519話 作戦の始まり
ひとまず、工作班は目標を達成してくれたみたいだ。これで、複数の敵拠点に味方を転移させることができる。
まあ、ここからが本番なんだが。転移していくみんなで、敵を倒すところまで進めないといけない。そのためにも、全員で集まっている。
だが、まずは成功させてくれたみんなをねぎらうところからだな。
「シュテル、サラ、セルフィ。まずは、ありがとう。よく成功させてくれた」
「レックス様のためならば、何でもこなしてみせます。それが、私の役目です!」
一応、今回のシュテルはまともに見えなくもない。とはいえ、意図が分かってしまうだけに、素直に受け取れないんだよな。
本当に、文字通り何でもするはずだ。だからこそ、俺は言葉に気をつけなければならない。シュテルに無駄な負担をかけないために。必要以上に手を汚させないために。
「終わった後で、なでなでと抱っこ。それで良い」
サラは相変わらずだが、本当になでなでと抱っこで済ませるわけにはいかない。命をかけさせたんだから、相応の報酬があるべきだ。表には出していないだろうが、苦しみだってあったはずなのだから。
まあ、今すぐ考えることではない。まずは勝って、それからの話だな。サラも、分かってくれている。
「レックス君の心配事が消えるのなら、それだけで十分さ」
セルフィは本当に俺に気を使ってくれている。他の人と比べれば、短い交流だとは思うのだが。それだけ、大事にしてくれている証。ちゃんと、報いないと。
俺は、俺を大事にしてくれる人だけは絶対に裏切りたくない。そうでなければ、俺自身を許せない。
だからこそ、まずはみんなの成果を最大限に活かさないと。
「次は、攻め込まないとな。ひとまず、近いところからで良いのか?」
「そうね! 優先的に対処するべきなのは、より近い方ね」
「とはいえ、そう時間はかけられません。情報を共有されれば、厄介ですから」
リーナの言うことは、特に大事だと思う。魔道具が核になっていると気づかれれば、同じ策は使えない。また別の手段が必要になってくる。
そうなる前に、少なくとも今回の戦いは終わらせたい。共通する見解のはずだ。
「なら、早速みんなを転移させていくべきか。みんな、準備はいいか?」
「当たり前よ。バカ弟こそ、妙な油断はしないようにね。あんたが中心なんだから」
カミラは挑発的な笑みを浮かべている。だが、決して油断することはないのだろうな。なんだかんだで、飛び抜けた努力家なのだから。慢心とは無縁に思える。
俺はひとまず頷き、ガッツポーズで返した。
「レックスの師として、しっかりと成果を出さねばな。恥ずかしい姿は見せられまい」
エリナは堂々と腕を組んでいる。その姿には、風格を感じるところだ。必ず勝ってくれるという信頼を向けられる。
きっと、また素晴らしい剣技を使っているのだろうな。直接は見られないことが、残念なくらいだ。
「わたくしめも、必ずや成果を出してみせましょう。近衛騎士として、両殿下のために」
ハンナは王女姉妹に対して一礼する。まっすぐな目からは、確かな誇りがうかがえる。ハンナは迷いを乗り越えて、また一段と強くなったな。
王女姉妹のためにも、しっかりとした成果を出してほしいものだ。
「お兄様の敵は、みんなやっつけちゃうんだから! 見ててね、お兄様!」
メアリは元気いっぱいに両手を握りしめている。目が輝いているのが、少しだけ怖くもあるが。
別の戦場だから、文字通りに見ることはできない。だが、メアリの頑張りは絶対に見るつもりだ。そんな気持ちを込めて、頷いて返した。
「レックス様のためにも、ミーア様とリーナ様のためにも、やってみせるよ」
ジュリアは決意を秘めた目で俺を見ている。俺たちのためという言葉は、間違いなく本心だ。だからこそ、やり遂げてくれるだろう。
ひとまず、俺もみんなのために頑張らないとな。気合いが入るのを、強く実感した。
「わたくしの力を示す、良い機会ですわね。さて、踊りますわよ」
フェリシアは優雅に微笑んでいる。その裏には、強い自信が見える。カミラにも負けないくらいの努力家だと、結果が証明している。
これまでのように、また俺を支えてくれるだろう。俺は、ただ信じるだけ。
「あたしも、しっかりと活躍してみせます。他の誰でもない、レックス様のために」
ラナはじっと俺を見ている。当然のように、俺のためと語っている。確実に、本音だ。
なんだかんだで、したたかだからな。うまく、敵を弄ぶだろう。その先に、確かな勝利があるはずだ。
「……集中。素早く、確実に。敵を葬るだけ」
フィリスは無表情で、穏やかにたたずんでいる。この中でも、トップクラスの戦力だ。おそらく、心配するだけ無駄なくらいの。
大戦果をあげることなんて、もはや前提条件だろう。それほどの実力が、フィリスにはあるんだ。
「困ったことがあったら、いつでも言ってね。私も、手伝ってみせるから」
ミュスカはそっと笑顔を向けてくる。安心感すらある。穏やかに見えて、圧倒的な実力を持つ闇魔法使いだ。
あるいは、俺と同じ働きだってできるだろう。いざという時は、きっと頼れる。
俺はみんなを見回して、拳を振り上げた。
「じゃあ、いくぞ!」
みんなが合わせてくれて、それに合わせて俺たちは転移していく。俺の向かった先も、また敵陣。
そこには敵兵がいて、どうにも困惑したような顔をしていた。
「なんだ、お前!?」
「一応、聞いておく。武器を捨てて投降するのなら、命は助ける」
きっと、俺の言葉には従わないのだろうな。そんな予感を持ちながらも、告げるべきことを告げる。答えは、向けられた武器だった。
「生意気なこと言ってんじゃねえ! お前ら、やっちまえ!」
「残念だよ。闇の刃!」
魔力の刃を、的に向けて放つ。あっけなく、切り裂かれていった。
「ぎゃあああああっ!」
「なんだこいつ! おい、応援を呼んでこい!」
周囲の敵兵は、混乱しているものも落ち着いているものもいた。指示している敵を倒せば、楽ができるのだろう。
ただ、俺の目的は敵を打ち破ること。そのためには、むしろ優秀な敵がいた方が良いのかもしれない。
「まあ、まとめて来てくれた方が、都合が良いか」
「何をしている! すぐに排除せんか!」
しばらくして、そんな声が届いた。俺は剣を握り、魔力を込めて薙ぎ払う。
「無音の闇刃! さて、どうするか。逃げられたら、困るんだよな」
「あっちだ! 行け! 行け!」
まだまだ、敵は集まってくる。それを見ながら、俺は魔力を練り上げていた。
「まずは、こっちを片付けてからか。闇の刃!」
「なんで、こんな強いやつが……!」
「そもそも、どこから……!」
「教えるわけがないだろう。闇の刃! さて、敵将を探すか」
ある程度片付いたので、陣地を見舞わせる位置を探していく。少しして、中心となって指示を出している男が見つかった。身なりからしても、重要な将だろう。
「落ち着け! まずは状況を報告しろ! ひとり? それにここまで?」
「なるほどな。行くか。無音の闇刃!」
敵が俺を見つけたのに合わせて、俺は剣を振り下ろす。あっけなく、倒れていった。
「いったい、なぜここに……」
それと同時に、敵兵は散り散りとなっていく。軽く追撃をこなしながら、敵が逃げ払った陣地を確認していく。
「……終わったか。さて、みんなの調子はどうだろうな」
何事もなく、勝てていると良いのだが。そう考えながら、俺は次の動きを始めた。




