533話 求める力
邪神の眷属と戦い続けて、どれだけ経っただろうか。数分かもしれないし、数時間かもしれない。いずれにせよ、ただひたすらに敵が増え続ける時間は、俺たちの心を確かに削っていた。
それでも、俺は魔法を使い続ける。きっと俺は、魔力が尽きるまで同じことを繰り返すだろう。その先に何が待っているとしても、変わらない。
勝てるのか、負けるのか。何も分からないまま、ただがむしゃらに魔法を使い続けていた。
「いったい、いつになったら終わるのかしら……」
ミーアが、そんな言葉をこぼしたのが聞こえた。やはり、厳しいのだろう。何度倒し続けても、敵は同じように現れ続ける。俺だって、正直不安だ。泣き言を漏らしたいほどに。
だが、諦めたら終わりだ。もし敵が無限なのだとしても、諦めることだけはしてはならない。何か、奇跡が起きる可能性もあるのだから。
俺のやるべきことは、ただ魔法を撃ち続けることだけ。それだけだ。だが、みんなの希望を絶やしちゃダメだよな。
「厳しいようなら、俺に任せてくれ! 必ず、なんとかしてみせる!」
そう言って、ミーアに迫る敵に対しても魔法を撃つ。俺に寄ってくる敵も、切り裂いていく。
かなり、胸のあたりが苦しい。だが、止まっている余裕はない。最後まで、やり切るだけ。そうじゃなきゃ、生きている意味がない。
「レックスさんの方こそ、息が上がってるじゃないですか! 無茶です!」
「それでも、やるしかない……! 俺が、みんなを……!」
また、魔法を撃つ。敵がふたつに分かれる。また敵が現れる。また魔法を撃つ。
吐き気がせり上がってくる。指先から頭まで、どこもかしこも痛い。きっと、魔力が減っているのだろう。目がかすむような感覚が、少しあった。
ちょっとだけ、目に魔力を仕込む。それで、最低限の視野を保つ。残りは、ただ魔法にだけ注ぎ込む。
「ダメよ、レックス君! 私だって、まだやれるわ!」
ミーアが勢いよく魔法を放ち始めるのを感じた。頑張っているのは俺だけじゃない。そんな状況で、痛み程度に屈するのか? あり得ない。
たとえ体がバラバラになろうと、生きている限りは続けるだけ。単純な話だ。
「なら、絶対に諦めたりしない! 俺は、どこまでも戦えるぞ!」
「またレックスさんに助けられましたね、姉さん?」
「弱気になっちゃって、ごめんね。でも、もう大丈夫よ!」
そう言いながら、ミーアもリーナも魔法を放ち続ける。みんなが燃え上がっているのを、何も見ずとも感じていた。
俺だって、心を体を燃やし尽くせ。限界を超えろ。その先にだけ、未来があるんだ。
「さあ、まずは一匹! 剣魔合一!」
「私だって、倒さなくちゃね! 神の裁き!」
「遅れを取るのが私だけじゃ、恥ずかしいですよね。失墜する星!」
一斉に、魔法を放っていく。俺が魔力と一体化した刃で敵を切り裂き、ミーアが光で敵を焼き焦がし、リーナが隕石で押しつぶすのを感じる。
なんというか、魔力の揺らぎが加わっているのが分かった。これなら、さっきまでよりペースが早くなるはず。いけるかもしれない。
「みんなも、敵に通じやすい方法が見えてきたみたいだな!」
「これだけ戦っていれば、当然ですね。まだ減らないのが、厄介ではありますが」
「でも、きっと有限のはずよ! 頑張り続ければ、いつかは!」
ミーアの言う通りだ。不安がよぎっていたが、本当に無限であるはずがない。耐え続けてさえいれば、必ず勝てる。そのはずだ。
だから、残りの力を振り絞れ。何度でも何度でも、敵を打ち破るまで。
「ああ! 俺たちなら勝てる! どんなに多くの敵だろうと!」
「本当に、暑苦しいったらありません。でも、今はそれが心強いです」
「リーナちゃんの皮肉屋ぶりも、今はありがたいわ!」
「うるさいですよ、姉さん。余計なことを言わないでください」
そんな漫才みたいな会話も、ありがたい。落ち着いた時間にこんな会話をするために、俺は戦うんだ。自分がどんな理由で戦うのか、あらためて見つめ直せた。
ちょっとだけ、笑いが込み上げてくる。その感覚が、きっと俺たちの勝利につながるはず。
「ははっ、今の俺たちは、きっと最強だな!」
「そうね! 私たちのつながりは、誰にも切れないのよ!」
だからこそ、俺たちは勝てる。このつながりが、どれだけだって力をくれるから。痛みに耐える覚悟を。魔力を引き出す意志を。なんとしてでもみんなを守るという決意を。
そうだ。俺の心が折れない限り、負けるわけがない。どこまででも、やってやるさ。
「どれだけでも、かかって来い! どれだけでも、叩き潰してやる! 剣魔合一!」
「まったく、付き合いきれませんよ。でも、黙って待っていられません! 失墜する星!」
「私だって、守られるだけの存在じゃないのよ! 神の裁き!」
一斉に魔法を発動して、何体か倒す。そこから連続して魔法を放ち、かなりの数を倒すことができた。
今の敵は、数えられる程度に収まっている。ということは、そろそろのはずだ。
「よし、だいぶ減ってきたか……? あと、もう少しだ……!」
「待って! 何か大きな気配があるわ! え……?」
ミーアが言うが早いか、さっきまでより明らかに多い眷属が現れ始めた。それも、何も無い空間から突然に。
つまり、さっきのはぬか喜び。わざわざ、敵は緩急をつけてきたみたいだ。
「ふふっ、波の前にある凪ということですか。粋なものですね。ええ」
ミーアとリーナに向けて、多くの敵が襲いかかる気配を感じた。こっちに来る敵を斬っている間に、近づいているのが分かる。
ふたりの方を向いた頃には、もう組み付かれる直前だった。
「くっ、ふたりとも!」
「きゃあああっ! このっ、離れなさいよ!」
「レックスさん、私たちのことより……!」
「邪魔を……するな! 剣魔合一!」
俺の方にも、敵が寄っている。それを意図的に無視して、ミーアたちを助けるための技を放つ。ギリギリまで魔力を広げて、同時に助けられるように。
針の穴を通すような繊細さで、ミーアとリーナに当たらないように敵を切り裂いていく。意識が遠のくのを、少し感じた。
なんとか、自分の体を取り戻していく。だが、全身の痛みは、すべての肌を引き剥がされるようにすら思えるくらい。
また、意識が遠くなる。それでも、もう一度魔法を使う。今度は、ふたりに近づく敵を仕留めるために。
俺の方に敵が近づいてくるのを、肌で感じていた。
「そのままじゃ、レックス君が……! 神の裁き!」
「自分だけ犠牲にして、私たちが喜ぶと思っているんですか! 失墜する星!」
ふたりは俺の方に向かう敵に、一斉に魔法を放つ。その敵たちが、ふたりの方に駆けていく。何体か切り裂いて、それでも間に合わない。また、ふたりは組み付かれていった。
「ふたりとも! くっ、このままじゃ……! 俺に、もっと力があれば……!」
そんな声が、つい出てくる。魔法を使いながら、限界を感じる。
視界が、一気に暗くなるのが分かった。暖かさに包まれるような感覚があった。
「ねえ、力が欲しい? レックス君は、何を望むの?」
気づいたら、そんな声が俺のもとに届いていたんだ。




