516話 願うべきこと
まずは闇魔法で転移するためのマーカーを設置するところから、今回の作戦は始まる。その対象であるサラとシュテル、セルフィには、ジャンとミルラが説明をしていた。
それが終わり、今から作戦が始まろうという段階だ。俺と王女姉妹は、参加者を送り出そうとしている。
作戦に向かう3人とも、かなり落ち着いた顔をしている。過度な緊張も、緩みも感じない。いいコンディションみたいだ。
「さて、サラ、シュテル、セルフィ。準備はいいか?」
「もちろん。レックス様のために、必ず成功させる」
サラも、今回は真面目に返してくれるようだ。まあ、普段の抱っこやなでなでを求める姿も真面目ではあるのだろうが。本気で報酬として欲しがっているみたいだからな。
とはいえ、今の言葉はちょっと怖い。だから、言うべきことを言っておこう。それが大事だ。
「いや、失敗しても良い。それよりも、自分たちの身を一番にしてくれ。極端な話、道具を奪われても投げ捨てても意味があるんだ」
「レックス様の願い、叶えてみせましょう。あなた様の望みが、私の望みです」
「ふふっ。レックス君が笑顔になるためにも、傷を負ったりしないとも」
シュテルは相変わらず狂信者みたいな発言をしているが、今回に限っては助かる。俺の言葉を裏切らないだろうからな。
セルフィに関しては、俺が何を望んでいるかをよく分かってくれている。とにかく、みんなが無事でさえあれば良いんだ。
まあ、完全に失敗されたら困るだろうが。他の誰かが危険になるということだからな。
「その意気だ。矛盾するようではあるが、できれば成功させてほしい。頑張ってくれ」
「よく分かる。私たちが成功すれば、みんなが楽になる」
俺の気持ちは、しっかり伝わっているだろう。できるだけ頑張って、無理なら逃げ出す。それが一番だ。
もしかしたら、甘いと言われるのかもしれない。だが、俺はこの甘さを捨てたくない。
「そういうことだ。だが、もう一度言う。命を、安全を、一番大事にしてくれ」
「もちろんです。この身のすべては、レックス様のためにあるのですから」
今回ばかりは、狂信者っぷりに安心できてしまう。万が一他の人に傷つけられでもしたら、穢れを受けたとか思いそうだからな。それを避けるためにも、全力で身を守ってくれるはずだ。
シュテルの信仰とも、うまく付き合っていかないとな。そうすれば、お互いに幸せになれるはずなんだから。
「どんな理由であれ、無事で居てくれるのなら良いさ。後は、俺がどうにかする」
「レックス君が悲しめば、私たちだって悲しい。もちろん、そのつもりさ」
セルフィあたりが、みんなを誘導してくれたりしないだろうか。そんなことを、少しだけ考えてしまう。なにせ、俺の望みをかなり正しく理解してくれているからな。あまり会わないというのに、凄まじいことだ。
まあ、みんなを矯正したいとか、そんなわけではない。だから、できたとしても頼まないとは思う。
「ふふっ、良い関係ね。レックス君は、本当に慕われているわ」
「レックスさんと友人であることは、大きな利益になってしまいました。嫌になりそうですけれど」
ミーアとリーナは、それぞれに俺のことを気にしてくれているみたいだ。慕われているというのは、正しいと思う。みんな、俺を大事にしてくれているからな。だからこそ、俺も応えたいと思える。
利益に関しては、仕方のない部分もあるんじゃないだろうか。打算の一切ない友人関係なんて、俺たちの立場が許さない。結局、俺たちには守るべきものがあるんだから。
それに、お互い様だからな。俺だって、ふたりに打算を抱いていないとは言い切れない。
「気にするな。俺だって、王家の力を便利に借りることはあるんだ」
「それに、レックス様はミーア様やリーナ様を大事な友達だと思っている」
「レックス様の幸福のためにも、必ずや王家の敵を排除してみせます」
「そうやって手を伸ばす人だから、私たちはレックス君を支えたいんだからね」
俺だけじゃなく、俺の友人も大事にしてくれる。それが、どれほどの献身か。だからこそ、俺は全力で報いなければならない。みんなが幸せになれるように、力を尽くすべきなんだ。
だから、みんなが助けを求めてくれるのなら、絶対に助ける。それだけは、心に誓おう。
「私からも、ありがとう。みんな。そして、レックス君」
「もちろん、私からも。武運を祈ります。相応の報酬を、期待していてください」
ミーアが頭を下げて、リーナがそれに続く。やはり、感謝の言葉は大事だよな。それを言われるだけで、かなり気分が違う。俺としても、できるだけ言っていきたいところ。
みんなは強く頷いているのが見えた。そろそろ、始まるだろう。一応、確認しておくこともあるが。
「ところで、残りの人員はどうなっているんだ? 王家からも手配するって話だったが」
「レックス君の魔力を侵食することは、嫌みたいだったから。会わない方が良いかなって」
「まったく、面倒なものです。レックスさんの魔力があれば、運用の幅が広がるというのに」
ミーアはちょっと複雑そうな笑顔で、リーナは額を抑えながら言っていた。
まあ、嫌だという気持ちは否定できない。俺はブラック家の人間で、闇魔法使いだ。どれほどの偏見を受けていても、おかしくはない。
それに、魔力を侵食させた相手は、その気になれば殺せるんだ。だから、信頼関係のない相手にできることでもない。こればかりは、みんながおかしいくらいですらある。
ただ、不便であることは否定できない。作戦の成否にも、大きく関わってくるだろうな。
「どうせ別々の場所で任務をこなすんだからな。信じられないなら、離れた方が良いだろう」
「だから、残りの部隊は決死隊よね。安全な策を否定するんだもの。仕方ないわ」
「どうせなら、人的損失は抑えたいんですけどね……。人を育てるのも、楽じゃないんですから」
ふたりの言うことは、どちらも分かってしまう。命令を聞けないような配下がどれだけ邪魔かは説明するまでもないし、人員の損失が金銭以上に手痛い時が多いことも。
だからといって、他の案があるわけでもない。一応、思いついたことを言っておいても良いかもしれないが。
どの道、あんまり変わらないだろうからな。
「なら、無理矢理にでも魔力を侵食させるか? それはそれで、問題が起きそうだが」
「だから、私はレックス君の方を選んだのよ。効率って、そういうことでしょ?」
「レックスさんと多少の人的損害なら、比較する方が愚かですからね」
自画自賛みたいで嫌だが、俺の価値はとても高い。それは、客観的事実としてだ。圧倒的な戦力として、多くの優秀な仲間を持つ存在として、汎用性の高い手札を運用できる人間として。
どの軸から見ても、かなりの力がある。俺が逆の立場なら、きっと似たようなことを言うだろう。
なら、この作戦で行くしかない。結局、結論は同じか。
「まあ、仕方ないか。みんな、頑張ってくれよ」
その言葉に、3人とも強く頷いてくれた。
さて、早いところ良い報告を聞きたいものだ。心配しながら待つというのも、案外大変だからな。
みんなの無事を祈り続ける時間が、少しでも短いと良いのだが。




