529話 心配すること
転移して向かった先の敵を倒し終えて、俺はミーナたちのところへ戻っていく。ひとまず、次の段階について相談するために。
どのような方針になるにしろ、俺の役割は大きい。だからこそ、しっかり話をしないとな。
王女姉妹はふたりで揃っていて、俺の姿を見て顔をほころばせた。
「ミーア、リーナ、第1段階は終わったぞ」
「ありがとう、レックス君。ただ、まだ動きがあるみたいで……」
「今度は、もう少し近くの貴族たちが連動し始めたみたいなんです」
となると、またすぐに動く必要があるかもしれない。そう休んではいられないだろう。
みんなで動く必要があるのか、あるいは俺を含めた少数でどうにかなるのか。いずれにせよ、俺は確実に中心になるからな。
まあ、そこまで疲れているわけじゃない。あと数回くらい戦ったところで、どうにでもなるはずだ。
「なら、戦いにいかないとな。だが、どうする? 同じ手段で、いけそうか?」
「待って迎え撃つという手もあるけれど、ルースちゃんたちが心配よね……」
「私たちの味方を見捨てたりしたという評判が出ても、面倒ですしね」
王都にたどり着くということは、そこまで進軍される間に被害が出るということだからな。つまり、王家の味方にとって危険な状況になるということ。
だからこそ、王家としては避けたい判断だろう。俺としても、ルースのことがあるのなら避けたい。
とはいえ、同じ手を何度も使うというのもな。問題点が、いくつか思い浮かんでしまうし。仮にひとりからでも情報が伝わっていると、対策が取れるとか。そもそも敵陣に侵入するのは簡単ではないとか。工作員の顔を知られる危険もあるとか。
本当に、悩ましいところだ。もっと良い案も、特に思いつかないし。
「とはいえ、工作部隊の消耗も激しかった。同じ手は、厳しいかもしれないわ」
「サラたちに大きな負担をかけることになるのも、できれば避けたい。だが……」
「なら、こういうのはどうかな?」
後ろから、ミュスカの声が聞こえる。振り向くと、笑顔で手を振られた。
少なくとも、王女姉妹と顔を合わせた段階では居なかったはずだ。王女姉妹の方を見ると、落ち着いた顔をしている。となると、そこまで予定から外れる行動でもないのだろう。なら、気にすることもないか。
「ミュスカ? 来ていたのか。どういう案なんだ?」
「私にも、転移が使えるからね。遠くから闇魔法を撃つのは、どうかな?」
ああ、なるほど。俺とミュスカが魔法を撃って、その魔力を転移のマーカー代わりにすると。敵陣に被害を与えつつ、同時に足がかりにもできる。実現できるのなら、良い案かもしれない。
とはいえ、どうやって撃つかという問題がある。空を飛んで接近するくらいしか思いつかない。
「目的地を確認できなきゃ、厳しくないか? さすがに、視認できる距離じゃないだろう」
「ミュスカさんが提案したあたり、対策があるのよね? まずは、それを聞かせてほしいわ」
ミーアはずっと落ち着いているな。こういう相手がいると、助かる。冷静に判断できる相手がいるということが、どれだけありがたいか。
ひとまず、ミュスカの考え方を聞いておくか。良い案じゃなかったとしても、発想の取っ掛かりにはなるはずだ。
「私が魔力を広げて目的地を調べる。レックス君が、私の誘導で魔法を撃つ。どう?」
「ミュスカだけでは……いや、薄く広げるとなれば、目印にするのは難しいか」
魔力を広げているということは、その中にある特定の場所を狙って転移するのは難しいだろう。マーカーが乱立しているようなものになるはず。
それに、急に一部分だけ魔力を多くするのも難しいだろう。薄く広げているのだから、集めるのは相応に大変になるはず。
となると、俺が手伝うのは妥当なところだな。実際、ミュスカの魔力をマーカーにして転移できるのかも怪しいし。
「うん。だから、私が言葉とかで指示していくんだ。できそうじゃない?」
「私は、良いと思うわ。仮に失敗したとしても、次の手を考える時間はあるもの」
「そうですね。転移の拠点を作るだけなら、誤射の心配も少ないでしょう」
なるほどな。失敗しても最悪の事態が避けられるのなら、やり得か。ミーアとリーナには策を考え続けてもらっても良いのだし。ミルラやジャンに相談するという手もある。
そして、成功すれば転移で飛んでいって叩けば良い。うん、良さそうだな。
「なら、決まりでいいか。フィリスが呼び出しに答えてくれれば、別の案もあったかもしれないが」
「助けに行かなくて良いの? フィリス先生が危険ってことはないかな?」
フィリスだけが、転移でこちらに来ていない。それは確かにおかしくはある。
悩みはしたのだが、ミーアやリーナも危険であることを考えると、どちらを優先するかになってくる。その感じだと、フィリスが傷ついているとか何かに侵されているとか、そういうのはない。
つまり、何か自分の意志で連絡を絶っていると考えるのが妥当なんだよな。裏切りなんてありえないし、状況が変わったのかもしれない。
俺が知らない方が、うまく解決できるのかもしれない。あるいは、俺が邪魔になるような状況なのかもしれない。
何か一言でも言ってくれれば、迷わずに済んだのだが。難しいものだ。
「魔力を探った感じ、空を飛んでこちらに向かっているだけなんだよな。他の異常もない」
「なら、先生には転移を使いたくない事情があるのかもしれないわ」
「こちらでも、人を用意しておきます。念の為、調査しておきましょう」
「目的地を調べるついでに、フィリス先生の状態も調べておくね。それでどうかな?」
今はみんなに任せるのが妥当なはず。少なくとも、フィリスの命が危ないという状況ではなさそうだ。だから、そこまで焦らずに済んでいる。
これで、俺の方に向かっているわけでもないのなら、もっと心配していただろうが。たぶん、転移を使いたくない理由があるというのが正しい。
もしかして、転移に対策が取られたとかだろうか。そうなってくると、作戦にも影響が出てしまうのだが。どうだろうな。今のところ、闇魔法に違和感があるわけでもないし、作戦もうまく行っているのだが。
ひとまず、俺だけで動いてみるのも良いかもしれない。それで問題がなければ、みんなにも転移してもらうとか。
「ああ、頼む。何も無いのなら、それで良いんだ。安心して、次の作戦に移れる」
「任せて。レックス君が安心できるように、頑張るからね」
「早く作戦を終わらせられれば、フィリス先生のところに転移するのも良いかもね」
「フィリス先生を倒せるだけの戦力は、まずいないですから。そういう意味では、問題ないでしょう」
実際、だからそこまで心配していないというのはある。これがサラやシュテルなら、もっと気にしていたはずだ。
フィリスほどの魔法使いが、逃げることすらできない状況。あんまりイメージできないんだよな。それに、異常も伝わってこないし。
もちろん、フィリスに何か困り事があるというのなら、全力で助けるつもりだ。それは、何があったとしても変わらない。
「ああ。だから、ちょっと気になるって程度ではあるんだ」
「じゃあ、早く倒しちゃおうよ。ね、レックス君」
ミュスカの言葉に、頷いた。早く終わらせてしまえば、フィリスのもとに転移したって良いんだ。それができれば、手っ取り早い。
さて、気合いを入れていこう。なるべく急ぎつつ、慌てないように。




