518話 シュテルの奉仕
私は、レックス様に潜入工作を依頼されたわ。もちろん、全身全霊をかけて達成すべきこと。レックス様のご命令は、すべてに優先するのだから。
とはいえ、傷を負わないという願いも託された。お優しいレックス様らしい、大切な祈り。それを叶えるためにも、しっかりと手段は考えたわ。
真正面から潜入するのでは、厳しいでしょう。では、入り込みやすい手段を考えるだけ。
私が選んだのは、娼婦の格好をすること。油断させて内側に入り込み、こっそりと殺す。その後で、悠々と魔道具を設置すれば良い。
とはいえ、レックス様に捧げるべき身をさらすのにも限度がある。大事な所を隠しながら、それでも肌の面積を広く。薄布に見えるように、気を配っていたわ。
そして、私は敵陣へと近づいていく。見張りの兵士が、下卑た笑みを浮かべながら近づいてきたわ。
「その格好……。なるほど、商売女か。ちょうど良いところに来たな」
じろじろと見てきて、気持ち悪いったらありゃしない。けれど、まだ本音を表に出すのは早いわ。しっかりと隙を作って、確実に殺せるように。
だから、私はなるべく自然な笑顔を浮かべたわ。少しでも、相手が気を抜くように。若干、弱々しく。
「ふふっ、そうですか? みなさんにとって、素敵な時間になると良いんですけど」
顔をしかめながら、敵兵はにらみつけてくる。圧力をかけようとしているのか、あるいはただ感情を隠せていないだけなのか。
いずれにせよ、目に欲望を隠せていない。所詮は男ということ。大したことは、なさそうね。
「ただの売女が、上品ぶりおって。どうせ、欲に溺れているのだろう」
そう言って、尻に手を伸ばしてくる。当然、触れさせるわけがないわ。私に触れて良いのは、レックス様だけなのだから。
手の動きを逸らさせて、その上で相手の手を抑えた。余裕を持った笑みを浮かべながら。胸の内に、嫌悪感を隠しながら。
「いけませんよ。そういうことをするにも、過程というものがありますから」
つまらなそうに、相手は鼻を鳴らしていた。けれど、私を先導しようとし続ける。結局のところ、欲望のままに動くだけの凡夫。欲に溺れているというのは、本人のことだったようね。
まあ、相手が愚かである分には構わない。所詮、見張りを任される程度の弱者。襲いかかってきたところで、どうとでもなる。手間が増えるから、やめてほしいけれど。
「ふん。まあ良い。どのような無様な顔を見せるか、楽しみにさせてもらおうか」
顔に性欲が貼り付けられているようで、こちらが眉をひそめそうになった。もちろん、隠したけれど。
私も、楽しみよ。どれだけくだらない死に様を見せてくれるのか。つい、笑いそうなほどにね。その感情を活かしつつ、私はそっと口角を広げていった。ゆっくりと、柔らかく。
「期待に応えられると良いんですけれど……。慣れていないもので」
そう言うと、相手は唇を釣り上げていた。何を考えているのかは知らないけれど、どうせくだらないことでしょうね。
根本的に、敵の考えなんて知らなくてもいいわ。私の誘惑に乗るというのなら、それだけで。
「貞淑ぶったところで、優しくされると思うなよ。戦場にまで来るような売女など、薄汚いものだ」
本物の売女なら、そういうこともあるのでしょう。あるいは、ただ役割としてこなすのかもしれないけれど。私には関係ないことだから、どうでもいい。
私は、ただレックス様のもの。それだけは、どんな未来でも変わらないのだもの。
たかが他人が私をどう思っていようと、興味なんてない。レックス様のお役に立てる存在かどうか。それだけよ。
「そうですか。あなたは、そう思うのですね」
私の言葉に、相手は怪訝そうな顔をした。それと同時に、周囲からも視線を感じる。
だいぶ、敵陣の中に入り込めたみたい。後は、どうとでもなるでしょう。ここまで来た時点で、目標の半分以上は達成できているのだから。
残りは、いつレックス様のもとに呼ばれるかだけ。それだけだもの。
「何を悟ったようなことを。金目当てだというのなら、それこそ薄汚れた女だろうに」
金目当てでも、欲目当てでもない。私はただ、レックス様のために生きるだけ。そのためなら、どれほどでも手を汚しましょう。命を捧げましょう。レックス様にくべる薪として、大勢を使い潰してみせましょう。
そろそろ、個室が見えてきたところ。そうなってしまえば、もう終わり。単純な話ね。
「私の身も心も、捧げるべきものに捧げられているというだけです」
私の言葉を理解しようとしまいと、関係ない。眼の前にある扉が閉じられた時が、この男の終わり。さて、準備をしないとね。
男が扉に手をかけるのを見ながら、私は魔力を練り上げていった。
「さて、着いたな。くだらない問答はこれまでだ。せいぜい、よがってみせろ」
部屋に入った私を見ながら、敵兵はにやけている。私を抱くことを、考えているのでしょう。その未来は、決して訪れないけれど。
私は敵に優しく微笑みかけた。それが、終わりの合図。
「ふふっ。あなたは、声も上げられませんけれど。獄炎」
真っ先に、喉に向けて魔法を放つ。死のうと死ぬまいと、これで私の目標は達成できる。大声をあげられて、敵が寄ってくる心配はない。
後は、のんびりと魔道具を設置するだけ。それだけで、私の役目は終わり。
喉を押さえる敵兵を見ながら、もう一度微笑みかけていく。
「あっ、かっ……」
何も声を出せないまま、ただ転がっている。さて、後は仕上げだけ。しっかりと始末して、次に繋げないといけない。
「喉を焼かれた気分は、どうですか? ゆっくりと、絶望してくださいね」
「くっ、はっ……」
なにか、こちらをじっと見ている様子。どこか、すがるように見えた。まあ、関係ないのだけど。助かる段階はとっくに過ぎているし、そもそも私には助ける気はないのだもの。
もう一度魔力を練り上げて、とどめを刺す準備をした。
「ああ、私が声を出せなくしたんだったわね。じゃあ、さようなら」
そして、相手の頭から爪先まで燃やし尽くしていく。最後まで、敵はもがき続けていた。
どれほど苦しんだのかは、知らない。けれど、当然の報いでしかなかった。
「レックス様に捧げるべき身に、触れようとした罰よ。地獄でも、焼かれ続けなさい」
あの世があるのかどうかなんて、興味もないけれど。私は、レックス様にすべてを捧げるだけなのだから。
レックス様に与えられた役割は、確かに実行した。それが、私のすべて。
「さて、これで私の役目は果たせたわ。レックス様、あなたのシュテルがやり遂げましたよ!」
レックス様が喜んでくれる姿が、今から楽しみだったわ。




