522話 ハンナの研鑽
近衛騎士として、わたくしめは王女殿下方のために剣を取りました。反乱分子は、死をもって償わせる。それこそが、わたくしめの役割。
王女殿下方の剣として、どこまでも戦うだけ。かつての近衛騎士と違い、確かな誇りと正義を胸に。そのために、わたくしめは研鑽を続けてきたのです。
これまでの成果をぶつける機会でもある。わずかに、興奮の震えが走りました。無論、私欲のために戦うつもりはありません。それでも、心がたぎるのを感じていたのです。
敵陣に転移して、わたくしめは剣を抜き放ちます。反逆者たちを、速やかに打ち破るために。
「さて、わたくしめも参りましょう。皆様に遅れを取るわけには、いきません」
すべて、片付けましょう。わたくしめに期待されている役割を、確かに果たしましょう。だからこそ、わたくしめは突き進んでいくのです。道をさえぎるものを、すべて葬るために。
敵兵は、すぐにこちらに気づいたようです。わたくしめを見て、武器を構えました。
「こいつ、近衛騎士だぞ! 油断するなよ!」
衣装も勲章も、近衛騎士のもの。気付くものは、気付くのでしょう。知られていたところで、わたくしめのすべきことは単純そのもの。
ただ、殺し尽くせば良いのです。反逆の罪の元、正義の鉄槌を。
「まずは、雑兵を狩るところからですね。閃剣!」
魔力の剣を固めて、上空から降り注がせる技。単純ではありますが、数を殺す上では便利な技です。
対処できなかった兵たちは、ただ貫かれていきました。防いだものも、居るようでしたが。
単なる弱者ばかりでなくて、安堵しました。わたくしめの役目を、しっかりと果たせそうでしたから。反逆者を通して、近衛騎士の威を示す。そのためには、勇猛である方が好ましかったのです。
「剣が、降って……!?」
「慌てるな! 数は限られている! 避けつつ、当たりそうなら身を守れ!」
困惑する敵兵を、鼓舞するものもいました。冷静に、わたくしめの技に対してどう動くかを指示する。当たっているかはさておき、とても重要な役割です。困惑しているのなら、何か動くための方針を与えるだけでも、大きく違いますから。
実際、言われた通りに敵兵は動き始めました。つまり、厄介な相手と言えるでしょう。
「ふむ。その方には、早々に消えていただきましょうか。崩剣!」
一本に魔力を凝縮した剣を、隊長格にぶつけていきます。避けられない速度で撃ったところ、魔力で身を守っていました。無論、それごと突き破るのですが。
単に数をぶつけなかったのは、正解だったはずです。敵兵たちに、わたくしめの力を示せましたから。
「た、隊長! くそっ、さっき言われたことをやれ!」
敵兵たちは、激しく駆け回ります。明らかに、的を絞りきらせないようにと。ですが、その程度で対策できるような技を使うようでは、近衛騎士は務まりません。
同じ技だからといって、毎回完全に同じ使い方をするはずもない。そんなこと、当たり前なのですから。
「ふふっ、密度を調整することが、できないとお思いで? 閃剣!」
敵兵が動く範囲に、しっかりと密度を高く剣を降り注がせていきました。一本や二本避けたところで、無意味になるように。
案の定、ほとんどの敵に突き刺さりました。針山のようになっている相手も、そう珍しくありませんでしたね。
「み、みんな……! こんなの、勝てるわけが……」
「まだだ! 将軍が来るまで、持ちこたえるんだ!」
わたくしめを囲むように、動き出す兵。少しでも距離を取ろうとする兵。いろいろといました。ただ、完全に逃げ出す兵はいません。そこは、褒めるべきでしょう。
少なくとも、勝ち目のない戦場で最後まで戦わせられるだけの意志を備えている。あるいは、将軍がそれほど期待されているのでしょうか。
いずれにせよ、敵ながらあっぱれというものです。だからといって、手心を加えることなどしませんが。
「なるほど。散開しましたか。ですが、同じこと。閃剣!」
敵が広がるのなら、それに合わせて範囲を広げればよいのです。剣の素早さをあげてしまえば、避けづらくもなります。
結局のところ、わたくしめに対して有効打を示せるものは、誰一人としていないようです。
「まとまってもダメ、離れてもダメ! どうすればいいってんだよ!」
「おい、突っ込むぞ! 誰かひとりでも攻撃できれば、俺たちの勝ちだ!」
開き直って、突撃してくる兵団がいました。確かに、わたくしめも人間。まともに攻撃を受ければ、死ぬ可能性も否定できません。
とはいえ、レックス殿の防御魔法で身を守られているのですが。それを知らせる必要も、ありません。逃げられるよりは、向かってくるほうが殺しやすいのですから。完全に希望を折るには、まだ早いのです。
「ふむ。まあ、することは同じです。閃剣!」
真正面に向けて剣を飛ばしていきます。味方を盾として耐え、そのまま突き進んでくる者たちがおりました。
わたくしめに剣が届きそうな距離にたどり着き、魔力を練っている姿が見えます。
「近づけたぞ! 受けられるものなら、受けてみろ!」
敵は、魔法をこちらに放ってきます。ですが、やるべきことは単純。それを超える威力をぶつければいいだけ。
つまり、魔力を押し固めた剣の出番です。
「当たりませんよ。崩剣!」
魔力の剣が、魔法ごと敵を貫いていきました。そして、わずかに拮抗します。ただ、まだまだ残りの敵が突撃してくるようでした。
わたくしめを殺せる機会が、目の前にある。そう信じていたのでしょう。
「今だ! 一斉にかかれ! 魔法をひとつ撃っているなら……!」
なるほど。だから、わざわざ真正面から魔法を撃ってきたのでしょう。わたくしめにわずかでもスキを作り、その瞬間に残りの敵がわたくしめに剣を届かせるようにと。
ですが、その程度の策略であれば、わたくしめには通じません。レックス殿と並ぼうと思えば、魔法を一つしか使えないなど、足りないという言葉では言い表せないのですから。
「残念、同時に使えるのですよ。閃剣!」
魔力の剣を、一気に放ちます。そのまま、隊長らしき男も雑兵たちも倒れていきました。もはや敵兵も数えるほど。そうなった時、また敵が現れたのです。
大きな杖を持った、今までより強い魔力を持った相手。おそらくは、大将首でしょう。
「わが部下たちの仇! この一撃を、受けてみよ!」
敵は、渾身の力を込めたような魔力を注ぎ込んだ魔法をぶつけてきます。地面が、わずかに震えていました。1対1。その状況であれば、わたくしめのやることはひとつ。剣を握る手に、力を込めました。
「四重剣! ふふっ、これで終わりですか」
四属性を込めた剣。それが、敵の魔法ごと切り裂いていきます。それで、決着はつきました。周囲の気配を探り、片付いたことを確認します。
まずは、軽く息をつきました。
「やはり、手札を使い分けるのが大事なようです。手応えは、見えてきましたね」
複数の魔法を使い分けることで、あらゆる状況で優位に立つ。それこそが、わたくしめの目指す道。まだまだ遠いですが、確かな一歩を踏み出せたことも事実です。
「数も、質も。どちらも打ち破るための戦術を、磨き続けましょう」
いつか、レックス殿の隣で戦うために。その時まで、研鑽を続けましょう。わたくしめは、立ち止まりませんよ。




