526話 ラナの技
あたしは、レックス様のために敵を殺す命を受けました。正確には、ミーア殿下とリーナ殿下のためですけれど。あたしの戦う理由は、レックス様が望むから。それだけなんです。
もちろん、勝つことが大事です。ですが、それ以上を求めるというのが、レックス様のしもべとしての姿勢でしょう。圧倒的な力を持ちながら、なお高みを求める方に仕えているのですから。
何らかの形で、より成長する。それでこそ、あたしの立場に見合うようになるんです。今回の敵は、ただの踏み台。
まず、あたしは建物の裏に転移しました。湖畔が見える、区画だった陣地。ここから、あたしの戦いは始まるんです。
「さて、あたしは効率よくいきましょう。まずは、一人目」
すぐ近くの建物。そこに、人の気配がありました。あたしの狙いは、単純です。敵の喉に魔力の水を貼り付けて、呼吸を止める。そして、殺す。
魔法という形すらしていない、原始的な技。それで殺せるというのなら、幅は大きく広がります。
あたしは、ただ強い魔法を使うという点では、絶対にレックス様に勝てません。だからこそ、別の道を探さなくては。今回の戦いは、その一歩になってくれるでしょう。
「が、がぼ……」
魔法をかけた相手は、喉をかきむしりながら声も出さずに抵抗しています。ですが、無駄なこと。喉に張り付いた魔力は、ただの動作で剥がせるものではありません。
もし解除できるとしたら、魔力を練り上げてあたしの魔力を排除するとかでしょうか。まあ、タネに気づいて冷静に判断できる相手が、どれだけ居るかですけれど。
ひとまず、一人目は崩れ落ちていきました。そのまま、引き続き魔力を貼り付け続けます。心臓も止まったのを、確認できました。もう十分でしょう。
あたしは、ひとまず成果を確認していきます。
「こうすれば、最小限の魔力で済みそうですね。ただの魔力操作で、最大限の効果を」
確かに、ほとんど魔力を使わずに殺せていました。あたしには、才能がないですからね。こういう工夫は、とても大事です。
とにかく、魔力量以上の成果を出すためには、ただ力任せではいけません。知性と手札、応用が鍵。
あたしは、ようやく自分らしい強さを見いだせたんです。その先に、確かに進んでいきましょう。
次は、食堂らしき場所に向かっていきました。その中にいる人達を、一斉に溺れさせていきます。
「うっ、ぐっ……」
「なに、が……」
何が起こっているのか分からないまま、敵は倒れていきました。どう考えても、困惑した姿のまま。
死体の顔は、恐怖に歪んでいましたね。病気か何かと思ったのか、あるいは呪いか祟りのたぐいだとでも思ったのか。それとも、何も思いつかなかったのか。
いずれにせよ、便利な手段を手に入れました。暗殺にも、使えるでしょう。侵入するという手間こそあれど、対策は難しいようですから。
「次の目標は、巡回ですかね。気づかれる前に、殺しちゃいましょう」
こちらに近づいてきたら、異変だと知られてしまいますから。そうなれば、あたしは襲われてしまうでしょう。
もちろん、勝つことはできるとは思います。けれど、作戦としては失敗になってしまいます。
ということで、歩いてくる敵兵を、しっかりと始末していくことにしました。
「なっ、でんれ……」
「たす、け……」
特に抵抗もされず、手早く殺すことができました。後は、生まれた陸の孤島となっていくだけでしょう。大きく動き出す前に、あたしが殺しきればの話ですが。
成功させられれば、大きな手段を手に入れられる。失敗しても、反省点が見つかる。本当に、分の良い賭けです。ただ策を実行するだけで、あたしの未来につながるんですから。
「こうなったら、残りは籠の鳥ですね。つながりを絶って、ひとつひとついきましょう」
同じように、ある程度の集団を軽く溺れさせ、一気に殺していきます。そうすれば、効率よく仕留められるはずですから。
対策されたらされたで、次にどうするかを考えれば良いんです。ただ打ち破るだけならば、そう難しくありません。
少なくとも、渡された情報では、あたしの脅威になる存在はいませんでした。ちゃんと防御を意識していれば、どうとでもなるでしょう。
「あっ、が……」
「のど……」
倒れていく人たちの中、喉に手をあてて魔力を動かしている人がいました。その人は、こちらに目を向けます。目を軽く細めた後、顔が怒りに染まっていくのが見えました。
「お前かあああっ!」
叫ばれてしまった以上、計画は失敗ですね。音を防ぐ膜を貼っておくとか、手段はあったと思います。後でしっかり、反省会をしましょう。
それはさておき、今は目の前の敵を殺して、寄ってくる敵たちも殺さなくてはいけません。こうなってしまえば、後は普通に魔法を叩きつけるだけですね。
「あら、気づかれてしまいましたね。仕方ないです。水の槍!」
水で敵の胸を貫いて、目の前の敵は終わり。ですが、足音が響き渡ってきましたね。完全に、発見されたと言っていいでしょう。
溺れさせる手段を継続しても良いですが、流石に効率が悪いはずです。戦闘態勢で油断していないのなら、対策を取れる可能性も高まりますし。
平時の体制だからこそ、効果的な策だと言えるでしょう。それに固執するのは、良くないですからね。
「何があった!」
「こっちだ! 何人も死んでる!」
武器を構えているようですし、完全に戦いの流れになってきました。当初の策は失敗しましたが、まあ良いでしょう。
今度は、弱い魔法で最大限の戦果を出す実験に付き合っていただきましょう。
「水の槍! やはり、動く相手にはこちらの方が……」
水の槍は、単純な魔法。だからこそ、無数に出すことができます。ただ放ち続けるだけで、多くの敵を殺せる技。
初級魔法といえども、だからといって使い道はある。とても、大事なことです。
「何を考え込んでやがる!」
だんだん、敵兵は増えてきました。囲まれそうになっていますし、じきに囲まれるでしょう。
まあ、それは構いません。切り抜ける手段は、いくらでもありますから。とはいえ、水の槍だけでは厳しいかもしれません。
「ふむ、まだまだ増えそうですか。困りましたね……」
「困る程度で、終わらせるかよ!」
「みんなの仇!」
私に向けて、一気に突撃してくる人たちがいました。味方が倒れようとも気にせずに、ただまっすぐに。
当たったとしても、私の魔力は貫けないでしょう。それでも、わざわざ攻撃を受ける利点はありません。妙な手段を持っていた場合、厄介ですからね。
ひとまず、確実に倒すことを優先しましょう。
「水流乱舞! これで、おしまいです」
水と一体になり、近寄ってきた敵を溶かし尽くしていきます。私の戦術は、複数段階で構成されている。
これも、悪くない手段のひとつです。やはり、立ち回りが大事ですね。
「あっ、かっ……」
「まだ生きている人がいましたか。頑丈ですね。そうだ。いっそ、飲み込ませてしまいましょう」
「そんな、こと……」
私は、自分自身を水に変えられる。それを経由して、大きな水を暴れさせれば良い。そういうことです。
近くに湖がありますし、そこから波を起こしましょう。そうすれば、一掃できますよね。
「水流乱舞! これが、呼び水です。水場が近くて、良かった」
「な、そんな……」
波が目に入って、崩れ落ちていく人が見えます。これなら、わざわざ残りを攻撃するまでもないですね。
「さて、全部流されてくださいね。運が良ければ、助かるかもしれません」
いろんな技を、試すことができました。これを、次の戦いに活かしていきましょう。
あたしのすべては、レックス様のために。これからも、変わりませんよ。




