521話 エリナの義務
私は近衛騎士のひとりとして、王家のために戦う義務がある。その戦場で剣技を進歩させることが、私の喜びだった。王家そのものに対して、忠誠心はない。レックスの友人として、ミーア様とリーナ様は大事だとは考えていても。
だからこそ、今回の戦いには、たぎるものがあった。レックスと、隣でないにしても共闘できる。レックスの願いのために、戦うことができるのだから。
私の転移した先には、陣地がそびえ立っている。剣を構えて、歩き出す。
「さて、敵陣の前か。悪くない。私の剣技を、試すとしよう」
敵兵が視界に入ったが、まだ攻撃はしない。見て分かるだけでも、さしたる実力者ではないからだ。油断に近くはあるが、それでも必要なこと。
私は、レックスの敵を倒したい。そのためには、レックスですら苦戦する敵を殺せなくては意味がないのだから。目的を考えれば、むしろ近道だと言えるだろう。
堂々と正面から、一歩一歩歩いていく。ようやく、敵兵がこちらに気づいたようだ。
「獣人? たったひとりだ! お楽しみの時間だぞ!」
敵兵どもは、下卑た笑みを浮かべながら私を見ている。私は、笑みを浮かべながら進んでいく。敵がこちらに手を伸ばしてきた段階で、私は剣を振った。
抵抗すら感じさせず、敵は真っ二つになっていく。それが、私の成果だった。
「神速。ふむ、悪くない。こんなものか」
腕や腰の振りに工夫を加えて、速さを威力に転化した剣技。まずは、最低限の役割を果たせていると言っていいだろう。敵兵を、軽く切り裂けるのだから。
ふたり、三人と切っていく。その先で、ようやく敵は本格的に動き出した。私は、相手の動きを待ちながら進む。
「おい、強いぞ! 魔法で何もさせるな!」
その指示が出てから、敵は魔力を集中させていた。ここからが、本番だ。レックスにも通じる剣技として、魔力の流れにそって切り裂く剣技を編み出した。
新技にも、しっかりと適応できているか。実戦の中で確かめる。これまでも、何度もやってきたこと。
「それでこそ、神速の本領を発揮できるというもの」
魔法が完成する前に殺すことは、不可能ではなかった。だが、あえて完成を待つ。そして、敵は遅れて魔法を放ってきた。
「三重反発陣!」
よくある、三属性魔法。3つの属性を押し固めて、反動で炸裂させるもの。フィリスがよく使う技が、大幅に劣化したもの。
私は炸裂を待って、魔力ごと魔法を切り裂いていった。炸裂に大きな隙間が生まれ、私はそこを悠々と走り抜ける。そして、魔法を撃った相手を切り捨てた。
「軽いものだ。その程度の児戯、私には通じない」
つい、こぼしてしまった。敵は、挑発や示威のたぐいだと判断した様子。緊張した面持ちで、武器や杖を構え直している姿が見えた。
私は、笑みを浮かべてしまう。この調子なら、まだ楽しめそうだ。どこまでできるのか、しっかりと確かめさせてもらおう。
「なんで、剣で魔法が切り裂けるんだよ!」
「打ち続けろ! 俺も合わせる!」
そのまま、敵は一斉に魔法を放ってくる。だが、対処はたやすい。魔法の間にある隙間に潜り込み、どうしても当たりそうなものだけを切り裂けば済む。
特に工夫することもなく、ただ単純な行動をするだけで切り抜けられてしまう。呆れが、口から飛び出してきた。
「せめて、完全に同時に撃てるのならな。その段階にすら、達していないようでは」
敵兵には、恐怖を感じているものも居るらしい。明らかに、目に怯えが混じりだした。そして、攻めるためではなく身を守るために武器を構えるように、体の近くに武器を引き寄せるものばかり。
このままでは、もっと楽になってしまうだろう。できれば、避けたかった。苦戦こそが、今の私に必要だったのかもしれない。
「なら、剣で切れない防御なら!」
魔法で身の回りを固めている敵もいた。苦戦とは程遠いが、別の実験ができる機会でもあった。
