525話 フェリシアの舞い
わたくしは、レックスさんのパートナーになるものとして、最大限の活躍をしなくてはなりません。誰に課せられた義務でもなく、わたくしが目指すだけではありますが。
だからこそ、嘘はつけないのです。他ならぬ、わたくしの誇りに背を向けることなど、できないのですから。
敵は皆殺しにするのですから、誰もわたくしの成果など見ないでしょう。それでも、やり遂げるべきなのです。
ですから、わたくしは微笑みながら戦場に向かいました。それこそが、意志の表明だったのです。
ただ布を貼られただけの、粗末な天幕。わたくしは、そこに出ましたわ。出ていくと、すぐに兵の姿が目に入りました。
「さてと、参りますわよ。わたくしの力を、ただ示しましょう」
目の前の男に語るわけでもなく、ただ宣言しました。兵は、怪訝そうな顔をしていましたね。
さて、まずはこの男から殺すことにしましょう。どの道、全員殺すのです。早いか遅いかの違い程度。運が良くも悪くもなく、ただ死ぬというだけ。
兵が近づいてくるのを感じながら、わたくしは魔力を練り上げました。
「なあ、お嬢ちゃん。観光に来るには、場所を間違え……」
相手が語り終える前に、頭を焼きます。それで、一人目は終わりました。わたくしを警戒していたのか、バカにしていたのか。いずれにせよ、備えが足りませんでしたわね。
まあ、感じた魔力からして、先制攻撃を仕掛けられようとも、関係ありませんでしたけれど。
「そうですわね。観光などでは、ありませんもの。これを、開戦の狼煙といたしましょう」
そして、わたくしは敵兵を焼き焦がしていきました。できるだけ、目立つように。この場に、敵兵が集まってくるように。
逃げたのならば、追いかけるのが面倒ですけれど。どの道、一度で全滅させることはできませんから。期待できる効果の方が、大きくはありました。
そして、多くの足音が近寄ってきます。影が広がって、わたくしを覆っていくよう。それこそが、狙いだったのです。
「おい、何事だ!? 見張りは何をしてやがる!」
まずは状況を把握しようと努めている様子。ですが、手遅れというもの。本来ならば、即座にわたくしに攻撃を仕掛けるべきでしたのに。
ただの少女が殺したとは、思えないのかもしれませんわね。あるいは、防衛機制でしょうか。いずれにせよ、結果は変わらないのですけれど。
「飛んで火に入る夏の虫。哀れなものですわ。獄炎」
そして、わたくしは敵を燃やしていきます。できるだけ悲鳴を上げやすいように、呼吸器を避けて。そうなってくれれば、ちょうど良いですから。
助けを求める味方がいるとなれば、つい動いてしまうのが人情というものですわよ。そうして、死んでいただきましょう。
「ああ、熱い! 誰か! 誰か!」
のたうち回っている姿は、可哀想なもの。心ある人が見れば、胸を痛めるのでしょう。わたくしにとっては、関係のない話ですけれど。
だって、敵というものは燃やすべきゴミでしかないのですから。掃除に、いちいち感情など込めません。ただ、流れ作業としておこなうものです。
「その調子で、虫を誘う炎になってくださいな。ねえ?」
大きな大きな焚き火は、兵士たちの命を薪として広がっていきます。熱気に誘われるように、敵が集まってきます。
わたくしは、ただ微笑むだけ。それだけで、誰が犯人かなど一目瞭然でしょう。怒ってくだされば、動きが単純になるのですけれど。
敵はこちらを見ながら、武器を構えました。
「やれ! 敵はたった一人だ! 一斉に攻撃しろ!」
その言葉に合わせて、敵は突撃してきます。無論、命を賭して。そんなもの、何の意味もないのですけれど。
わたくしたちの領域に入った者にとって、一定以下の戦力はいないのと同じ。ただまとっているだけの魔力を、貫けないのです。
