530話 曖昧な予感
次の戦いの場に向けて転移するために、今度はミュスカと協力することになった。
作戦そのものは単純なのだが、成功するのかどうなのか。やってみなければ分からないし、まずはやってから考えるしかない。
こういう時に、事前に検証できていたら助かるんだが。まあ、すぐに会える関係でもないし、難しかったか。
後悔するよりも、とにかく今は成功させるための手段を考えよう。それで良いはずだ。
今は、ミュスカとふたりで作戦の準備をしている。といっても、特に道具を用意することもないんだが。しいて言うのなら、集中するために人から離れているくらい。
一応、味方の陣だし安全だとは思うんだよな。防御魔法を込めたアクセサリーもあるし、最悪の事態は避けられるはずだ。
やはり、まずは試してみることからだな。ということで、俺はミュスカの方を見る。柔らかい笑顔が返ってきた。
「じゃあ、やろっか。といっても、少しはかかるだろうけれど」
「まあ、転移が必要な距離まで魔力を広げるわけだからな。逆に、なんでできるんだ……?」
提案された時は疑問に思わなかったが、かなりの絶技じゃないか? 少なくとも、今の俺にはできないだろう。
まあ、試したことすらないから、やってみればできたりするのかもしれないが。
ミュスカは楽しそうに微笑んでいる。なんというか、母性みたいなものすら感じた。
「ふふっ、私の魔力は無限だからだよ。なんてね」
「本当だと言われても、何も驚かないぞ。それくらいのことをしている気がする」
「あはは。本当に無限だったら、転移するまでもないよ」
冗談だったみたいだ。実際に無限だったら、それこそ何でもできそうだ。仮に俺が無限の魔力を持っていたら、世界征服すら容易なんじゃないだろうか。いや、やる気はないが。
まあ、一万の軍を平気で崩壊させられるレベルの魔法使いなら、無限とあんまり変わらない気もするが。無限は格が違うのは事実だが、無限の魔力を持つ存在と直接戦いでもしない限り実感はしないだろう。
言ってしまえば、1000年動く電池と無限の電池みたいな話というか。一般人視点では、何も変わらない。
とはいえ、差があること自体は否定できない。まあ、考えても仕方ないか。ミュスカの魔力は無限じゃないのだから。
「確かに。一方的に遠距離から攻撃し続けて、それで終わりか」
「うん。だから、レックス君の力も必要なんだよ。ね?」
「俺が役に立てるというのなら、頑張らせてもらうよ」
「もちろん、とっても頼りにしているよ。私だけじゃ、足りないからね」
そして、俺だけでも足りない。ミュスカがいなければ、今回の作戦は思いつくことすら無かったはずだ。
やはり、ミュスカが仲間でいてくれて良かった。おかげで、大切な仲間を守れるんだから。
「だが、それでもミュスカのおかげで楽ができているんだ。ありがとう」
「気が早いよ。それこそ、結果が出てからで十分でしょ?」
ミュスカは小首を傾げている。言っていることは、まあ分かる。だが、ちょっと違う。感謝というのは、結果にだけ告げることではない。
俺を助けようとしてくれて、案を出してくれて、実際に助けてくれる。その想いは、とても大事なものなのだから。
「ああ、そうだな。だが、お前の気持ちに感謝していることは、伝えておきたい」
「こちらこそ、ありがとう。ずっと、私を信じてくれて」
まっすぐに、俺のことを見ていた。実際のところは、出会ったばかりの頃は疑っていたが。でも、今は間違いなく信じている。仮に裏切られたとしても、構わない。それだけ、大事な友達なんだ。
「そんなの、ミュスカが信じられる人だったからだ。単純な話でしかない」
「ふふっ、嘘ばっかり。でも、そういうところも好きだよ」
ミュスカは晴れやかな顔で告げてくる。少しだけ、見とれそうになった。満開の花よりも、よほど華やかに思えて。
やはり、ミュスカは魅力的だよな。それは、誰にも否定できない事実だ。
「そうか。お前に好きと言ってもらえるのは、嬉しいな」
「もう……。それが本心なんだから、レックス君なんだよね……」
「何か悪口みたいに俺の名前が使われてないか?」
「あっ、そろそろ到着したかも。こっちで誘導するから、撃ってみて」
すっとぼけた笑顔で言ってくる。まったく、困ったものだ。だが、悪くない。
なんというか、これまでのミュスカよりも親しみを感じるというか。気のせいかもしれないが、雰囲気が変わった気がする。
あんまり今の気持ちに浸れないのが、少しだけ残念かもな。
「話をそら……。いや、こっちの方が大事だな。うん、いけそうだ」
「じゃあ、よろしくね。どの程度の威力で撃つかは、任せるよ」
理想を言うのなら、こちらから爆撃みたいなのを落として全滅させることではある。だが、できるならやっている。
となると、どこまで敵に被害を出すかなんだよな。いや、いっそ逆転の発想はどうだ。一切敵に被害を出さずに、警戒心を奪うみたいな。
俺が遠距離から被害を出す攻撃をしてから転移をすれば、警戒態勢の敵と当たることになる。それくらいなら、隙が生まれるようにした方が良いんじゃないか?
どうせ、相手に致命的な被害を出すことはできない。本当に、悪くないかもしれない。
「そう大きな魔法は届かないし、いっそ気づかれない程度に威力を下げた方が良いかもな」
「レックス君が思うようにすれば良いよ。きっと、それが正解だから」
ミュスカは、そっと背中を押してくれる。そうだな。後は実行するだけだ。悩んでいても、遅れるだけ。なら、やるしかない。
何より、ミュスカだってずっと魔力を展開しているのは苦しいはず。それを考えたら、即決しないと。
「じゃあ、軽く魔法を落としていく。あくまで、狙いは転移の目印なんだ」
「そうだね。じゃあ、お願い」
ミュスカは、ちょっとだけ魔力の濃い場所を用意してくれた。それを目掛けて魔法を撃つと、うまく届く。
ということで、マーカーの設置自体には成功した。後は、みんなに任せよう。
「……よし、良い感じにできたと思う。後は、みんなで転移していくだけだな」
「気を付けてね、レックス君。なんか、変な気配もあった気がするから」
真剣な目で、ミュスカは告げてくる。それなら、警戒した方が良いな。よし、変な気配があるというのなら、そこは俺が担当しよう。
きっと、ミュスカが感じる違和感は、危険の証だ。だったら、俺の役割は決まっている。
「危険そうな場所には、俺が行ったほうが良いよな。どこか、教えてくれるか?」
「ここなんだけど……。伝わるかな?」
ミュスカは目的の場所を魔力の濃さで示す。確かに、伝わってきた。なら、俺の転移する先は決まったな。
さて、鬼が出るか蛇が出るか。いずれにしても、気合いを入れていかないとな。
「ああ、分かった気がする。ありがとう。ミュスカには、助けられてばかりだな」
「ふふっ、気にしないで。レックス君の力になれるのなら、それが一番なんだ」
「困ったことがあったら、何でも言ってくれよ。できる限り、お返ししたい」
「まあ、またいずれね。今は、戦いに集中しようよ」
ミュスカの言う通りだな。とにかく勝って、みんなで祝いたい。その後で、お礼をしていけば良い。
さて、何事もないと良いのだが。だが、決して油断はできない。直感のようなものが、そう告げていた。




