537話 笑顔のために
平和になったことを示すために、王女姉妹主導でパレードをすることになった。今は開催の直前。
参加者は全員集まっており、今回の作戦に参加した人ばかり。俺の知り合い以外も居るが、今は知り合いで集まっている。というか、パレードでも集まる予定だ。
こういうところから派閥ができていくんだろうという気はするが、知らない人と仲良くパレードするのも難しい。妥当なところなんだと思う。
ミーアはみんなを見回して、ゆっくりと口を開いていく。
「さて、行きましょう、みんな。王家の威信を、示す時よ」
「大げさなようで、事実なんですよね。ここで民衆に示すことが、大事なんです」
ミーアもリーナも、かなり明確に意図を持ってパレードを実行しているようだ。当たり前のことではあるのだが、その当たり前が案外難しい。
なんだかんだで、思いつきで行動することってよくあるからな。そういう意味では、王女姉妹はとても優秀だと言える。
「じゃあ、気合いを入れていかないとな。といっても、手を振るくらいだが」
「それが一番大事なのよ。この人達がいれば大丈夫。そう思ってもらうことがね」
「話すべきことは、私たちが話します。いつも通り、合わせていただければと」
「分かった。みんなも、よろしく頼む」
そう言って、俺は周囲に頭を下げる。知り合いはみんな、反応を返してくれた。ひとまず、俺の役割は決まっている。果たせるように、頑張らないとな。
本番になると、まずは集まった民衆の前に立っていく。通りを回る前に、一度演説をする流れだ。
俺たちはミーアとリーナの後ろに並んで、姿勢を正して立っている。ミーアとリーナが、息を吸った。
「レプラコーン王国には、多くの災難が訪れました。ですが、私たちは決して屈しません!」
「私たちの手で、あなた達に安寧を。未来を。希望を。それが、王家の務めです」
民衆たちは、静かに聞き入っている。特にミーアは、人気が高いようだからな。それもあって、しっかりと聴衆に届いているのだろう。
そのまま、ミーアは声を張り上げて話していく。リーナも、しっかりと遠くまで届く声を出していた。
「レプラコーン王国は、倒れません。より強く、立ち上がるでしょう!」
「ここに居る多くの英雄たちが、あらゆる敵に勝利を収めるでしょう。無論、私たちも戦います」
「その中心となるのが、かのフィリス・アクエリアスすら認める最強。レックス・ダリア・ブラックなのです!」
ミーアに腕で指し示され、俺は前に出ていく。儀礼用の剣を振り上げて、予定通りの宣言をする。
「必ず、俺たちの手で王家を、国を、民を、守り抜いてみせよう!」
「レックス! レックス!」
「私たちの英雄よ! 私は見たの!」
ひとり、ふたりと声を上げていく。それから、爆発的な歓声が巻き起こっていった。大きな流れになっていて、かなりコールが響いている。
その間、俺はずっと剣を掲げ続けていた。ちょっと疲れたのは、俺だけの秘密だ。
演説が終わった後は、馬に引かれながら、豪華な荷台のようなものに乗って笑顔で民衆に手を振っていく。その間、軽く雑談をしていた。
護衛なんかもいて、民衆は声の届く距離に来られない。暇なのもあって、話は進んでいく。
「バカ弟も、案外サマになってたじゃない。馬子にも衣装ってやつね」
「カミラさんも、素直ではありませんわね。いつもとは印象が違うのは、確かですけれど」
「お兄様は、いつでもカッコいいの! ね、お兄様!」
カミラがいつも通りの厳しい態度を取って、フェリシアが合いの手を入れる。なんだかんだで、ふたりとも声が優しい。ツンケンされても、からかわれても、俺がふたりから大事にされているとよく分かる。
メアリは元気いっぱいに、俺を褒めてくれる。無邪気に慕ってくれるのは、素直に癒やされるところだ。
「……課題。レックスは、もっと人々の前に立つ練習が必要」
「フィリスとて、最強の魔法使いとして何度もやってきたことだからな。私には、教えられないが」
「僕たちにも、いずれ必要になるのかな。レックス様でも難しいなら、厳しいよね」
フィリスが俺の不慣れを指摘して、エリナが軽く同意する。こういうところでも、俺を導いてくれているんだよな。本当に、ありがたい師匠だ。魔法だけ、剣だけを見てもいいだろうに。人生を導くような存在であってくれる。どれほど得難いことか。
ジュリアはちょっと不安そうにしている。俺としても、分かるところだ。人前に立つのは、戦いとはまるで別種の難しさがある。
特に知り合いでもない人ばかりだから、いまいち対応が分からないんだよな。以前は嫌われてばかりだったし、今なら大丈夫なのかも気になる。
まあ、慣れていくしか無い。絶対に必要なのは、間違いないからな。
「逆に、私たちが先に覚えれば、なでなでと抱っこを狙える」
「レックス様に教えるってことよね。それは……素晴らしいわ……」
「あたしなら、お役に立てると思いますよ。立場がありましたから」
サラとシュテル、そしてラナは俺に先んじようとしているみたいだ。実際、誰かに教えてもらうのは大事だからな。身につけて教えてくれるというのなら、なでなでと抱っこくらい安いものだ。
まあ、仕事の一環にもなるのだし、ちゃんとした報酬も必要ではあるが。誰に任せるのかも含めて、よく考えていこう。
「近衛騎士とも、連携を取ることになるでしょう。手を取り合うことも、大事ですね」
「ふふっ、レックス君は人気者だね。その調子なら、きっと他の人たち相手でも大丈夫だよ」
「私としても、手伝わせてもらおうかな。レックス君が好かれるのは、嬉しいものだよ」
ハンナが穏やかな声で話し、ミュスカとセルフィは俺を励ましてくれている様子。こういう時に手伝ってくれる仲間がいることこそ、俺の何よりの財産だ。
なんだかんだで、みんなが俺を大事にしてくれている。その分、俺もみんなを大事にしないとな。それが、お互い様というもの。
友達として、ちゃんと助け合っていきたいものだ。一方的に借りを作るだけじゃなく、返せるように。
「あたくしだって、負けていられなくってよ。ねえ、レックスさん」
ルースは俺に対抗意識を持っている様子。こういうところでも、高め合えるのは良いことだ。良いライバル関係として、お互いの成長につながっていくだろう。
魔法使いとして、貴族の当主として。そしてひとりの人間として。ルースには、そう簡単に負けていられない。良い勝負になった方が、俺たちにとって良い影響があるだろうからな。
「みんなの笑顔は、良いものだな。こうして見られる機会を、増やしたいものだ」
「レックスさんも、お人よしなことです。前から分かっていましたが、変わりませんね」
「私たちが、みんなを導くのよ。笑顔があふれる未来へね」
ミーアの言葉に、俺は深く頷いた。仲間だけじゃなく、この国の未来も大事だからな。
俺たちは、平和を守らなくちゃいけない。その誓いを、パレードに集まってくる民衆に向ける笑顔に込めた。




