510話 ウェスの人生
ご主人さまが奴隷たちを助けて、それからは順調に進んでいました。人員は適切に配置できましたし、ご主人さまに忠誠を尽くそうとする人も多かったですから。
そんな中で、ご主人さまはわたしたちに状況を確認します。奴隷たちが、問題を起こしていないかを。
ただ、最低限の確認だけで、後は普通におしゃべりをする時間でもありました。そっちの方が、私たちにとっては大事でしたけど。
なにせ、ご主人さまの笑顔を見られましたから。わたしたちも、良い時間を過ごせたんです。
「仕事の確認とはいえ、ご主人さまは楽しそうですっ」
学校もどきや魔道具工場の人達とも話をしていました。そのたびに、ご主人さまは満たされたような顔をしていましたね。だから、わたしたちも嬉しかったんです。
それから、家族での時間を取ったりもしていましたね。だんだん、ご主人さまの笑顔が増えていくのが分かりました。
「やっぱり、仲の良い相手と話す時間が、ご主人さまにとっては大事なんですねっ」
家族や友人、仕事仲間でしょうか。もちろん、わたしたちも。ですから、わたしたちにとっても満たされるような時間だったんです。大切にされていることを、より強く実感できましたから。
ご主人さまは、わたしたちと過ごす時間を幸せだと想ってくれている。心から、強く。それだけでも、わたしにとっては大きな幸せだったんです。
そんなご主人さまは、近衛騎士に会いに行くと言っていました。カミラさまやお友達と、お茶会をするんだとか。わたしは、めいっぱいの笑顔で見送りました。ご主人さまが、心から楽しんでくれるように。
「お友達と会いに行くのも、良いことですっ。きっと、笑顔なんでしょうねっ」
わたしたちや、他の仕事仲間、家族との時間のように。それが分かっていたから、喜んで送り出せました。
ご主人さまが幸せであることが、わたしにとって一番大事なことでしたから。もちろん、他にも大事なことはありますけれど。
ただ、わたしがご主人さまのメイドであり続けるのなら、それだけで達成されることでもあったんです。ご主人さまとの時間が、わたしの欲しいものでしたから。
「わたしが一緒にいられないのは、少し寂しいですけど。でも、また会いに来てくれますから」
ご主人さまの帰るべき家は、ここにある。そして、必ず帰ってきてくれる。だから、それで良かったんです。
とはいえ、できればずっと一緒が良いですけれど。とはいえ、わたしにも仕事があります。ずっとくっついているのは、難しい。現実は、ちゃんと分かっていました。
理想としては、ご主人さまのお友達が向こうから会いに来てくれることでしょうか。ご主人さまも満足できて、わたしも離れずに済む。それなら、みんな幸せですからね。
「ご主人さまのお友達も、しっかりおもてなししたいですねっ」
メイドとしての力量が試されます。ご主人さまの好みは、分かりきっていますけれど。他の人達も満足できるおもてなしをした方が、ご主人さまは喜びますからね。
自分の好物を出されることよりも、喜んでいるお友達を見る方が好きな人なんです。だからこそ、おもてなしが大事なんですよね。ちゃんと、お友達が笑顔になれるような。それが、結果的にご主人さまを笑顔にすることですから。
だから、ご主人さまのお友達は全力で歓迎するつもりです。わたしだって、仲の良い相手はいますし。
それに何より、ご主人さまのためだと、頑張れますからね。
「穏やかな顔のご主人さまが、一番良いですからっ」
ただ、そんな日々も長くは続かなかった。ブラック家の領民が、暴動を起こすことによって。対処したご主人さまは、ため息をついたりうつむいたりしていました。
その姿を見て、私は煮えたぎるような怒りを覚えたんです。せっかく、ご主人さまが笑顔になれていたのに。邪魔者のせいで、崩れてしまったんですから。
「ご主人さまから、笑顔を奪った。余計なことをしてくれたものです」
