512話 本気でできること
ミーアに会いに行くために、ひとまず合図を待っている。今の状況だと、相手の状況に合わせるのが最善だろうからな。
ということで、少しだけ待つ。すると、割とすぐに通話が飛んできた。
「レックス君、今から来てもらっても良いかしら?」
「ああ、もちろんだ。そっちも準備できたってことなんだな」
「ええ。だから、お願いね」
「分かった。すぐに行くよ」
指示に従って、ミーアの居るところに転移する。そこは、風呂の中。タオルだけを身に着けた王女姉妹が、中で待っていた。正直、俺は二度見した。
まあ、理由は分かる。分かってしまう。普通に考えて、風呂の中までそう監視はできない。そして、男が入るということもないだろう。だからこそ、俺と話をする場所として最適だと考えたんだと思う。
だからといって、思い切り過ぎな気もするが。あるいは、そこまで深刻なのかもしれない。
ちょっと意識して軽口を叩くようにしつつ、俺は姿勢を正した。
「おいおい、こんなところに呼び出したのか。いや、隠れたい意図としては分かるが……」
「最低限のことはしています。それにレックスさんだって、私たちに手を出したりしないでしょう」
「密談には、ちょうど良い場所よね。それでね。ちょっと大きな反乱が起きそうで……」
リーナはなんだかんだで俺を信頼してくれているように思える。ただ、やはり心配通りではあったらしい。
大きな反乱というのは、本当に大きな動きなんだろう。貴族がちょっと動く程度なら、俺が潰せば済む話でもあるのだから。
ということは、それ以上。わざわざ風呂の中まで誘うあたり、かなり大規模だと思える。
「ああ、だから戦力が必要なんだな。どれくらいの規模なんだ?」
「複数の貴族が連携してこちらに攻め込もうとしているみたいです。その上、あちこちからですね……」
リーナは眉をひそめている。本当に、国を割りそうな反乱じゃないのか? となると、長引けばレプラコーン王国そのものが危うくなりかねない。
王家の危機ということを抜きにしても、早期に解決したい問題だ。王女姉妹の安全がかかっているのだから、余計にだ。というか、ブラック家にも俺の仲間にも、大きな影響が出るのは間違いない。
ここは、相当多くの力を注ぐべき局面だ。だからこそ、王女姉妹は本気になったのだろう。
「おいおい、まずいどころの話じゃなくないか? だから、ここまでするんだな?」
「ええ。万が一にも、情報は漏らしたくないの。レックス君には、迷惑をかけるけれど」
「いや、そういうことなら了解した。お前たちのためにも、全力を尽くすよ」
「まったく、私の肌はそう安くないんですからね……。お願いしますよ、レックスさん」
「ひとまず、レックス君には転移を利用して戦力を集めてもらいたいの。通話は、ギリギリまで利用を避けたいわ」
今のところ、通話に対策されているという話は聞かない。だが、そもそも通話を使っているということ自体を知られるのを避けるのが定石だろう。知ってしまえば、対策をするだろうからな。
一応、みんな隠れて話しかけてくれているとは思う。だが、状況が状況だ。慎重になりすぎるということはない。
「聞かれている可能性を考えて、だな。分かった。じゃあ、こちらで直接会って交渉してくるよ」
「お願い。私たちの方でも、準備を進めておくのだけれど。できることは、限られるから」
「手紙なんかを出しても、間違いなく見られますからね……。というか、遅すぎますし」
まあ、そうだな。今の段階で敵が動いているとなると、軍隊を準備している間に王都に攻め込まれかねない。そもそも、手紙を出して届く頃には状況が変わっている可能性が高い。
つまり、今が転移の使い所というわけか。うまくやれば、相手に気づかれずに連携できるはず。
思いつくあたりだと、フェリシアとかラナとか。あるいは、ルースやミュスカ、セルフィあたりか。たぶん、近衛騎士には話が通っている。となると、後はフィリスがどうかというところ。
まあ、やるだけやっておこう。時間的余裕の許す限り、声はかけるべきだ。
「ああ。とりあえず、つなぎを付けられそうな相手は一通り声をかけておく。それで良いか?」
「そうね。といっても、数というよりは戦力そのものを優先してほしいわ。補助的要因も、いればというところね」
「どうせ、雑兵がいくらいたところで無駄ですからね……。そもそも、間に合いません」
まあ、転移できる数にも限度がある。そして、リーナの言う通り無駄なんだよな。少なくとも、俺たちレベルの戦いでは。
普通の三属性使いレベルなら、まだ数で押して殺し切るという手段もあるとは思う。魔力量の限界もあるし、単純にそこまで大規模な魔法が連発できなかったりするし。
ただ、フィリスとかだと魔法一発で城を吹き飛ばしたりできるからな。しかも、平気で連発できる。そのレベルの存在相手に、雑兵の存在が役に立つことはない。寝込みを襲うとかなら、まだ可能性もあるが。いずれにせよ、アクセサリーで対策している。そう簡単に、対応なんてできない。
となってくると、やはり少数精鋭が最適解になる。強い仲間を集めてというのが妥当だろうな。
「ああ、そうだろうな。ひとまず、ブラック家とその仲間たちというところか」
「私たちも、戦うつもりよ。レックス君たちだけに、戦わせはしないわ」
「というか、ほとんど王家の最大戦力ですからね。休ませておく余裕はないです」
それだけ追い詰められているということでもある。だからこそ、誘う相手は慎重に選ばなくてはならない。万が一足を引っ張られたら、大きなスキになってしまう。戦えるにしても、どのレベルかというのはとても大事だ。
少なくとも、魔道具を制作しているような人たちを誘うことはない。メイドたちもだ。後は、どの段階で線を引くかだが。さて、どうしたものか。
「分かった。そうなってくると、誘えそうな相手は限られてくるな……」
「こちらでは、作戦を考えておくわね。といっても、基本的には単純なことになりそうだけれど」
「というより、複雑なことをできる状況じゃないんですよね。調略を仕掛けるには、手遅れですから」
まあ、調略は攻め込まれる前の段階でするものだし、複雑な戦術を取るには人数や練度、そして高度な連携が必要になってくる。俺たちは、あんまり共闘とかしていないからな。難しいのは当然だ。
となると、全力で戦っていくことになるだろう。まあ、仕方のないことだ。それに、強いのなら強さを押し付けるのが一番強い。案外、最適解かもな。
「つまり、いつも通りか。俺も、全身全霊をかけないとな」
その言葉に、ミーアもリーナも強く頷いていた。さて、まずは誰から誘うか。といっても、ブラック家に話を通す段階からだが。
頭の中に、候補は思い浮かんでいる。それで良いのかが、悩みどころだった。




