538話 ミーアの感謝
私は、反乱を起こした貴族との戦いでレックス君に助けられた。貴族たちとの戦いそのものでも、邪神の眷属が大量発生した時にも。
ミュスカちゃんがいなければ、きっと大変なことになっていたでしょうけれど。それも含めて、良かったんだと思うわ。レックス君は、ようやく誰かに頼ることの価値を正しく理解できたんだもの。
本当の意味でレックス君にできないことは、今まで無かった。今回、ようやく力が足りないという経験をした。それが、私たちの関係を大きく変えるはずよ。
そんなレックス君の人気をあげるために、私はパレードを実行したわ。もちろん、他の意図もあったけれど。いくつもの狙いを同時に達成してこそ、策というものだもの。
民衆の慰撫、王家の価値を表明すること、そして、レプラコーン王国は変わるのだと示すこと。大きな目的は、全部達成できたわ。
「ふふっ、パレードは大成功だったわね」
これで、私の計画は一歩進んだ。レプラコーン王国は、私の手に収まるでしょう。ここからが、勝負どころではあるけれど。
内乱を何度も何度も起こしていては、流石に国民は疲弊する。そうならないように、今回を最後にしないといけない。
だからこそ、国を一つにまとめるための旗印が必要。私だけじゃなくて、ね。
「レックス君を英雄に仕立て上げることができた。それだけで、大きいわ」
これで、レックス君の人気は確実に上がった。もちろん、私の仕込みだけれど。パレードの前段階で噂話を流したし、本番でもレックス君を称える人員を雇った。
民衆の意識をしっかりと操作するためには、こういう技術が大事なのよ。自分で考えていると思わせながら、私の狙い通りの思考をするようにね。
大勢さえ決まってしまえば、後は勝手に大派閥になった民衆が、私たちの敵を排斥してくれる。自分とは違う考えを許容できないのが、民衆ってものだもの。邪魔な時もあるけれど、今回は都合が良いわ。
そのためにも、流れをしっかり作るのが大事。民衆に与える情報を、いい感じで制御しないとね。
だからこそ、フィリス先生があの場にいた事実は大きいわ。最強のエルフが認めたことが、確かな事実として広まる。広める。それが、未来につながるのよ。
「しかも、私への敵対派閥も潰せたんだから。最高よね」
私の側に着いていても、必ずしも味方じゃない。隙さえあれば足を引っ張ろうとするような味方。私から利益をむさぼることだけを目的とした味方。そんな存在も、邪神の眷属によって消えてくれた。
つまり私は、被害者のままでいながら敵を排除することに成功したの。この事実は、とても大きい。
血の粛清なんてしてしまえば、輝く王女という姿からは遠ざかってしまうもの。今の状況なら、情報を操作すれば良い。民衆を踏みにじろうとする貴族が、私を嫌ったのだと。あるいは、闇に魂を売ったのだと。
だから、とても順調に進んでいると言っていいわ。本当に、いい方向よ。
「課題としては、人員の不足があるけれど……」
多くの貴族が死んだ以上、穴埋めは必要になってくるわ。私の味方に吸収させるだけでは、限界があるもの。新しく取り立てることは、必須よね。
とはいえ、まだまだ実績も経験もない存在ばかり。貴族としての役目を果たすには、不安もあるわ。
ただ、最初から完璧を求めても仕方ない。必要な犠牲だと、割り切りましょう。仮に新人が失敗して、飢える民がいたのだとしても。
できるだけ、犠牲は減らしたいものだけれど。民が減るということは、働き手が減るということなのだから。
そのためにも、ちゃんと誰に任命するのかをよく考えないとね。誰が役割を果たせるのか、しっかりと。
「だからこそ、私への忠誠心で人を選べる。必ずしも、悪くないわ」
私の指示にちゃんと従うということは、とても大きい。私の理想に近づくという意味でも、経験の不足を補うという意味でも。
ちゃんと言うことを聞くのなら、良い思いをさせてあげましょう。私を侮るというのなら、失態を演じてもらいましょう。仮に私を慕うのだとしても、同じこと。忠誠がゆえに逆らうなんて、能力と信頼があるものだけに許された特権よ。
私なら、リーナちゃんや近衛騎士。そしてレックス君なら、私への反対意見だとしてもちゃんと聞く。その段階にすら達していないのに、うぬぼれるのなら。もう、私の民じゃないわ。
