508話 大切な幸せ
結局、暴動を起こした相手は民衆に殺されることになったみたいだ。一発ずつ棒で殴らせて、事切れるまでそれを繰り返すという刑によって。
ハッキリ言って、とても残酷なことだと思う。だが、ガス抜きとしてはかなり効果的だったようだ。ジャンやミルラが、報告してくれた。まあ、仕方ないのだろうな。現代と違って、民衆に娯楽は少ないのだから。
民衆は、普通の生活をしていても不満を抱える。そして、それを政治家やら何やらにぶつける。前世から知っていたことだ。
つまるところ、民を本当の意味で満たすことなんてできないのかもしれない。そんな事を考えながら過ごしていた。
「ご主人さま、何かお悩みでもありますか? わたしに話せるのなら、言ってくださいっ」
「確かに、少し顔に出ていますね。差し支えなければ、お願いします」
世話を焼かれている時に、メイドたちにそう問いかけられた。おそらく、顔に出ていたのだろう。
事情を説明することは簡単だ。ウェスやアリアなら、触れ回ることもしないはず。それに、特に機密というわけでもないからな。
ただ、少しだけ気にかかることがある。奴隷を雇うきっかけになったのは、ウェスだ。それに関する問題が起きたことで、抱え込んでしまわないかということ。
俺としては、ウェスを困らせたくない。悩ませたくない。だが、それも俺のワガママなのかもしれない。難しいところだ。
まあ、俺の考えを伝えていくのも大事なことだ。素直に言うのが良いかもな。
「ウェスには、あまり言いたくない気もするな……。いや、ウェスに問題があるわけじゃなくてな」
「奴隷たちの話で、何かありましたか? 気にしないでください、ご主人さま」
穏やかな顔で、そう告げられる。ウェスの目には、ハッキリとした意志が見えた。
きっと、俺のために覚悟を決めてくれているのだろう。なら、それを裏切るのが、一番避けるべきことだよな。
「それなら……。奴隷が自分より幸せそうなのが、許せないやつが居るみたいでな」
「あっ、報告は受けていますよっ。わたしに関係ある話でもありますからっ」
「そういえば、最初はウェスから話を持ってきたんだったな……」
「わたしは、ちゃんと幸せですっ。ご主人さまのメイドである限り、ずっと」
「そうですね。レックス様にお仕えできることは、確かな喜びです」
ウェスもアリアも、そっと微笑んでいる。心からの言葉に見える。なら、俺が余計な気を回していたのかもしれない。
結局のところ、一番大事なのはウェスの気持ちだった。俺が判断すべきことは、あまり多くなかったな。
「だが、いらない心配をかけた気もしてな。奴隷たちだって、聞きたくない話だろうし」
「みんな、気にしないと思いますよっ。今ある幸せに比べたら、小さい話ですからっ」
「実際のところ、よくある話でもありますから。種族がどうとか、立場がどうとか」
当たり前のような顔で言っている。実際、アリアもウェスも大変な立場だったはずだからな。少なくとも、かつてのブラック家の中では。
アリアはエルフでメイドだった。そして、ボロ布のようなものを着ていた記憶がある。そしてウェスは、獣人で奴隷だった。右腕を欠損するほどの事故にあって、処分されかけていた。俺が助けなければ、ふたりともどうなっていたことか。
だから、あんまり過去を思い出させるようなことはしたくない。とはいえ、ふたりは相応に強いのだろう。何でもかんでも守るべきかと言えば、違う。
まあ、大事なのはバランスだ。今は、素直な気持ちを伝えるべき場面だな。
「まあ、無くなりはしないだろうな。だからこそ、あまり聞かせたくもなかったんだが」
「ご主人さまは、何も間違っていませんっ。わたしたちは、確かに幸せなんですっ」
「言ってしまえば、有象無象の言葉ですから。気にしすぎても、仕方ありません」
「そうですねっ。ご主人さまの敵の言葉なんて、どうでもいいんですっ」
実際のところ、俺も似たような気持ちではある。いたずらに誰かを不幸にしたいとは思わないが、仲間を傷つけるような人に配慮する気もない。
とはいえ、有象無象と言い切るほど割り切ることもできていないのは事実だ。まあ、俺の立場で、簡単に人を切り捨てるべきではないとも思うが。
領主である以上、領民の幸福に向けて努力する義務はあるはずだ。それだけは、放棄できない。
まあ、心から領民の幸せを願っているかと聞かれたら、怪しくもあるが。あくまで役割として、必要だからやろうとしているだけ。そんな気もする。
最終的には、俺にとって大切なのは仲間だからな。立場相応の動きをしなければ、守れないというだけで。
「なら、良いんだが。お前たちに問題がないのなら、それで良い」
「ご主人さまは、わたしたちの誇りですっ。だから、大丈夫ですっ」
「私の目から見ても、あなたは多くの幸せを創りました。それは、胸を張って良いんです」
ウェスとアリアは、確かに満ち足りた顔をしている。そして、家族や仲間にも、多少なりとも幸せは作れたはずだ。
だから、そこを卑下する意味はない。助けられた本人だって、満足しているようなのだから。否定してしまえば、当人が傷つくだけだろう。
だったら、胸を張るべきなのかもな。少なくとも、俺は目の前にいるウェスとアリアを救うことはできた。そして、今回の奴隷たちだって幸せな様子だ。それは、誇ろう。
「そう、だな……。俺の仲間が幸せなら、それで十分だ」
「ご主人さまは、とっても優しいですっ。でも、全員に優しくしなくても良いんですっ」
実際、俺は全員に優しくしようとしているつもりはない。敵を殺している時点で、容易に否定できることだ。
とはいえ、少なくとも俺に着いてきてくれる人にだけは優しくしたい。そんな気持ちも、ありはするのだろう。
それに、最初から諦めることは違う気もする。少なくとも、領民だけは幸福にできるように努力したい。そうするべきなんじゃないだろうか。
「だが、そうしてしまえば……」
「救えない人も居る、ですか? 気にしすぎだと思いますよ」
「ご主人さまに助けられた人は、みんな幸せなんですっ。ね、アリアさん」
「そうですね。レックス様の敵であれば、話は別のようですが」
「でも、そんな人たちなんて、気にしなくて良いんですっ。感謝の気持ちも持たない存在なんですからっ」
まあ、現実的にすべてを救うことは不可能だ。だったら、敵を殺して不幸を押し付けてでも、俺を大事にしてくれる人を優先する。それで、良いのだろう。
どの道、領主としての義務はある。仲間を幸せにしたいという気持ちもある。それを大事にしていけば、必要な役割は果たせるのかもしれない。
「そうかもな。まずは、俺を慕ってくれる人の幸せだ。それ以外は、後回しで良いのかもな」
「ご主人さまの幸せも、ですよっ。わたしたちにとって、一番大事なことですっ」
「そうだな。俺たちで、幸せになっていくんだ。ありがとう、ふたりとも」
俺の言葉に、ふたりとも微笑んでくれた。そうだな。俺とみんなで、幸せになる。そのためにも、できることを、できる形で。
まずは、今回雇った奴隷たちが活躍できる場所を作っていく。そこから、また一歩ずつ進んでいく。それだけなんだよな。