そんな事実を知らぬまま、希望を抱いて死んでいく。なんと、楽しいのでしょうか。
「舞踏会にしては、騒がしいですわね。舞炎。少しは静かになりなさいな」
炎を広げていけば、大勢が巻き込まれていきます。それでも、敵は足を止めません。麗しいこと。ある種の輝きですわね。わたくしに、燃やし尽くされるだけの。
決死の覚悟を込めて、隣の仲間を見捨て、わたくしに剣を突き立てようとしています。せっかくですから、遊んで差し上げましょう。せめてもの希望を、抱えさせたまま殺して差し上げましょう。
「押し切れ! 何人死のうと、必ず刃を届かせろ!」
「舞炎。あらあら、抜けてきましたわね」
わたくしのもとに、手が届きそうな相手。ただ燃やすことも防ぐことも、簡単ではあります。ただ、それでは芸がありません。
強く、それでいて美しく。そうでなくては、足りませんわよね。わたくしは、煌めく女でなくてはならないのです。
「これで、終わりだ! 死ね、化け物!」
そのまま、剣が目の前に迫ってきます。わたくしは、次の一手を打ちます。さて、敵はどうするのでしょうね。笑みがこぼれたのが、分かりました。
ギリギリまで、引き付ける。そして、最高の演目を始めたのです。
「暁炎舞踏。残念でしたわね」
わたくしは、魔法そのものになる。突き刺された剣ごと焼き尽くして。そして、先ほどまでのように微笑みながら立つのです。
これが、わたくしの演目。剣を突き立てられてなお、優雅に立ち続けるもの。
「な、いま刺さったはずじゃ……」
敵兵は、目を揺らしているようでした。剣を取り落としたものも居るようです。そんな時間があれば、追撃すれば良いものを。
せめて、わたくしの喉元を食い破ろうという気概はないのでしょうか。ため息が出そうになりました。
「種明かしをする被度、お人良しではありませんわよ。では、さようなら」
「あっ、助けて……」
振り向いて、手を伸ばす姿が見えました。誰も、その手を取ろうとしません。ゆっくりと、力なく崩れ落ちていきました。
微笑ましいものです。誰もが、目の前の現実を見ないふりをする。ですから、優しく殺して差し上げることにしたのです。
「獄炎。さて、塵と消えなさいな」
痛みも感じないまま、死ぬことになったでしょう。それが、わたくしの慈悲。せめてもの、救済。
同情したわけでもなく、ただそういう気分だっただけではあるのですが。まあ、悪くありませんでしたわね。
「せめて、手傷だけでも……!」
心が折れていない敵兵が、わたくしに剣ごと突撃してきました。さて、同じことをするだけでは、つまらないですわよね。
ですから、少し遊び方を変えることにしたのです。より、楽しくなるように。
「暁炎舞踏」
自分が魔法になるということは、魔法を飛ばした先に動くこともできるということ。あえて攻撃を当てずに、ただ移動にだけ使いました。
そして、わたくしはもとに戻る。それこそが、次の演目でした。
「なっ、後ろ……?」
こちらを振り向いて、あぜんとしています。目の前の光景が、信じられなかったのでしょう。さて、わたくしを楽しませてくれたご褒美を差し上げなくては。
「獄炎。では、ごきげんよう」
今度もまた、痛みを感じる時間もないまま灰にしていきました。白い粉が、ただ舞っていました。
「さて、残りも焼き尽くしましょう。素早く確実に、ですわね」
もう、勇気を出してくる敵はいないようでしたから。後は、ただの作業でしかない。
そうなってしまえば、ただ燃やすだけ。つまらない作業でしたわ。
「まったく、レックスさんは見てくださらないのですわね。薄情者だこと」
せっかく、わたくしが演目を開いたというのに。まあ、構いません。いずれの戦場で、見せて差し上げるまで。そうですわよね、レックスさん。




