければ。
「困りましたね……。私にとっては、都合が悪い……」
爪を噛みそうになってしまいます。ボロボロになった爪なんて、レックスさんに見せられませんけれど。
私を救った責任を、レックスさんには取ってもらいたい。けれど、救った相手が多すぎる。責任という鎖で縛り付けるには、状況が悪すぎるんです。
いっそのこと、後宮でも作る覚悟を決めましょうか。それにしたって、王女を後宮に入れるだけの材料が必要ですけれど。
やはり、最初に戻ってしまいますね。私の計画を実行できなければ、望む未来はやってこないんです。
「王国の戦力も、弱まってしまいましたし。どうしましょうか」
あんまり弱くなってしまうと、王女としての立場が危ぶまれますからね。王女でなくなった私は、レックスさんのそばには居られません。他の誰でもない、私が認められないんです。
だって、そうでしょう? 王女としての技能しか持ち合わせていない女が、その強みを捨てる。何が残るというのでしょうか。
私は、レプラコーン王国を絶対に存続させなければいけないんです。しっかりと、強い国として。
「いや、いっそのこと……。弱ったことを、利用しましょうか……?」
頭に浮かんだ道は、間違いなくレックスさんを困らせる道でしょう。借りを増やすだけで、何も返せないのかもしれない。
さっきまでの考えと矛盾するだけの、愚かな案。でも、私は止まれないんです。
だって、レックスさんと結ばれない未来に、私は生きていたくないんですから。そのためなら、醜い女にでもなりましょう。毒婦になったとしても、構わないんです。
それでも、私はレックスさんだけに戦わせはしません。どうしても捨てられないものは、確かにある。
よし、決めました。私の策を、もっと激しく進めましょう。
「あえて、王国の窮状を他国に広める。そうすれば、隙だと思われるかもしれません」
攻め込まれる兆候をつかんで、王国の敵だと喧伝する。その先で、打ち破る。レックスさんが、英雄として。
そう。民の想像を遥かに超えた、空前絶後の存在として。レックスさんを、誰も及びのつかない存在に仕立て上げる。
私は、どれほど残酷なんでしょうね。レックスさんは、絶対に望まないでしょうに。
ですが、私は堕ちましょう。そうしなければ、私の望む未来は手に入らないんですから。
ごめんなさい、レックスさん。私は、悪い女の子なんです。
さて、標的はどれが良いでしょう。よりどりみどりでは、ありますが。
「例えば、帝国とか。力こそが至上だというのなら……」
弱った王国というのは、狙い目になるでしょうね。やはり、帝国を贄とするのが良いでしょう。
以前から考えていたことではありますが、明確な色がついてきましたね。そろそろ、形になりそうです。
そう。私とレックスさんの未来のためには、絶対に避けては通れない道が。
「レックスさんに打ち破らせれば、帝国の価値観なら……」
強きものが支配すべき。そういう国です。王を打ち破れば王になれる。そんな仕組みすらあるくらいの。
レックスさんの力があれば、容易いでしょう。だからこそ、心苦しくはあるのですが。
結局のところ、私にはどこまでも冷たい血が流れている。呆れるほどに、です。
だって、いま私は笑みを浮かべているんですから。輝いた未来が、想像できてしまうんですから。
「悪くないかもしれません。レックスさんが皇帝になるのなら、王国は絶対に無視できません」
ブラック家は、王国から見ても大貴族。その影響が、帝国にまで広まる。つまり、王国はレックスさんに睨まれたら終わりになるということ。
だからこそ、逆転の道を王国は選びたくなるんです。ただ支配を受け入れようとせずに。
「それこそ、王国の姫ふたりを捧げるに足る。王国の版図を広げる結果にできるかもしれないんです」
レックスさんが私たちに情を抱けば、王国は更に発展するでしょう。帝国の技術や人材を取り込むこともできるでしょう。
そして、私たちは個人的に親しいと、もはや知られている。隠す理由もないんです。レックスさんを敵とする貴族は、滅び去ったのですから。
なら、私と姉さんがレックスさんと結婚すること。それは、王国の利益にもつながるんです。
「レックスさんとの婚姻で、レプラコーン王国が帝国を手に入れる。それはどうでしょう」
レックスさんを通して、実質的に帝国を支配する。そう。レックスさんを誘導することで。
現実がどうであれ、そういう建前を演じましょう。私と姉さんが計画したことだなんて、誰も知らなくて良いんです。
「筋書きとしては、悪くないでしょう。私が、レックスさんと結ばれるためには」
頭の中で、何度か計画を回してみます。実現できそうな目処が立ったように感じます。
ならば、後は実行に向けて動くだけ。それだけで、私の望む未来はやってくるんですよ。
「私たちの支配下に置かれるのなら、帝国の民も大事にしましょう」
自国民の利益を守るのは、大切な役割ですからね。王家の一員である私にとっては、義務でもあります。
もちろん、私自身の利益にもつなげるつもりですけれど。そのために、民を効率よく消費しましょう。使用しましょう。
「それが、王族というものでしょう。姉さんなら、分かってくれますよね?」
私と、同じ血が流れているんですから。どんな手を使うかなんて、分かるはずです。
レックスさんは、絶対に譲りませんからね。