ただ、有効に使えそうな人材には心当たりがある。裏で手を回していたのが、今になって効いてきそうね。
「レックス君のマネをしていて、良かったわ。学校もどきの発想は、良いきっかけになったもの」
慈善事業という体で、主に子どもたちに教育を与えた。時々、顔見せをして交流もしていた。だからこそ、ある程度の見込みはつく。
レックス君に嫉妬心を抱いているような子もいたけれど、論外よね。恋愛感情で判断を鈍らせるような愚か者に、大事な仕事は任せられないもの。
私に恋をするにしても、身の程というのは大事よ。私に何も与えられない存在を選ぶ理由なんて、どこにもないのに。レックス君と違って、ただの弱者なのだから。
だからこそ、私はしっかりと人を選ばないとね。必要なら、事故にあってもらいましょう。
「私とリーナちゃん、レックス君が中心となる。その邪魔は、させないわ」
王というものは、周囲の顔色をうかがうものであってはならないわ。周囲こそが、王の顔をうかがうべきなのよ。
とはいえ、あまり支配が強すぎても、報告書をごまかされかねない。処罰を恐れるがゆえに、余計なことをされる。そこに対策することも、必要よね。
「ふふっ、闇魔法での監視体制も、良いわよね。ミュスカちゃんに、手伝ってもらいましょう」
レックス君より先に一歩踏み込んで、必要な時に思考を覗けるようにしてもらいましょうか。私との面談の段階で、どの程度裏切っているかを把握するために。
それに、罰するだけじゃない利益もある。ちゃんと事実に基づいた評価をすることもできるんだもの。
「反感にムチを打つことも、知られていない努力に飴を与えることもできる。便利よね」
絶対に悪事は気付かれる。コツコツ努力すれば、認められる。そんな状況を作れば、後は勝手にいい方向に進む。
古来より、人員の評価こそが組織にとっての最大の課題なのだから。そこを改善できるのは、大きいなんてものじゃないわ。
「いっぱい成果を出す人だけじゃなくて、影の功労者も認める。それでこそ、支配は深まるのよ」
公明正大な王として、名を残すことができる。それこそが、私を慕うものも恐れるものも増やす鍵。
私のもとで、レプラコーン王国は一つになるしかないのよ。
「レックス君は、ただ優しさで実行しているんでしょうけど。私は違うわ」
誰かを守るためという話ではないわ。私の狙いは、レプラコーン王国を私に逆らえなくすること。
もちろん、いたずらに圧政を敷くつもりはないわ。無駄だもの。民を傷つけても、損失が増えるばかり。良き市民である限り、幸せに生きられる。それを正しく実現できてこそ、私の利益も最大化するのだから。
国力を損ねるような悪政を敷いても、外敵に打ち破られるだけ。そんな視座の低さでは、何一つとしてなせやしない。私は、そこまで愚かじゃないもの。
「姫として、いずれ王となるものとして、打算を交えていきましょう」
民にとって理想の王を、演じましょう。そうすることによって、私は正しく王になれる。民衆の敵に、悪に対して強気に出て、可哀想な存在には慈悲を向ける。理想の王として、誰からも望まれる存在になりましょう。
「それでこそ、誰かを支配できるのよ。レックス君に、教わったことだわ」
ただ強いだけでは足りない。ただ優しいだけでも。悪意では、限界がある。善意には、弱さがある。それらすべてを束ねるものこそ、善を演じる強者ということ。
そう。民衆には、どこまでもきれいな私を見てもらいましょう。輝く私を、夢見てもらいましょう。裏で何があるか、知らぬままに。
「感謝こそが、何よりも強く人を支配する。ありがとう、教えてくれて」
レックス君との出会いは、あらゆる意味で私の財産になったわ。私とリーナちゃんとの関係を改善してくれたこと。私に恋を教えてくれたこと。そして、私に支配の道を示してくれたこと。
だから、あなたは絶対に幸せにしてあげる。それが、私の気持ちよ。
「この調子で、レックス君との結婚に近づいていきましょう」
誰からも祝福されながら、私たちは結婚式を挙げるの。歓喜の声の中で、キスをするの。それって、とっても素敵なことだもの。
「今なら、邪神に感謝できそうな気分よ。ねえ、ミュスカちゃん」
きっと、あなたも喜んでくれるわよね。そのために、私たちを危機におとしいれたのでしょう。
だけど、許すわ。私達の未来は輝いている。それは、ミュスカちゃんのおかげだもの。