流れを読み取って魔力の隙間をくぐり抜けるだけでなく、単純な威力でも魔法の防御を抜けるのか。それを試すことで、私はさらに一歩先へ進めるだろう。
「ほう、土を固めたか。良いな。試させてもらおう。神速」
あっけなく、敵の防御ごと両断できた。手応えからして、そこらの金属くらいなら造作もなく切り裂けるだろう。
ひとまず、新技を生み出した目的は、最低限は達成できていると言えた。私に足りない威力を補うものとして。
ただ、完全に敵は動揺を深めているようだった。足が数歩下がっているものが、目につくようになりだした。
「な、なんで……」
「よし、成功しているな。後は、片付けるだけでいい」
私は、ただまっすぐに突き進んでいく。さえぎる敵兵共を両断しながら、敵将に向けて。
一合すら、誰一人として耐えることはできない。雑兵相手に期待するのも無駄には感じるが、それでも仲間やレックスとの差を感じるばかり。
この程度の相手では、私の実力を正確に測ることすらできない。強く、理解できてしまった。
「諦めるな! しっかりやれ!」
中には、周囲の敵兵を鼓舞しているものもいる。本来ならば、優先的に殺すべき相手。敵の心理を建て直させず、弱いまま殺すことこそ王道。
だが、私の目指す先はそこにはない。レックスの師としてふさわしい剣士であるためにも、一騎当千など前提条件でしかないのだから。
「正面突破なんて、芸がないのだがな。だが、それくらいできてこそ」
軽く自分を鼓舞しつつ、あえてまっすぐに突き進む。相手が対処してくる動きごと、切り捨てるために。
傭兵時代の私は、もう少し慎重だった。万が一にも手傷を追わないように、確実に仕留めることを優先していた。それどころか、逃げ出すことすらあった。私は、心の奥底までレックスに変えられてしまったようだ。
「一斉にかかるぞ! 切れないだけの数を出すんだ!」
魔法を撃ちながら、後詰めで近接兵が押し寄せてくる。まあ、悪くない戦術ではあるのだろう。だが、私には通じない。
そもそも、全てを切る必要もない。少なくとも、同時には。ひとりひとり斬り殺していけば、最後には全滅させられるのだから。
「流れさえ読めれば、後は潜り込むだけ。切り裂くのは、最低限で良い」
仮に囲まれようとも、私に同時に接敵する人数には限りがある。その時点で、勝ち筋は見えていた。私が一手に対処できる範囲を超える手数は出てこない。
つまり、これまで通りにただまっすぐに突き進むだけで良かった。
「この化け物め! これ以上行かせてたまるか!」
そう言いながら、突っ込んでくる敵もいた。悪くない覚悟ではあった。私に勝てないと知っていて、それでも心を奮い立たせていたのだろう。
だが、そんなことには何の意味もない。腕前の差をひっくり返すことはできない。私の情を引き出すこともできない。ただ、死体の列に並ぶだけ。それだけだった。
「その意気やよし。だが、腕は足りないようだな」
「ぐっ、あ……」
そのまま敵の大半を殺し終えた頃、指揮官らしき相手が見つかった。多くの兵に守られており、それなりの風格を感じさせる。
まあ、レックスの足元にも及ばない程度ではあるが。私の敵ではない。それが、私の目が出した答えだった。
「さて、お前が大将か? その首、もらうぞ」
「たかが獣人ごときに、負けてたまるものか! 三重反発陣!」
ただ、何の変哲もない三属性魔法。敵の技は、それだけだった。何も、考えることはなかった。
「その程度か。残念だよ。神速」
「こ、この俺が……」
敵将を打ち破って、残党は逃げ出していく。適当に追撃しつつ、ひとまず私の役割を果たすことはできた。
「まだまだ、レックスには届かないのだろうな。研鑽を、続けなくては」
私は、レックスの師なのだから。この程度の児戯で、満足していられるはずもない。
どこまでも、強くなるだけ。そうでなくては、私はレックスの師ではいられない。
だが、レックス。お前にだけは、私を打ち破る権利がある。その時を、待っているぞ。