幸い、わたしたちに吐き出すことで、ご主人さまの感情は落ち着いたみたいです。けれど、だから許せるというものではありません。
だって、本当にくだらない理由だったんですから。奴隷が自分たちより幸せそうなのが許せない。そんなことで、暴動を起こす。ご主人さまを悲しませる。なんて罪深い存在なんでしょうか。
「本当に、自分勝手な人たちです。わたしが殺しておけば良かったでしょうか」
ご主人さまが気づく前に、こっそりと。わたしとアリアさんが協力すれば、不可能ではなかったと思います。ただ、わたしたちが戦ったら、それはそれでご主人さまは悲しんだと思うんですけれど。やるのなら、こっそりとでしょうね。
本当に、ご主人さまは優しいと思います。わたしたちが嫌なことをしなくて済むように、ずっと気を使ってくれていますから。
でも、別にご主人さまの敵を殺したくらいで、心は傷んだりしないんですけどね。
それよりも、今後のことではありますけれど。とにかく、ご主人さまが悲しむ可能性を、少しでも減らさないといけませんから。
「奴隷たちから、裏切り者が出ないようにしないといけませんね」
ご主人さまに高い忠誠心を抱いている人には、裏切りの兆候を報告してもらうのも良いかもしれません。どこまでできるかは能力次第ですけど、怪しい人と仲を深めてもらったりとか。
単に圧力をかけるよりも、信頼を稼いだ上で口を軽くさせるような手段の方が、効果的な気がします。
ですから、わたしも表向きには好意的に接するのも良いかもしれません。万が一ご主人さまに敵意を見せるようなら、相応の対処をするだけです。
「もし仮に裏切るのなら、ご主人さまの手は汚させませんよ」
その時には、わたしが処分するまでです。事故か病気、その他の何かだと、ご主人さまには報告しましょう。
とにかく、ご主人さまを悲しませることは、徹底的に避けるべきなんです。わたしが手を汚したと知れば、結果的に良くないですから。
そのためにも、奴隷たちにはあまり裏切ってほしくないですね。ひとまずは、平和的に接しておきましょう。
「ご主人さまがくれる幸せに、ただ浸っていれば良いんです」
それで満足していれば、ちゃんと幸せが続きますよ。ご主人さまは、とても優しい人なんですから。
だから、余計なことを考えなくて良いんです。他の道なんて、知らなくて良いんです。ただ、ご主人さまの奴隷であり続ければ良いんです。
「奴隷だろうとなんだろうと、ご主人さまの手の中にいるのが一番なんですから」
わたしが、今こうして幸せでいるように。ご主人さまは、奴隷だって大切にしてくれる人なんですから。
だから、ご主人さまのことを疑うような意見は、ちょっとずつ潰していきましょう。
「ご主人さまのもので居ることが、大切なんですよ」
奴隷だったのなら、分かるはずです。ご主人さまが、どれだけ人員を大事に扱っているか。ちゃんと休みと美味しい食事を与えてくれる。それだけで、十分でしょう。
「分からないというのなら、それまでです。面倒なんて、見ていられません」
あれだけ優しくされて、ご主人さまに恩を抱かない。そんな存在は、間違っているんです。どうなろうと、知ったことじゃありません。
どの道、ご主人さまの敵に未来なんていらないんです。そういうものなんですよ。
「これまでも、これからも、わたしはご主人さまのものなんですっ」
それが、幸せなんです。他の道なんて、いらないんです。わたしは、ご主人さまのメイドです。ただ、お世話をし続けます。
時々、ご主人さまがわたしとの時間を作ってくれる。それで、良いんです。
「ずっと、ご主人さまに尽くしますからね。ずっと、わたしを大事にしてくださいっ」
ご主人さまのためだけに、わたしは生きます。わたしの人生のすべては、ご主人さまのものなんです。
だから、死ぬまでずっと、ご主人さまのそばに置いてくださいね。




