517話 サラの擬態
私は、レックス様から与えられた任務を達成するために、敵陣へと移動していく。転移を使って、できるだけ近くまで。それから、荷物と一緒に足を使って。
鞄の中に、できるだけ道具を詰め込んだ。レックス様が、闇の魔力を込めたものを。なるべく敵陣の深くに配置する。それが、私の役割。
どんどん近づいていくと、見張りらしき兵士がこちらを見ていた。槍を構えながら、私のところに近づいてくる。
「お前、何者だ? どうして、こんなところにいる?」
「私は商人。戦いは、稼ぎ場」
そう言って、私は鞄を叩く。もちろん、商人というのは嘘。鞄の中にあるのは、すべて闇の魔力を込めた道具。
とはいえ、買われたら話は早い。私は何もせずに、成果を手に入れられる。
なるべく笑顔を浮かべて、警戒心を奪うように動いていく。ゆっくりと、流れるように。
敵兵は、私の鞄を興味深そうに見ていた。
「なるほど。それを売りたいということか。まあ、お前ごときに何もできまい。見せてみろ」
その言葉を受けて、私は鞄を下ろす。そして、中から商品を取り出す。
軍隊というものが興味を持てるものを、なるべく多く用意した。それを、説明していく。
「いくつか、ある。これは、保存食。取り出せば、いつでも食べられる」
「ほう? 毒じゃないんだろうな? お前、食べてみろよ」
いやらしい笑みを浮かべて、敵は私にうながす。疑われることは分かっていたから、本当に食べられるもの。ただ、レックス様の魔力が入っているだけで。
だから私は、しっかりと味わって食べていく。魔力の香りが、レックス様の顔を思い浮かばせた。今の私は、きっと笑顔だと思う。
1箱分、全部食べていく。敵兵は、どこかうらやましそうにしていた。
「これでいい? 味も、悪くない」
「ふむ。それで、他には?」
次に、魔道具を研究する中でできたものを用意していく。といっても、魔力バッテリーもない、ただ魔力を込めただけの道具ではある。
万が一研究されても、おそらく大した成果は出ない。それを前提として、用意したもの。
「これは、水が出る道具。しばらくの間出し続けて、枯れたら終わり」
ひねることで、水が出てくる。流れていく姿は、線のよう。軽いし小さいけれど、懐に入れておけば、いざという時に簡単に水が用意できる。道具としては、かなり便利だと思う。
ただし、完全に使い捨て。私たちが使っている魔道具は、再利用も可能。わざわざ劣化させたと言っても過言ではない。
それでも、敵兵は頷いていた。この道具がどれほどの価値を秘めているか、正しく理解できた様子。
「ほう、便利なものだ。戦場で必要なものを、心得ている」
「だから、戦いが起きれば稼げる。とても、ありがたい」
そう言うと、敵兵は顔をしかめる。そして、こちらをにらみつけてきた。どう思われようと、知ったことではない。どうせ、レックス様の敵。死ぬ運命にある存在なのだから。
私は、レックス様のなでなでと抱っこを思い浮かべた。それだけで、どれだけのことでもできる気がした。
「商人らしい言葉だ。反吐が出る。お前は、とんでもないクソ女だよ」
そう言い捨てて、敵は舌打ちしてくる。商人というのは、稼げるのなら何でもする。そういう印象を持っているのだろう。だからこそ、都合が良い。私が商人だと、心から信じてくれる。
本当に必要なことは、この道具を敵陣に運び込むこと。ほとんど、達成されていると言って良い。だから私は、穏やかな笑顔を浮かべられた。
「好きに言えば良い。私のやることは、変わらない」
敵兵は、また舌打ちをする。私が傷つくことを、望んでいたのかもしれない。だけど、叶うことはない。私に必要なのは、レックス様のご褒美だけだから。
そのまま私は笑顔を続ける。相手は少しだけ地面を蹴って、もう一度こちらに向き合ってきた。
「じゃあ、残りの商品も説明してもらおうか」
「これは、火を起こせる。これは、熱を発する」
似たような魔道具もどきを、適当に説明していく。扱いを間違えれば火事になるけれど、そんな事は言わない。火事になったところで、こちらに利するだけ。
だからこそ、火起こしや暖を取る価値は分かるはず。実際、敵は何度も頷いていた。感心しているのを感じるほど。
「なるほど、なるほど。それを使えば、戦いはずいぶん楽になるだろうな」
そう言いながら、敵は笑みを浮かべる。ニタニタした感じで、ちょっと気持ち悪かった。
けれど、それはどうでもいい。私は相変わらずの笑顔で、商談を続けていく。
「そういうこと。相応の対価さえ払ってくれるのなら、もっと用意することもできる」
「じゃあ、全部もらおうか。お前が持っている道具、そのすべてを」
敵兵は、商品を流れるように指差していく。本当に、欲しいと思っているように見える。だったら、それで十分。買われるのなら、適当に値下げすれば良い。利益なんて、気にする必要がない。
タダ同然で渡したところで、こちらが損することはない。そもそも、戦術目標が達成できればそれでいい。
だから私は、特に何も考えずに会話を続けた。
「なら、料金は……」
「置いていってもらうんだよ! お前の首と一緒にな!」
敵は槍をこちらに突き出してきた。想定していたうちのひとつ。適当に避けて、反撃の魔法を打ち込んでいく。
「……っ! 雷炎槍!」
意図的に、ゆっくりとした魔法として発射する。当然、敵は避ける。
殺そうと思えば、今回の反撃だけで殺せた。けれど、この敵は道具の価値を知っている。殺さなければ、しっかりと奪ってくれるだろう。
ということで、ほうほうのていを演じながら、足を乱して荷物を捨てて、走り去っていく。命だけを、必死で拾っていくかのように。ついでに、地面に魔法を打ち込む。土煙が舞い上がって、敵の視界を防いでいた。
「当たらねえよ! ……ちっ、逃がしたか」
少し離れて、様子を見る。しばらく追いかけてきたようだけど、戻っていった。これで、任務のほとんどは終わり。
「これで、十分。後は、道具を回収してくれれば良い」
遠くから、敵の動きを見る。すると、しっかりと道具を懐に入れていた。このまま見張りが交代になれば、必然的に敵陣に道具が送り込まれる。
後は、誰かが転移してくるのを待つだけ。レックス様に報告できれば、私は回収されていく。
「レックス様のなでなでと抱っこは、私のもの」
任務は、十分に達成できた。レックス様は、間違いなく褒めてくれる。
その瞬間を待つだけで、私はさっきまでとは違う笑顔を浮かべられた。




